第130話 名前はまた今度で
「まず、クルエルヴェールっていう組織についてなんだけど」
エリルは、自分が掴んでいる範囲でクルエルヴェールについて説明した。
フォールンが関わる集団で、目的や規模については、まだ掴めていないことも多いという。
「それで、ダンジョン実習で襲ってきたあの男なんだけど。あいつがクルエルヴェールの一員だったことは、もう確認が取れてる」
キツキの手が止まった。
ダンジョンで襲ってきた、あの男。
ムルガドが来なければどうなっていたか分からないほどの相手が、クルエルヴェールという集団に属していた。
「どこでそんなこと分かったんだ?」
「情報源はまだ秘密」
エリルはあっさり答えた。
「……あれだけの相手が組織の一員だったなら、放っておくわけにはいかないね」
ブロムの声は、いつもより少し硬かった。
「……そういや、それなら俺も1つあるぞ」
キツキは、以前、寮で警報が鳴った夜にムルガドが自分の部屋へ転移してきたことと、その後フォールン関係の会議へ同席した経緯を簡単に話した。
そこで聞いた、ダンジョンにいたフォールンが所持していた転移用魔道具についても伝える。
「その魔道具、動かすのに黒い魔力が必要だったらしい」
エリルが食器を置いた。
「……黒い魔力が必要な転移用魔道具、か」
独り言のように呟いて、そのまま少し考え込む。
ちょうどそこで、穀物料理の器が下げられ、次の皿が運ばれてきた。
香草を添えた肉料理だった。表面には薄く焼き色がつき、温かな湯気が立っている。
キツキも食器を手に取り、肉へナイフを入れると、切り口からじわりと肉汁がにじんだ。
「あとは、クルエルヴェール以外にも、まとまって動いてるフォールンがいるって話もしてたな」
「それは私も少し気になってる」
エリルが顔を上げた。
「私とキュルも少し前に、ミザルの近くでフォールンに遭遇したことがあるんだ」
「フォールンに? 大丈夫だったのかい?」
「うん。3体いたけど、キュルと2人で全部倒したよ」
キュルは小さな口で肉を頬張ったまま、こくりと頷いた。
「……2人で?」
レニアがわずかに目を見開く。
「まあね」
エリルはなんでもないことのように答えた。
「それに、その3体だけじゃないんだ。別の場所でも、複数で動いてるフォールンの話が出てる」
「同じ連中なの?」
レニアがエリルを見る。
「んー、確証はないけど、私は別口だと思ってる」
クルエルヴェール以外にも、まとまって動くフォールンがいる。
キツキが会議で聞いた話と、エリルが実際に見た3体の姿が重なった。
エリルは肉料理を一口食べてから、少しだけ声を落とす。
「それと、私は学院の中だからって安心するつもりもないかな」
「学院の中もか……?」
「誰かを疑ってるってわけじゃないよ。ただ、何も起きない前提でいるのは危ないってこと」
それ以上、誰も言葉を重ねなかった。
しばらくは食器の音だけが続き、やがて肉料理の皿が下げられる。
代わりに運ばれてきたのは、温かい焼き菓子と、よく冷えた果実を合わせたデザートだった。
キュルの視線が、その皿にぴたりと止まった。
ひと口食べた途端、わずかに目を見開く。次の瞬間には、もう次のひと口へ手が伸びていた。
「キュル、それ気に入ったのか?」
「うん。おいしい」
そう答えると、キュルはまたすぐに焼き菓子へ手を伸ばした。
その様子に、さっきまで張っていた空気が少し緩む。
「そういえば、あなたの話はまだ聞いていなかったわね」
レニアがエリルを見る。
「私?」
「クリスタルラッシュよ。守備役を7人も脱落させたのでしょう?」
「あ、それか」
エリルはデザートを口へ運びながら、軽く頷いた。
「前から気になっていたのだけれど。あなた、本当にクラス2なの?」
「正式にはね。前はあんまり目立つ必要もなかったし、少し低めに見せてたんだよね」
「じゃあ、実際はいくつなんだ?」
「今ならクラス4くらいかな? 七環術式も公表しちゃったし、前ほど隠す意味もなくなったから、今回はちゃんとやったってわけ」
「……ずいぶん簡単に言うのね」
レニアは呆れたように小さく息を吐いた。
エリルは気にした様子もなく、残っていたデザートへ手を伸ばす。
そんなやり取りがひと段落したところで、ブロムがふと思いついたように口を開いた。
「ところで、これからもこうやって集まることになるんだし、名前があった方がいろいろといいんじゃないかな?」
「名前?」
キツキが聞き返す。
「うん。せっかくだしね」
ブロムは少し嬉しそうに笑った。
「『暁の五傑』っていうのはどうかな?」
レニアの眉間に、はっきりと皺が寄った。
エリルは、デザートを口へ運びかけた手をぴたりと止める。
キュルだけは何事もなかったように、そのままデザートを口へ運んでいた。
「あなた、その名前――」
「……名前については、また後でもいいんじゃない?」
エリルがレニアの言葉に被せるように言った。
「そ、そうだな。別に急いで決める必要もないし」
キツキも少し慌てて続く。
「そうかい? だったら、次はもっといいものを考えてくるよ」
ブロムは、ますます気合いが入ったように力強く頷いた。
(でかい剣がかっこいいって言ってたし、ブロムってこういうところもあるんだな)
別に悪いとは思わない。ただ、普段の印象からすると少し意外だった。
その後は、残ったデザートをつまみながら他愛のない話が続いた。
誰かが話せば、誰かが返す。時々笑いも混じって、気づけば最後の皿まできれいに空になっていた。
食事を終えて店を出ると、キツキは満たされた腹をさすりながら、小さく息を吐いた。
(うまかったな~)
最初は高級料理店というだけで妙に緊張していたが、いつの間にかそんなことも忘れていた。
帰りの馬車には、行きのときよりもずっと気の抜けた空気が流れていた。
満腹になったせいか、キュルはエリルの肩にもたれ、すっかり眠っている。
エリルはそんなキュルを起こさないよう少し声を落としながら、ブロムとクリスタルラッシュの話をしていた。そこから話は自然とプライムフォーラムへ移り、レニアも会話に加わった。キツキも時々口を挟んだ。
そんなふうに話しているうちに、キツキはふと4人を見回した。
今までだって、一緒に戦ったり、こうして飯を食ったりしてきた。
でも今日は、何かが少し違った。
何かあれば知らせる。危ない時は力を貸す。自分が困った時には、こいつらを頼ってもいい。
うまく言葉にはできないけれど、そう思える相手がいることが、妙に心強かった。
この世界にも、自分の居場所みたいなものが、少しずつできてきているのかもしれない。
それは、思っていたよりずっと悪くない気分だった。




