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説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第五章

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第137話 師匠、人前ではやめてください

 放課後、キツキは借りている研究室へ向かっていた。


 今日も今日とてレニアと研究を進める予定だった。いつも通り研究室へ向かっていると、普段ならそのまま通り過ぎる通路に、今日は妙に人が集まっていた。


 何かあったのかと足を緩め、人垣の隙間から中を覗く。何人かの肩越しに、通路脇のベンチが見えた。


 そこに1人の女性が座っていた。

 淡い金色の長い髪を低い位置で雑にまとめ、片脚をもう片方へ重ねていた。白に近い長衣は前を重ね合わせる形で、首元は少し崩れている。


(なんか、和服っぽいな)

 もちろん、そのものではない。ただ、キツキにはそう見えた。


 腰には一振りの長剣が下がっている。細身で顔立ちも整っており、淡い色合いもあって、どちらかといえば儚げに見える。その長剣も、あの堂々とした座り方も、そんな見た目には妙に似合っていなかった。


「本物だよな?」


「アデレード・ヴァレンだろ。間違いないって」


 近くから聞こえた名前にも、キツキはまったくピンとこなかった。


「《夢泡の迷宮》を踏破した時の……」


「水竜を斬ったって話も――」


「それ、本当なのか?」


 どうやら、かなり有名な人物らしい。

 芸能人にたまたま会った人間とは、こういう感じなのかもしれない。名前すら知らない相手でも、周りが騒いでいると妙に気になってしまう。


 キツキもそのまま一緒になって眺めていると、人だかりの端が少しざわついた。


「あれ、ブロムじゃないか?」


 その声につられて振り向くと、通路の先をブロムが歩いていた。


 ブロムも人だかりに気づいたらしく、何だろうとでもいうようにそちらへ目を向けた。人だかりの近くにキツキを見つけると、そのままこちらへやってきた。


「キツキ、これは一体何の集まりなんだい?」


「俺もよく分からん。あの人が有名らしくて――」


 言いながら、キツキがベンチの方へ目を向ける。

 ブロムもつられてそちらを見た。


 その視線が、ベンチに座る女のところで止まる。


「……師匠?」


 その声が聞こえたのか、ベンチに座っていた女性――アデレードが顔を上げた。


「お、いたいた」


 アデレードは立ち上がると、迷いなくブロムのところまで歩いてくる。


「元気そうだな、ブロム」


 そう言いながら、アデレードはブロムの頭へ手を置き、そのまま何度か雑に撫でた。ブロムはわずかに顔を赤くすると、その手から逃れるように半歩横へずれた。


「……師匠、人前ではやめてください」


「なんだ、今さら」


 アデレードは気にした様子もない。

 周囲では何人かの生徒が、意外そうに2人を見比べていた。


 やがてアデレードの淡い青の目が、ブロムのすぐそばにいるキツキへ向く。


「そっちは?」


「ああ。僕の仲間のキツキです」


 仲間、と聞いた瞬間、キツキの体がわずかに反応した。思わず隣のブロムを見る。


「かわいい顔をしてるな」


 不意にそう言われ、キツキは一瞬間を置いた。


「あ……ど、どうも」


 アデレードはそれ以上気にした様子もなく、話を切り替える。


「そうだ。ブロム、休みに入ったらすぐに来い」


「分かりました」


 ブロムは迷わず答え、そのまま次の言葉を待った。

 だが、アデレードは何も言わない。


 ……少ししても、アデレードが口を開く様子はなかった。


「師匠……それを言うためだけに来たんですか?」


「そうだが?」


 アデレードは不思議そうに返した。


「それなら、手紙でもよかったんじゃ……」


「こういうのは直接言った方が早いんだ」


 迷いなく言い切ったあと、アデレードは何かに気づいたように腹に手を当てた。


「腹が減った。ブロム、どっか食えるところに案内しろ」


 そう言うなり、アデレードはブロムの肩へ腕を回し、遠慮なく体重を預けた。


「……今からですか?」


「今からだ。ほら、行くぞ」


 そのまま連れていかれるように歩き出したブロムは、途中で一度だけキツキを振り返り、軽く手を上げた。


 キツキも小さく手を上げて返す。


 あんなふうに誰かに文句を言うブロムを見るのは、少し新鮮だった。とはいえ、その顔は本気で嫌がっているようには見えなかった。


 そんな2人の背中を見送ると、キツキも研究室へ向かって歩き出した。


◇


 プライムフォーラムの開催会場では、今日も準備が進められていた。


 大きなホールの低い位置には発表に使われる壇上があり、それを囲むように客席が上へと広がっている。下では何人もの作業員が行き交い、設備や備品の確認を続けていた。


 その様子を客席側の通路から眺めている男が1人いた。


「そこ、もう少し空けてくれ。搬入の邪魔になる」


 そう指示を飛ばしたところで、紙束を抱えた別の男が通路を上がってきた。


「ほら。頼まれてた確認分だ」


「そこに置いといてくれ」


 男は近くの空いた席へ紙束を置き、そのまま会場を見下ろした。


「相変わらず大掛かりだな」


「学生も研究者も大勢集まるからな。ここで次につながるものを掴む者もいる。毎年、手は抜けん」


「毎年、か」


 紙束を持ってきた男は、そう言って壇上を見下ろした。


「昔はもう少し、何が出てくるか楽しみだったんだがな」


「毎年ちゃんとしたものは出ているだろう」


「悪いとは言ってない。確かに水準は高いさ」


 男は少し間を置いて続けた。


「ただ、驚かなくなった」


「……お前が年を取っただけだろう」


 男は小さく笑った。


「……それもあるだろうな」


 しばらく2人で、作業の続く会場を眺めたあと、紙束を持ってきた男が口を開いた。


「そういえば、魔導協会の件は聞いたか?」


「拠点が1つやられたという話か?」


「ああ。フォールン絡みで、かなり死人も出ている。警戒を上げろという連絡も来ている」


 先ほど作業員へ指示を出していた男は、少し考えるように黙ったあと、ホールの出入口に目を向けた。


「警備は増やす。入口の人員配置も組み直そう。巡回の頻度も上げる」


「そうだな。何より学生の安全が第一だ」


 男は短く頷くと、それ以上は何も言わず、もう一度会場へ視線を戻した。

 紙束を持ってきた男も、その隣に並んだ。


「さて、今年はどんなものが出てくるかな」


 壇上の周囲では、さっきと変わらず人が行き交い、準備を続けていた。

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