第134話 元気が有り余って仕方がない
目を覚まして最初に感じたのは、妙に気分がいいことだった。
身体を起こしてみても、いつもより調子がいい気がする。頭もすっきりしていた。
キツキはそのまま窓へ向かい、カーテンを開けた。差し込んできた朝日が思った以上に気持ちよくて、なんとなく両腕まで広げてしまう。
朝からこんなに気分がいいのは久しぶりだ。
しばらくそのまま光を浴びてから、ふと時計に目をやった。
「……」
昨日、シャワーを浴びる前に少し休むつもりでベッドに腰を下ろしたことまでは覚えている。
だが、そこから先の記憶はない。
「いや、こんなことしてる場合じゃねえ!」
急いでシャワーを浴び、昨日やるはずだった支度を済ませる。軽く腹にも入れて部屋を飛び出した。
◇
教室には、ペン先が紙を走る音と、ときおり答案をめくる音だけが続いていた。
考査が始まってしばらく。キツキは最初からメガネに頼るつもりはなかった。分かるところは自分で考え、思い出せるものは自分で答える。
昨日エリルに教わったところも、思った以上に役に立った。
(これも昨日やったところだな)
そう思ったのは1度ではない。しかも、エリルが「この辺は押さえておいた方がいい」と言っていたところは的確に出てきている。
(……やっぱあいつ予言者なんじゃないか?)
そんなことを考えながら次へ進んだものの、当然すべてが順調というわけではなかった。
覚えたはずなのにうまく結びつかず、意味は分かってもそこから先が出てこない。そんなふうに手が止まる問題もかなりある。
どうにもならないところはメガネに頼りながら進めていったが、それでも楽とは言いがたかった。
しばらく悩んだところで、キツキは1度答案から顔を上げた。
少し離れた席では、レニアがいつも通り背筋を伸ばし、黙々と問題を解いている。窓から差す光を受けた銀髪が、今日はいつにも増して綺麗に見えた。
(……よし。ちょっと癒された。ありがとう、レニア)
気を取り直し、キツキは答案に目を戻した。
その後も何度か手を止めながら問題を解いているうちに、気づけば残り時間も少なくなっていた。
そうして、考査は終わった。
楽だったとは言えないし、手が止まった問題も多い。それでも、昨日まで勉強した分はちゃんと役に立ったし、思っていたよりは書けた気がする。
何より、終わった。
その事実だけで肩から力が抜ける。
だが、妙だった。肩から力は抜けたというのに、身体にはまだ元気が有り余っている。昨夜たっぷり寝たせいだろう。
今日の考査は午前中で終わり、まだ昼前だった。部屋に戻るには少し早い。
この有り余った元気をどう使うか考えながら教室を出ると、少し先にレニアの姿が見えた。
だったらと思い、そのまま追いついて声をかける。
「レニア。今日、研究やるか? 俺はいつでもいけるぞ」
レニアは一瞬、怪訝そうにキツキを見た。考査を終えたばかりだというのに、まだそんな元気があるのか、とでも言いたげな目だった。
「……今日は用事があるから無理よ」
あっさり断られた。
仕方なくレニアと別れ、行き場をなくした元気を持て余しながら廊下を歩く。
すると、前からライトとロアンの姿が見えた。
ただ、ライトの方は妙に様子がおかしい。うつむいたまま、足を引きずるように歩いている。
「……終わった」
「そんな駄目だったのか?」
キツキの声にライトが顔を上げた。
「お、キツキ!」
さっきまでの悲壮感はどこへやら、一気に表情が明るくなる。
「いやー、終わった終わった!」
「どっちの意味だよ」
隣のロアンがメガネをクイっと押し上げる。
「勉学というのは日々の積み重ねだからな。直前だけ焦っても仕方がない」
ライトが横目でロアンを見る。
「……そういうお前はどうだったんだよ」
「俺か? もちろん駄目だったぞ」
「じゃあなんで偉そうなんだよ」
キツキが思わず突っ込むと、ライトが横で吹き出した。
そこへちょうどブロムが通りかかった。
「やあ。何の話をしてるんだい?」
「おお、ブロム! 考査の話だよ。お前はどうだった?」
「僕は……まあ、そこそこ良かったかな」
「お前のそこそこは信用できねえんだよなあ」
ブロムが困ったように笑うと、ライトはもう次の話を始めた。
「まあいいや。考査も終わったし、飯! 飯行こうぜ!」
その切り替えの早さには呆れるが、キツキにも断る理由はない。
そのまま4人で学院を出て、学生向けに量が多いことで知られている店へ向かった。
店に着くと、それぞれ適当に注文を済ませる。ほどなくして運ばれてきたのは、まだ衣から音がしそうなほど揚げたてのとんかつだった。
食べ始めてしまえば、さっきまでしていた考査の話もいつの間にかどうでもよくなってくる。
しばらくして、ブロムは空になった皿を前に、5回目のおかわりを頼んだ。
「すみません。もう1つお願いします」
キツキはブロムの前に積まれた皿を見る。
(そういやクリスタルラッシュの後もこんな感じだったな。やっぱブロム、相当食うな)
当の本人は特に苦しそうでもなく、運ばれてきたとんかつをいつも通りの調子で食べ始めた。
それを見ていたライトが、なぜか対抗するように手を上げる。
「……よし。俺も追加する!」
「なんで張り合うんだよ」
「張り合ってねえよ! まだ腹減ってんだよ!」
ライトが言い返す横で、ロアンは妙に真面目な顔をして頷いた。
「考査では頭を使うからな。栄養補給は理にかなっている」
「だからって食いすぎだろ」
「必要な量には個人差がある」
「急にもっともらしくすんな」
それからしばらくして。
「……もう無理」
ライトは膨れた腹を押さえ、椅子の背にもたれかかっていた。
その向かいでは、ブロムがまだ平然ととんかつを食べている。
「ライト、大丈夫かい?」
「お前が言うな……」
そんなくだらないやり取りをしているうちに、食事も終わった。
店を出たところで3人と別れ、キツキは学院方面へ戻り、そのまま寮へ向かう。
腹も満ちたし、さっきまでくだらない話をして笑っていたせいか、気分も軽い。
部屋に戻ってから何をしようかと考えながら歩いていると、すぐ近くに白い獣が現れた。
「お、ホンペク」
『なんだ』
いつも通りのそっけない返事に、なぜか少し笑ってしまう。
「よしよし」
『やめろ』
キツキは構わずホンペクの頭から首元までわしゃわしゃと撫で回した。
『しつこいぞ』
「今日は機嫌いいんだよ。ほらほら~」
嫌そうな顔をするホンペクを見ているうちに、ふと思う。
そういえば最近、こいつとまともに話していなかった気がする。
「なあ、散歩でも行くか?」
『……面倒だ』
「その割に逃げないんだな」
『うるさい』
少し道を外れ、開けた場所に出る。
すると、さっきまで面倒そうにしていたホンペクが突然走り出した。
「え?」
勢いよく前へ駆けていったかと思えば、すぐに方向を変えて戻ってくる。そのままキツキの横を通り過ぎ、今度は反対側へ走っていった。
しばらくその姿を眺めてから、キツキは呆れたように呟く。
「……完全に犬だわ」
そんな言葉など聞こえていないのか、ホンペクはまた楽しそうに駆けていった。
「おい、待てって」
キツキも笑いながら、その後を追った。




