第145話 思惑違いの食事会
飛行船が出航してからしばらく経った頃、共用ホールには色とりどりの料理が並べられていた。
肉料理に魚料理、焼きたてのパン。見たことのない料理もいくつかある。どうやら、どれも好きなだけ取っていいらしい。
キツキは手にした皿に、気になった料理を次々と盛りつけていた。
「お、これもうまそうだな……」
すでに肉料理が山のように積まれているというのに、さらに手を伸ばし、どうにか空いた場所へ押し込んだ。
初めて乗る飛行船だけでも十分楽しかったのに、こんな食事まで出てくるとは。乗ってからというもの、驚いてばかりだ。
ちなみにホンペクは、相変わらず窓からの景色に夢中で、こちらにはついてきていない。
「ハハハ! ずいぶん楽しそうだな!」
声をかけられて振り向くと、エストが愉快そうに笑っていた。
「あ、エストさん。いやー、どれも美味しそうで、つい……」
キツキは盛りすぎた皿に目を落とした。
「なに、好きなだけ食べればいい。せっかくの食事だからな」
「じゃあ、もうちょっとだけ……」
キツキはそう言って、近くにあった料理をさらに皿へ載せた。
「ハハハ! まだ盛るつもりか!」
さすがにもう載せる場所がない。キツキはひとまず、今ある分を食べることにした。
そんなところへ、聞き慣れた声がした。
「どのお料理も美味しそうですね」
そちらを見ると、レニアが近づいてきていた。
「あ、レニア」
そう呼んでから、キツキは以前エストの前では「レニア殿下」と呼んでいたことを思い出したが、今さら言い直すのも変な気がして、そのまま皿を持ち直した。
その動きにつられて、レニアもキツキの皿へ目を向けた。山盛りになった料理を見て、少し呆れたような顔になる。
「……よくそれだけ取ったわね」
レニアはそれ以上何も言わず、エストへ向き直った。
「エスト様、初めまして。フォルテア王国第三王女、レニア・フォルテアと申します。以前からご研究については存じ上げておりました」
「これはこれは、レニア殿下。お会いできて光栄です」
エストはそう言って、軽く頭を下げた。
「こちらこそ、直接お話しできる機会があって嬉しく思います。以前から、ぜひ一度お話を伺いたいと思っておりました」
「これは嬉しいことをおっしゃる。私の研究に興味を持っていただけるとは、ありがたいことです」
エストの快い返事に、レニアは表情を明るくすると、さっそく彼の研究について話題を振った。
大国であるフォルテアの第三王女と緋石塔の塔主が言葉を交わし始めたことで、近くにいた乗客たちも一瞬、そちらへ視線を向けた。
キツキにとっても、そんなレニアの姿は少し新鮮だった。
普段は誰かに話しかけられることの方が多いレニアが、こうして自分から積極的に会話を進めているのは珍しい。
2人はその後も研究の話を続け、キツキも料理を食べながら、ときどき会話に加わった。
そうしてしばらく話したところで、キツキは皿を持ち直した。
「俺、もうちょっと取ってきます」
そう言って、キツキは料理の並ぶ方へ歩いていった。
「ハハハ。本当に気に入ったようだな」
エストはキツキの背中を見送ると、レニアへ視線を戻した。
「そういえば、殿下はキツキ君と共同研究をされているのでしたな。どのようなきっかけで、一緒に研究を始められたのですか?」
レニアは少し視線を落とし、何から説明するべきか考えた後、口を開いた。
「……実は、今回のフォーラムでは、もともと別の研究を発表する予定だったのですが、事情があって発表できなくなりまして。そのときに、キツキから新しい研究を提案されたのです」
「なるほど。彼の方から……」
エストは興味深そうに頷いた。
「彼には以前から少し変わった着眼点があると感じていましたが、まさか殿下に研究を持ちかけるとは」
「私も最初は驚きました。ですが、話を聞くうちに可能性を感じたので、一緒に研究を進めることにしたのです」
「ハハ、そうでしょうな。実際に研究をご一緒してみて、いかがでしたか?」
「そうですね……彼の発想には、何度も驚かされました」
レニアは少し考えてから続けた。
「こちらが当然だと思っていたことを、まったく違う角度から見ていることがあるのです。初めは何を言っているのか分からないこともあって……」
研究中のキツキを思い出したのか、レニアはほんの少し呆れたような顔をしたが、すぐに小さく微笑んだ。
「……ですが、彼の観察力や発想力には、何度も助けられました。私だけでは気づけなかったこともあります」
「ほう。それほどですか」
レニアは小さく頷いた。
「もちろん、キツキの考えをそのまま使えばなんでも上手くいく、というわけではありません。それでも、彼がいなければ今回の研究をここまで進められなかったと思います」
レニアの答えに穏やかに頷きながら、エストは目の前の王女について考えていた。
彼はフォルテアの現女王や第一王女、第二王女に対して、良い印象を持っていなかった。そのため、レニアについても、最初から少し慎重に見ていた。
だが、キツキのことを話すレニアには、相手が平民だからといって、その功績を軽く見る様子がない。
それに、先ほどまでの丁寧な受け答えよりも、研究中の出来事を思い出して見せた表情の方が、彼女自身をよく表しているように思えた。
もちろん、短い会話だけで人柄のすべてが分かるわけではない。それでも、少なくとも今のレニアについては、これまでの先入観を脇に置いて見てみるべきだろう。
「いや、興味深いお話でした。ますます発表が楽しみになりましたよ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、精一杯努めます」
レニアが丁寧に頭を下げたところで、キツキが戻ってきた。
その手には、先ほど以上に料理を盛った皿があった。肉料理や揚げ物の隣には、なぜか冷たい菓子まで載っている。
レニアはその皿を見て、わずかに眉を寄せた。
(……ありえない組み合わせね)
「ハハハ! いやあ、若いな! 私にはとても真似できんよ」
「……ちょっと欲張りすぎましたかね」
エストは笑みを浮かべたまま、2人に軽く挨拶をしてその場を離れた。
レニアはその背中を見送ると、視線を落とし、先ほどの会話を思い返していた。
エストの反応は悪くなかったと思う。けれど、キツキの話になってからは、少し余計なことまで話してしまった気がする。
せっかく良い印象を持ってもらおうと思っていたのに、途中から普段の自分が出てしまった。
もう少し上手く話せたのではないだろうか。
そう思いながら顔を上げると、キツキが満足そうに料理を次々と口へ運んでいた。
レニアはその姿を見て、呆れたように小さく息を吐いた。




