↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/150

第142話 夏休み、どうしようかな

 研究を提出した翌日は休日だった。帰ってからは久しぶりにぐっすり眠れたおかげで、徹夜の疲れもだいぶ抜けていた。


 昼過ぎ、キツキは寝てばかりでなまった体を少し動かそうと、学院の敷地内を散歩していた。


 久しぶりに、何かに追われずに過ごせるありがたみを噛みしめながら歩いていると、ふと夏休みが目前に迫っていることを思い出した。


 この世界に来てから、授業に鍛錬、試験に研究と、落ち着く暇もなかった。初めての長い休みくらい、好きなことをして過ごしたい。


 どんなことをしようかと考えていると、聞き覚えのある声がした。


「お、キツキ!」


 振り向くと、少し離れたところでライトが手を振っていた。隣にはロアンもいる。


「最近何してたんだ? 全然見かけなかったぞ」


「ああ、ちょっと立て込んでてな」


「そうなのか? ま、お疲れ! そういや、夏休みなんか予定あんのか?」


「ちょうど今、何しようか考えてたところだ。まだ何も決めてないけど」


「だったら俺の故郷に来いよ!」


「故郷? どこだ?」


「ルミネーラ」


「……ルミネーラ皇国か?」


「そうだけど?」


「……結構遠いよな」


「夏休みは長いんだからいいだろ!」


 確かに、休みは長い。それに、知らない国へ行ってみたい気持ちも少しあった。どう返そうか考えていると、ライトが続けた。


「ロアンは来るぞ!」


「え、ロアンが?」


「ああ。俺はルミネーラには行ったことがないからな」


「キツキもよかったら考えといてくれ!」


「まあ、考えとくよ。ありがとな」


 そこで別れたものの、キツキはしばらくルミネーラのことを考えていた。学院の外には、まだ知らない場所がいくらでもある。


 夏休みか。楽しみになってきたな。


「少しよろしいですか」


 振り向くと、黒髪を顎の辺りで切り揃えた女子生徒が立っていた。整った顔立ちで、どことなく育ちのよさそうな雰囲気がある。見覚えはないが、おそらく上級生だろう。


「キツキさん、ですよね」


「あ、はい。そうですけど」


「レニア殿下との研究は、もう終わったのでしょうか」


「ああ、それなら昨日、学院に提出しましたよ」


「……そうですか」


 彼女はほっと息をついた。だが、すぐに落ち着いた表情へ戻る。


「では、こちらを殿下に届けていただけませんか」


 差し出されたのは、丁寧に包まれた小箱だった。


「……これは?」


「差し入れです。直接お邪魔して、殿下のお時間をいただくのも申し訳ありませんので」


 まだ少し話しただけだが、言葉遣いも丁寧で、レニアへの気遣いも感じられる。きっと、普段からこういう人なのだろう。


「分かりました。渡しておきます」


「お願いいたします。キツキさんの分もありますので、よろしければ」


「え、俺の分もですか? ……ありがとうございます」


 自分の分まであるとは思わず、少し驚いていると、彼女は控えめに一礼して立ち去った。


 実のところ、彼女はレニアへの差し入れを託すため、キツキを随分探し回っていた。研究が終わっていようといまいと、渡すつもりだったのだ。


◇


 扉をノックすると、長身で黒髪の女性が顔を出した。以前、レニアの研究用の荷物を運んでいた人だ。


 ほかに用事もなかったキツキは、あのあとその足でレニアの部屋を訪ねていた。


「レニア様にご用でしょうか」


「あ、はい。渡したいものがあって」


 女性はキツキの顔を見て、軽く頷いた。


「キツキ様ですね。少々お待ちください」


 そう言って彼女は室内へ戻った。


 レニアとは普段から話しているのに、こうして部屋の前で待っていると、なんだか緊張してくる。


「レニア様、キツキ様がお見えです」


「キツキ? ……いいわ。通してちょうだい」


 案内された部屋では、レニアが薄いピンクの上着にグレーのスカートを合わせていた。袖を軽く折り返した、くつろいだ装いだが、髪も身だしなみもいつもどおり整っていた。


 そして、やはりいい匂いがした。普段、レニアのそばでほのかに感じる香りが、ここでは部屋いっぱいに広がっているようだった。


 思わず香りに気を取られていると、レニアの声が飛んできた。


「何よ、そんな間抜けな顔をして」


「あ、いや。……先輩に差し入れを預かったんだ。レニアに渡してくれって」


「誰から?」


「あ、名前聞くの忘れてた。えっと、黒髪の女の先輩で、髪はここくらいまでだったかな」


 キツキが顎の辺りを示すと、レニアは少し考えてから小さく頷いた。


「……エレオノーラね」


「エレオノーラ先輩っていうのか」


「フォルテアでも有力な侯爵家の令嬢よ」


 レニアは箱を受け取ると、キツキに席を勧めた。キツキが腰を下ろしたところで、先ほどの女性が声をかけてきた。


「お飲み物はいかがなさいますか」


「えっ、あ、じゃあ紅茶をお願いします」


「かしこまりました」


 慣れた様子で紅茶の支度を始める侍女を、キツキはつい目で追ってしまう。


 いや、王女付きの侍女が自分のためにお茶を淹れてくれるなんて、元の世界ならまず経験しないことだぞ。


「何をそんなに見ているのよ」


「いや、別に……」


 レニアは妙なものを見るような目を向けてきたが、それ以上は何も言わず、小箱を開けた。中には小ぶりな焼き菓子が綺麗に並んでいる。


 しばらくしてリゼットが紅茶を運んできた。キツキがひと口飲んでいる間に、リゼットは菓子の包装を確かめていた。


 箱には果実や木の実を使った、甘さ控えめの焼き菓子が並んでいる。エレオノーラは、レニアが普段から美しさを保つために努力しているだろうと考え、素材や甘さまで吟味して選んでいた。


 レニアも菓子を眺めていたが、すぐには手を伸ばさない。


「そういえば、俺の分もあるって言ってたな」


 キツキは自分の分を取って口に入れた。


「うん、うまい」


「……あなた、よく平気で食べられるわね」


「え? 先輩がくれたんだろ」


「そういう話じゃないわ」


 レニアは呆れたように息をつき、改めて小箱に目を向けた。リゼットが口を開きかけると、レニアは軽く手を上げた。


「……まあ、エレオノーラからのものだし、いいわ。リゼット」


「……かしこまりました」


 レニアも1つ手に取って食べる。


「……美味しいわね」


「だろ。甘すぎないし」


「ええ。あとでお礼を伝えておかないと」


 それからも2人は紅茶を飲みながら、とりとめのない話をした。


 昨日までなら、こんなふうにのんびり過ごす余裕もなかっただろう。それに、レニアとこうして何気ない時間を過ごせるのがなんだか嬉しかった。


 しばらくして菓子を食べ終え、キツキがそろそろ帰ろうと席を立つと、レニアが呼び止めた。


「出発までに余計なことをして体調を崩さないでちょうだい。もし何かあったら承知しないわよ」


 言い方はきついのに、その顔は別に怒っていない。それがなんだか少しおかしくて、キツキはつい笑ってしまった。


「分かってる。レニアも体調には気をつけてな」


「言われなくても分かってるわ」


 そんなやり取りさえ楽しくて、キツキは少し浮き立つ気分のまま部屋を後にした。


◇


 自室に戻ると、学院を通じて受け取っていたプライムフォーラムの案内を広げた。


 開催地は学究都市カルネア。前日の朝に出発して、ギレルからなら飛行船で約半日。フォーラムは2日間で、宿泊先も用意されている。


 飛行船。キツキはその文字をもう1度見た。乗るのも初めてなら、カルネアへ行くのも初めてだ。


 研究発表はもちろん大事だ。けれど、せっかくなら街も見て回りたい。それに、フォーラムが終われば夏休みだ。


 飛行船に乗って、知らない街へ行って、そのあとには長い休みが待っている。


 ……なんだか、楽しみなことばかりだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。