第140話 ピーマンと筋トレと見落とし
夕食にはまだ早く、おやつにするには少し遅い。そんな中途半端な時間の食堂は、普段よりずっと空いていた。
トレーを持ったキツキが席を探していると、エリルとキュルを見つけた。向かい合って座り、ちょうど食べ始めたところらしい。
「よっ。ここいいか?」
「いいよ~」
エリルは気軽に答えた。
キュルは何も言わず、自分の隣の椅子をぽんぽんと叩く。どうやら、そこへ座れということらしい。
今日はやけに歓迎してくれるな。
なんの気なしに隣に座ると、キュルのトレーにはキツキより少し多いくらいの料理が並んでいた。
「結構食うな」
「成長期」
「まだ伸びるつもりなんだ?」
「伸びる」
エリルにからかわれても、キュルは真顔だった。
(意外と身長気にしてたんだな)
その後もしばらく、取り留めのない話をしながら食事を続けていた。
ふと自分の皿に目を戻すと、さっきまでなかったはずのピーマンが紛れ込んでいる。
「あれ、俺のにピーマンなんて入ってたっけ」
自分で頼んだ料理を思い返すが、入っていた覚えはない。
向かいのエリルを見る。そちらの皿には、まだピーマンが残っている。
それから隣を見ると、キュルは何食わぬ顔で食事を続けていた。
「……お前だろ」
「違う」
即答だった。
ピーマンを1切れつまみ、キュルの皿に戻そうとする。すると、キュルは皿をすっと引いた。
「コラ、好き嫌いせず食べなさいっ」
もう1度ピーマンを近づけると、キュルはわずかに身を引き、警戒するように目を細めた。
向かいでは、エリルが口元を緩めている。
「……見てたのに止めなかっただろ」
「どーだろうね」
口元がもう答えになっていた。
仕方なくピーマンを口へ放り込み、キツキは話題を変えた。
「そういや、エリルの方はフォーラムの準備どうなんだ?」
「んー、研究自体はほとんど終わってるよ。あとは発表に合わせて少し整えるくらいかな」
「もうそこまで終わってんのか」
「うん。たぶん、キツキも発表を見たら驚くと思うよ」
「……そんなこと言われたら気になるだろ。何やるんだよ」
「んふふ~。それは当日のお楽しみ」
楽しそうに笑うだけで、それ以上は教えてくれない。
「キツキたちの方は?」
「それぞれの効果はだいたい確認できた。今はそれを1つにまとめてるところだな」
料理をもぐもぐと食べていたキュルが、そこで短く口を挟んだ。
「遅い」
「うっ……まあ、そうだよな」
思ったより刺さったキツキを見て、エリルも少し笑う。
「結構ギリギリじゃない? 間に合いそ?」
「……なんとかするよ」
「レニア姫にとっても大事な機会なんだから、ちゃんとしなよ」
少しだけ真面目になった声音に、キツキは箸を止めた。
「わかってるよ」
そう返して、また食事へ戻った。
◇
最近はフォーラムの研究や魔法の鍛錬に時間を使うことが多く、身体の方まで手が回っていなかった。
さすがにそろそろ身体も動かしておかないとな、とキツキは学院内の鍛錬施設に足を運んだ。
中に入ると、探すまでもなくブロムが目に入った。背が高く、鍛えた身体つきというだけでも目立つ。すでに何種目か終えているらしく、薄く汗が浮いている。近くの女子生徒も、時折そちらへ視線を向けていた。
ちょうど1セット終えたところらしく、ブロムが器具から手を離す。それを見て、キツキは軽く声をかけた。
「よっ、ブロム」
声に気づいたブロムが振り返る。額にかかった金髪の先が汗でわずかに濡れ、光を拾ってきらりと煌めいた。鍛えた身体も相まって、ただ振り向いただけなのに妙に絵になる。
(なんでこんなに汗かいてんのにかっこいいんだよ)
「珍しいね、キツキ」
「まあ、最近フォーラムの研究とかで、こっちまで手が回んなくてな」
軽く身体を温めたあと、2人は隣り合った同じ型の器具へ、それぞれ腰を下ろした。
座ったまま、重りにつながった取っ手を腹のあたりまで引き寄せる、いわゆるシーテッドローと呼ばれる類の器具だ。
キツキは10回を何セットかやるつもりで、少し重めに設定した。
8回目を越えたあたりから腕が重くなる。最後の2回はかなりきつかったが、なんとか引き切った。
取っ手を戻し、大きく息を吐く。
「そういや、休みに入ったら師匠のとこ行くって言ってたよな?」
「うん。入ったらすぐ行くつもりだよ。たぶん、しばらくはみっちりしごかれると思う」
ブロムはそう言って、少し苦笑した。
「お前ぐらい強くても、まだしごかれるのか」
「師匠から見たら、まだまだだからね。道のりは遠いよ」
ブロムがそこまで言うほどなのか。
「その師匠って、どれくらい強いんだ?」
ブロムは少し考えた。
「……本気の師匠は僕も見たことないんだよね。でも、たぶん相当だと思うよ」
……ムルガドとどっちが強いのだろうか。
ふとそんなことを考えたが、比べようもない。
次のセットに入ろうと取っ手に手を伸ばしたところで、ブロムが口を開いた。
「キツキ、さっき最後の方ちょっと反動使ってたよ」
「え、マジ?」
「うん。上体ごと後ろに倒して引いてたから気になってね」
言われた通り、今度は身体を振らずに引いてみる。さっきよりきつい。力を入れようとすると、肩が上がった。
「次は肩に力が入りすぎてるかも」
反動を使わないことと、肩に力を入れすぎないこと。両方を意識してやろうとした途端、身体が妙に固くなる。
「全部いっぺんに直さなくてもいいと思うよ。まずは反動を使わないことだけ意識してみたらどうかな」
「そういうもんか?」
「うん。1つずつ直していけばいいと思うよ」
「言われなかったら気づかなかったな。助かった、ブロム」
ブロムは軽く笑って、自分の取っ手を握り直した。
キツキも少し重さを落としてやり直す。軽くしたはずなのに、反動を使わずに引くと妙にきつい。
ちゃんとやってるつもりだったんだけどな。
その後も2人はいくつか器具を回った。久しぶりだった分、思った以上に効き、終わる頃にはキツキの腕も脚もわずかに震えていた。
帰ろうとしたところで、入れ替わるようにクラスメイトのザッカ・フォンが来た。《筋肉は裏切らない》に所属しているだけあって、妙に本格的なタンクトップ姿だった。
軽く挨拶を交わし、キツキは施設を後にした。
◇
施設を出てしばらく歩いても、腕や脚の震えはまだ抜けていなかった。久しぶりにしっかり身体を動かしたためか、その震えもどこか心地いい。ちゃんと鍛えたという実感があった。
そんなことを考えていると、さっきのシーテッドローを思い出した。
反動を使っていたことも、ブロムに言われるまで気づかなかった。普通にやれているつもりだった。
なら、魔法の鍛錬はどうだろう。
4属性をもう1度同時に使おうとするより、まずは2属性を安定して同時に使えるようにした方がいいのかもしれない。普段の魔法の鍛錬にも、見直せるところはありそうだ。
いや、研究もか。
この前だって、レニアが魔力の減り方の違いに気づいたから研究が進んだ。
他にもまだ、自分では気づいていないことがあるんじゃないか?
ふと視線を上げると、いつの間にか陽はだいぶ傾いていた。斜めから差す光に照らされ、見慣れた校舎もいつもとは少し違って見えた。




