第136話 不穏な知らせと、心強い同行者
テネルは、机の上に広げられた報告書から顔を上げた。
「生き残った者は?」
「数名確認されています。ただ、いずれも負傷しています。被害は大きく、死亡者や行方不明者も多数出ています。現地の調査機能は、もうほとんど残っていません」
「襲撃者については?」
「生存者の証言では、フォールンがいたと。現場にもフォールン特有の黒い魔力の残滓が残っています」
フォールンが関わったこと自体は疑いようがない。問題は、その先だった。
「それと、保管されていた資料と回収物の一部がなくなっています」
テネルの指が止まった。
「一部?」
「はい。全部ではありません。荒らされてはいますが、持ち去られたものには選んだ形跡があります」
ただ暴れただけではない。拠点を潰し、そのうえ持ち去るものまで選んでいる。
そこまで考えたところで、テネルの頭に1つの名が浮かんだ。
「クルエルヴェール……」
「……可能性は高いかと」
その拠点は、特定の組織だけを追っていたわけではない。ただ、フォールンを追う中で、ここ最近はクルエルヴェールに関わる情報も入ってきていた。
テネルは少し考えてから顔を上げた。
「ムルガドには?」
「すでに連絡を入れています」
「なら、こっちはこっちで動く。他の拠点にも警戒を回せ。単独での調査は避けるように。それから、過去の記録も洗い直してくれ。同じようなことがなかったか確認したい」
「分かりました」
報告役が部屋を出ると、テネルは残された報告書へ再び目を落とした。
これまで通りでは、もう通用しない。調査の進め方も、それを支える体制も、見直す必要がある。
◇
今、5人が集まっているのは、キツキとレニアが使っている研究室だった。
少し前、人のいるところでは話しにくいとエリルが言い、どこで話すかという話になった。そのときエリルが「あの研究室でいいんじゃない?」と言うと、レニアの眉がわずかに寄ったが、反対はしなかった。
そんなわけで、ついさっき出たばかりの場所に、今度は5人で戻ってきたというわけだ。
全員が落ち着いたところで、エリルが口を開いた。
「今日みんなを集めたのは、共有しておきたいことがあったからなんだけど」
さっきまでと変わらない声だった。
「魔導協会の、フォールンを調べていた拠点の1つが襲われたみたい。かなり大きな被害が出てるって」
この前集まってから、まだそんなに経っていないのに、またこんな話を持ってきた。相変わらず、どこから仕入れているのかは気になる。
そう思いながらエリルを見ていると、ブロムが口を開いた。
「……生き残った人はいるのかい?」
「少ないけど、いるよ。その人たちの証言もあるし、現場には黒い魔力も残ってた。フォールンがいたのは間違いないって」
エリルはそこで1度言葉を切った。
「ただ、それだけじゃない。そこにあった資料とか、回収されてたものの一部が持ち去られてるみたい。それも、適当にじゃなくて、選んだかのように」
キツキは眉を寄せた。
魔導協会は、魔法使いに関わるいろいろな問題を扱う大きな組織だと聞いている。危険な事件の調査なんかもしているらしい。
そんなところの拠点が襲われた。それだけでも十分に怖い。ダンジョン実習でフォールンの強さを知っているだけに、なおさらだった。
「その拠点はもう、まともに調査を続けられる状態じゃないみたい」
そう言いながら、エリルの左手が左脇腹へ触れた。ほんの一瞬だった。
隣に座っていたキュルがその手元を見る。何も言わず、空いていたエリルの右手を握ると、エリルが目を瞬かせた。
「……ありがと、キュル」
エリルが小さく頷くと、キュルは握っていた手をそっと離した。
(何の礼だ?)
特に説明することもなく、エリルはそのまま話を続けた。
「普通のフォールンがやることとは思えない。断定できる証拠があるわけじゃないけど、私はクルエルヴェールだと確信してる」
クルエルヴェール。またその名前だ。
ダンジョン実習で自分たちを襲った男も、その一員だった。あのときだけの話では終わらず、気づけば少しずつ、自分たちの日常にまでその名前が入り込んできているような気がした。
「だから、少しだけ警戒しておいてほしいの」
エリルは4人を見回した。
「ずっと気を張っててほしいわけじゃないよ。ただ、学院の外に出るときは、できるだけ1人にならない方がいいと思う。それと、周りも少し気にしておいて。何か気づいたことがあったら、共有してほしい」
キツキが頷くと、レニアとブロムもそれに続いた。エリルの隣では、キュルも小さく頷いていた。
◇
その日の夜、原初の塔の学院長室には、エスト・リバーの姿があった。
エストは魔導協会の拠点で起きたことを、分かっている範囲で学院長に伝えた。
話を聞き終えた学院長は、すぐには口を開かなかった。机の上で組んでいた指をほどき、少し間を置いた。
「……厄介な話だね」
「ああ。まったくだ」
エストはそこで話を切り替えた。
「それで、プライムフォーラムの件なんだが」
「開催までもう3週間ほどだったね」
「ああ。この状況で、今まで通り送り出すというのは少し気になってな」
学院長はゆっくりと頷いた。
「……そうだね。こっちでも、護衛についてはもう一度考え直しておくよ」
「そうしてくれ。それと、わしも同行するつもりだ。塔からも若いのを何人か連れていく」
学院長はわずかに目を見開き、エストを見た。
「……君がそこまでしてくれるのかい?」
エストは視線を外し、片手を軽く振った。
「礼ならいらん。わしが推薦した子もいるんだ。何かあってからでは遅い。それだけだ」




