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説明不足な6つのチート ~使いこなして、破滅するヒロインたちを救うまで~  作者: タカツキビヨン
第五章

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第133話 逃げても勉強会からは逃げられない

 考査前日だろうが、研究は待ってくれない。


 午前10時過ぎからレニアと始めた作業は、気づけばもう何時間も続いていた。この1週間で分かったことは増えたが、ここ数日はそこから先へ抜けられずにいる。


「今日はここまでにしましょう」


 キツキが顔を上げると、レニアは使っていた資料を閉じていた。


「まだ15時だろ」


「明日は考査よ」


「それは知ってるけど」


「……いいから。今日は私の言うことを聞きなさい」


 ずいぶん強引だ。言い返しかけて、レニアの目元に薄い影があることに気づく。化粧でも隠しきれていない。


 それを見たら、なぜかそれ以上言い返す気は失せた。


「分かった。じゃあ帰って勉強するよ」


「……ちゃんとやりなさいよ。散々な結果になって、研究どころじゃなくなったら困るもの」


「はいはい。ちゃんとやりますって」


 レニアはまだ何か言いたげだったが、キツキはそのまま彼女と別れ、研究場所を後にした。


 寮へ向かいながら、戻ったら何から手をつけるか考えていると、不意に後ろから衝撃が来た。


「うおっ」


 首に腕が回る。

 それだけではなく、腰のあたりには足まで絡みついてきた。


「ヘルプ」


 耳の近くで、聞き慣れた平坦な声がした。


「……キュルか?」


「ヘルプ」


 完全に背中へ張りつかれている。


 セミみたいだな、と真っ先に思った。

 昔、飛んできたセミが肩に止まって以来、セミはかなり苦手だ。


 ……だが、こんなセミなら悪くないかもしれない。

 そこまで考えたところで、キツキは我に返った。


 いや、何考えてるんだ俺。


「降りろって」


「やだ」


 そう言ってなかなか降りようとしないキュルを、どうにか降ろそうとごちゃごちゃしているところへ、向こうからエリルが歩いてきた。


 その姿を見た瞬間、キュルがぴたりと動きを止める。


(ああ。こいつから逃げてたのか)


 エリルはキツキの背中に張りついたキュルを見て、呆れたように眉を下げた。


「キュルー? また逃げたね」


「まあ、もう十分やったんじゃないか? 少しくらい休ませてやれよ」


 考えるより先に、そんな言葉が出ていた。自分でも、なぜかはよく分からない。


 そんなキツキの言葉に、エリルは少し考えてから頷いた。


「……そうだね。ちょっとやらせすぎちゃったかも」


 背中に回っていたキュルの腕から、わずかに力が抜けた。


 もう少し何か言われると思っていたキツキは、意外とあっさり許したエリルに少し驚いた。


「そういえばキツキは? 明日の準備、もう終わってるの?」


「いや。俺はこれからだけど」


「ふーん」


 さっき緩んだはずのキュルの腕が、また少しだけ締まった。

 同時にエリルの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「じゃ、ちょうどいいね」


「……ん?」


「キツキも一緒にやろっか」


「いや、俺は自分の部屋で――」


「勉強するんでしょ? なら一緒の方が効率いいよね?」


「いや、でも――」


「よし、決まり! キュルもそのままでいいから、行こー!」


 背中でキュルが嫌そうに身じろぎする。

 エリルは構わずキツキの手を取ると、そのまま歩き出した。


 キツキ自身も何か引っかかってはいたが、反論を考えている間にもどんどん連れていかれる。


 結局、背中にキュルをくっつけたまま、キツキまで女子寮へ向かっていた。


◇


 エリルの部屋の前まで来ると、キュルはようやく背中から降りた。

 身軽になったところで、エリルに続いて中へ入る。


 最初に気づいたのは匂いだった。


 紅茶と本や紙。それに、何の香りか分からない淡い甘さが混じっている。自分の部屋とは全然違う。誰かがここで毎日過ごしている。その人の生活がそのまま染みついたような匂いだった。


 そのせいか、急に人の部屋に入ったことを実感する。


 視線を動かすと、本や資料は多いがきちんと整理されていた。その中に、猫耳のついた妙に可愛いクッションがある。


 なんとなくそれを眺めていると、エリルに声をかけられた。


「なに?」


「……いや、別に」


 キュルはそんな2人を気にする様子もなく、もう逃げるのは諦めたのか、慣れた様子で席についた。

 ほどなくエリルが紅茶を淹れてくれて、3人分の教材が机に広がった。


「じゃ、始めよっか」


 まだ少し釈然としないものは残っていたが、結局キツキもそのまま勉強を始めた。

 しばらく進めていると、引っかかるところが出てくる。


「なあ、これとこれって何が違うんだ? 意味は分かるんだけど、似たようなこと言ってないか?」


 そう聞くと、エリルが椅子を寄せて教材を覗き込んだ。さっき感じた淡い甘さが、少し近くなる。


「似てるけど、前提が違うんだよねー。こっちはこの条件がある場合で、こっちはない場合」


「……じゃあ別々に覚えるのか?」


「ううん。むしろセット。同じところと違うところを一緒に覚えた方が混ざらないよ」


「ああ……そういう覚え方か」


 言われてみれば単純だった。

 メガネなら、それぞれの意味までは分かる。でも、何と何を一緒に覚えるか、何から先に押さえるかまでは教えてくれない。


 知識を拾えるのと、使える形で頭に入れるのはやはり別だ。


 だが、勉強を続けるうちに少し集中が切れてきて、キツキは気を逸らすようにエリルへ声をかけた。


「エリル、もしかして何が出るかとか知ってたりしないか?」


「……私のこと予言者か何かだと思ってる? そんなの知ってるわけないじゃん」


 エリルは笑いながら視線を教材へ戻すと、そのままキツキの教材の一部を指した。


「でも、この辺は押さえておいた方がいいと思うな~」


「……やっぱ予言者か?」


「ふふーん。どうだろうね?」


 少し引っかかったが、さすがに本気で言っているわけではないだろう。考えすぎだと、キツキは教材に目を戻した。


 それからは手が止まるたびにエリルへ質問した。聞けば分かりやすく教えてくれるので、気づけば質問する回数はどんどん増えていた。


 その頃には、半ば強引に連れてこられたことも、もうほとんど気にならなくなっていた。


「キュル」


 不意にエリルが名前を呼んだ。

 その声にキツキも顔を上げると、キュルは音もなくドアの前まで移動していた。


「……いつの間にそこまで行ったんだ?」


 エリルが気づかなければ、間違いなく見逃していただろう。


「戻ってきなさい」


「……」


 キュルはドアとエリルを交互に見たあと、がっくりと肩を落とした。そのまま重い足取りで席へ戻ってくる。


 そんなこんなで時間が過ぎ、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 ふと隣を見ると、キュルはとうとう机に突っ伏している。


「……むり」


 本来なら、半ば強引に連れてこられたキツキも、キュルと同じく音を上げる側だったはずだ。だが、分からないところをエリルに聞けば、すぐ先へ進める。その効率の良さに、すっかり味を占めていた。


 そうしていつの間にか、2人の立場は完全に分かれていた。


 キツキは普段ならまず浮かべないような爽やかな笑顔を、机に突っ伏すキュルへ向ける。


「キュル、頑張ろうぜッ!」


「……こわい」


 エリルが吹き出した。

 ひとしきり笑ったあと、ふと時計に目をやる。


「時間もちょうどいいし、今日はここまでにしよっか」


「……そうだな。今日はかなり助かった。ありがとな」


 エリルとキュルに別れを告げ、部屋を出る直前にもう一度振り返ると、キュルは机に突っ伏したまま、すっかりシナシナになっていた。


 そんなキュルを残して廊下に出ると、今度は自分が女子寮にいることが急に気になってくる。この時間にここを歩いているのは、どうにも落ち着かない。


 足早に女子寮を出て、そのまま自分の部屋へ戻った。


 あとはシャワーを浴びて、明日の支度をして、今日やったところを軽く見直すだけだ。

 その前に少しだけ休もうと、ベッドに腰を下ろしたところまでは覚えている。


 次に目を開けた時には、考査当日の朝だった。

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