第131話 この学院、俺に恨みでもあるのか?
休日の昼前、キツキは出かける支度をしながら、昨日の食事会のことを思い返していた。
今すぐ誰かに相談したいことがあるわけではない。それでも、何かあったときは、あの4人に相談してもいい。そんな選択肢があると思えるだけで、思っていたよりずっと気が楽だった。
そんなことを考えているうちに支度も終わり、キツキは時計を見る。
「そろそろ行くか」
キツキは荷物を持って部屋を出て、研究室へ向かった。
扉を開けると、レニアはすでに机の上に資料と試作杖を並べていた。
「遅いわよ」
「え?」
思わず時計を確認する。約束の時間までは、まだ少しあった。
「……いや、早いよな?」
「私はもう準備できてるもの」
「そんなこと言われても……」
レニアは返事をせず、机の上の資料を揃え直した。もう十分整っているように見えるのに、今度は試作杖の位置まで少し動かしている。
(……なんか今日、妙に張り切ってるな)
キツキは少しだけ首を傾げながら、メガネの位置を直して机へ寄った。
クリスタルラッシュなどでまとまった時間を取りにくい時期もあったが、その前後の空いた時間を使い、杖の研究は少しずつ進めていた。以前マーサの店で手に入れた傷んだ杖と修理依頼票も、構造を考えるうえでは意外と参考になった。
今、机に置かれているのも、その過程で作った試作品の1つだ。外装の一部が外され、別の素材を固定した跡も残っている。完成品と呼ぶには、まだかなり見栄えが悪い。
そもそも杖は、外から見れば1つの道具としてまとまっていても、中まで単純な一体構造というわけではない。外装の内側には魔力を通す芯や補助材があり、術式も組み込まれている。2人は研究用の杖を土台に、その内部を組み替えながら試作を続けていた。
今日試すのは、キツキが以前、正体不明の場所で使った杖の内部構造を参考に、その一部を研究用の杖で再現したものだった。
ただし、その構造が具体的に何をしているのかまでは分かっていない。まずは実際に使って、どんな変化が出るのかを確かめる。その段階だった。
「始めるわよ」
レニアが試作杖を手に取った。
キツキもメガネ越しに、レニアと杖を流れる魔力へ意識を向ける。
比較に使うのは、氷のつぶてを飛ばすだけの単純な魔法だ。杖を使わない場合と、試作杖を使った場合で同じように放って比べる。
確認すると、試作杖を使った方が明らかに威力が上がっていた。
「お、成功じゃん!」
「まだよ。1度だけでは意味がないわ。まずは同じ結果が出るか確かめないと」
そう言う声は、少しだけ弾んでいた。
それから、条件を揃えて何度か試してみても、結果は変わらなかった。差はわずかでも、試作杖を使った時は明確に威力が上がっている。
同じ結果が出ることは確認できた。次は、なぜ威力が上がったのかを調べる。
レニアが引き続き同じ条件で魔法を放ち、キツキは威力ではなく、術式に送られる魔力の動きに意識を絞った。
杖を使う時と使わない時。その流れを見比べているうちに、キツキにも違いが見えてきた。
「……杖を使ってる時の方が魔力のロスが少ない。杖なしだと、途中でもう少しロスが出てるように見える」
レニアの動きが止まった。
キツキへ向けた視線がメガネのあたりで一瞬留まり、それから手にした試作杖へ落ちた。
「……今の話が正しいなら――」
レニアは試作杖を机に置き、紙を引き寄せた。
「術式に魔力を流す途中では、どうしても多少の損失が出るわ。でも、この構造はその損失を抑えてるのかもしれない」
「ああ」
「それなら、同じ量の魔力を流しても、杖を使った方が実際に術式で使える量は多くなる。その分、威力も上がる」
途中で失われる魔力が減れば、その分だけ実際の魔法に使える量が増える。理屈としては辻褄が合う。
そこで今度は、ロスの差そのものを確かめることにした。
レニアが杖を使う場合と使わない場合で同じ魔法を交互に放ち、キツキはそのたびに途中で失われる魔力を追い、見えた差を紙に書き留めていった。
試すたびに多少のばらつきはあったが、傾向は変わらなかった。試作杖を使った時は、杖を使わない時よりも途中のロスが少ない。
少なくとも今回の威力上昇については、試作杖が魔力の損失を抑えていると考えてよさそうだった。
レニアは書き留められた結果を見返していた。紙の端を押さえていた指に、わずかに力が入る。
「……これで、1つは分かったわね」
その横で、キツキはもう試作杖へ目を戻していた。
「これ、もっとロスを減らしたら、威力ももっと上がるのか?」
レニアも試作杖へ目を向ける。
「理屈の上ではそうなるわね。ただ、これ以上ロスを減らせるかは別の話だけど」
「……う、そこは考えてなかった」
レニアは呆れたようにキツキを見て、軽く息を吐いた。
「まずは、どこまで減らせるのか確かめましょう」
2人はそのまま次の検証に取りかかった。
◇
「キツキ、眠そう」
それから数日後。総合研究会の活動中、椅子に座るなりキュルに言われた。
「……そう見えるか?」
「見える」
「まあ、ちょっと寝不足ではある」
キュルはじっとキツキの顔を見た。
「研究?」
「ああ。少し遅くなってな」
キツキは小さくあくびを噛み殺した。
向かいに座っていたエリルが、手元の資料を見て小さく息を吐く。
「先に言っとくけど、私を恨まないでよ? 私だってやらされてる側なんだから」
「……別に何も言ってないぞ」
「ならいいけど。文句があるなら、ちゃんと活動しろってうるさいマリベル先生に言ってね」
そう言って、エリルは手元の資料をめくった。
今日は学院内にあるいくつかの資料を見比べ、内容を簡単に整理することになっていた。少なくとも、いつもの緩い集まりよりは、ずっと真面目な活動だ。
キツキも机の上の資料を1つ取り、しばらく目を通してから次の資料へ手を伸ばす。
「それ、さっき見てた」
キュルに言われて手が止まった。
「……そうか?」
「見てた」
「ちょっとー? 真面目にやってよね」
エリルまでこちらを見ている。
「いや、今のは確認し直しただけだから」
明らかに納得していない2人の視線から逃げるように、キツキは別の資料へ手を伸ばした。
しばらくして、机の上の資料も一通り片づいたところで、エリルがノートを閉じた。
「そいえばキュル。そろそろまた勉強するからね」
「やだ」
返事が早い。
キツキは2人を見比べた。
「何の話だ?」
「2回目の定期学科考査。もうそろそろでしょ」
「…………は?」
思わず声が出た。
「そんなお知らせ、あったか?」
「まだないけど。定期考査なんて珍しいものでもないし、時期くらいはみんな分かってるんじゃない?」
「……みんな?」
キツキは隣のキュルを見る。
「じょうしき」
クリスタルラッシュも終わって、ようやく研究に集中できると思っていたところだった。
ただでさえ研究で手いっぱいなのに、まだ詰め込んでくるのかこの学院は。




