第128話 高級料理店くらい余裕です
それから3日後。
今日は、エリルがクリスタルラッシュで1位になった報奨として用意された高級料理店へ、みんなで食事に行く日だった。
夕方の待ち合わせにはまだ早い昼過ぎ、キツキは空いた時間を使って鍛錬場に来ていた。
雷、水、氷、風。
クリスタルラッシュで一度だけ成功した、4属性同時操作。その再現を試すためだ。
あの時の感覚はなんとなく残っている。だが、雷を形にすれば水が崩れ、水を保とうとすれば今度は風の術式が乱れる。
「……駄目か」
それから何度か繰り返しても、結果は変わらなかった。試しに数を減らしてやってみるも、2属性でさえまともに重ならなかった。
(……何が違うんだ?)
キツキはその場を周るように歩きながら、クリスタルラッシュの時との違いを考える。
しばらくそうしていると、ふと視線を感じた。
そちらへ目を向けると、少し離れたところでホンペクが地面にゆったりと座り込み、妙にくつろいだ様子でこちらを見ていた。
「……お前、また見てたのか」
「ふん」
返ってきたのは、それだけだった。
相変わらず何を考えているのか分からない。どうせ問い詰めたところで、こいつは答えないだろう。
キツキはホンペクから視線を外し、改めて魔力を練り直す。
その時、ふと時計が目に入った。
「……あ」
時間を見ると、そろそろ切り上げておいた方がよさそうだった。待ち合わせまではまだ余裕があるが、支度もしておきたい。
もう1度試すのは諦めて、キツキは鍛錬場をあとにした。
そのまま部屋へ戻り、汗を流して制服に着替えた。最後に、襟元をいつもより少しだけ整える。
今日行く《エルヴェナ》には学院の制服でも問題なく入れるとは聞いている。それでも、予約を取ることすら難しい高級料理店だと言われれば、さすがに何も気にしないわけにはいかなかった。
食事の作法も、今回はちゃんと調べ直してある。
以前レニアと高級店へ行った時は、彼女の真似をしてなんとか乗り切った。あの時の自分は、お世辞にもかっこいいとは言えないだろう。
だが、今回は準備万端だ。今度こそ、少しくらいは余裕のあるところを見せられるはずだ。
そんなことを考えながら学院の正門へ向かうと、すでにエリルたちは集まっていた。
エリルは普段より少し洒落た外出着で、ブロムもきちんとした上着を着ている。キュルも装飾こそ少ないが、いつもの学院での格好とは違っている。
3人を見回してから、キツキは自分の制服へ目を落とした。
(やっぱ俺だけ制服じゃねえか)
別に駄目ではない。駄目ではないのだが、並んでみると少しだけ気になる。
そんなキツキの内心など知るはずもなく、エリルは正門の方へ目を向けた。
「あとはレニア姫だけだね~」
ブロムも同じ方を見た。
「そうだね。まだ時間前だし、ゆっくり待とうか」
その隣では、キュルが落ち着かない様子で袖口を何度か整えていた。普段とは違う格好が、どうにも気になるらしい。
少しして、ちょうど約束の時間になったところで、正門の方からレニアがやってきた。
キツキも何気なくそちらを見る。
黒を基調にした服は派手ではないが、ところどころに入った深い赤がよく映えている。首元には銀の細いネックレスがあり、その中央に赤い宝石が1つだけあしらわれている。
以前にもレニアの私服を見たことはある。あるのだが。
「キツキ、見すぎじゃない?」
「え?」
横からエリルに言われて、ようやくキツキは自分がずっとレニアを見ていたことに気づいた。
「いや、別に……」
「そうー?」
エリルがにやりと笑う。
レニアも気づいていたらしく、一度こちらを見た。何か言ってくるかと思ったが、そのまま何事もなかったように輪へ加わった。
けれど、その横顔は、来た時よりほんの少しだけ柔らかく見えた。
そうして、全員が揃ったところで馬車へ乗り込み、《エルヴェナ》へ向かった。
◇
着いた先は、予約を取ることすら難しい店とは思えないほど控えめな建物だった。大きな看板もなく、入口の脇に《エルヴェナ》と小さく記されているだけだ。
中に入ると、すぐに店員が迎えてくれた。
丁寧に頭を下げ、5人を席へ案内していく。言葉遣いも振る舞いも隙がなく、キツキは歩きながら少し居心地の悪さを覚えた。
(レニアがいるからか?)
王女が客として来ているのだから、それくらい気を遣うものなのかもしれない。
そう思っていたが、席へ向かう途中で別のテーブルが目に入る。そこでも店員は客の様子を細かく見ながら、同じように丁寧に応対していた。
「……ここって、いつもこんな感じなのか?」
「そうだよ。誰が来てもね」
エリルが何でもないように答えた。
どうやら、自分たちだけが特別扱いされているわけではないらしい。
5人は、他の席から十分に離れた大きめの丸いテーブルへ案内された。
エリルの隣にキュル、その隣にキツキ、レニア、ブロムと続く並びになった。
席に置かれていた品書きを見ると、料理の仕上げにはすべて魔法が使われているらしい。炎で焼く、氷で冷やすといった単純な話だけではなく、温度や香りまで細かく調整するために使うようだ。
眺めているうちに、最初の皿が運ばれてきた。
焼いた根菜に香草を添えた、小さな前菜だった。
(少なっ)
思わずそう思ったが、他の4人は特に気にしていない。
とりあえず食べようとして、キツキの手が少し止まった。
調べてきた。
調べてきたはずなのだが、実際にいくつも並んだ食器を前にすると、どれから使うのだったか一瞬だけ迷う。
横を向いて確認するのは露骨な気がして、キツキは視線だけを動かして周りの様子をうかがおうとした。
その時、レニアが少し早めに食器を手に取った。ごく自然な動作で、そのまま前菜を口へ運ぶ。
キツキの目が、その手元を追った。
(あ、それか)
同じように食器を手に取る。
その動きを横目で確認してから、レニアは何も言わず自分の皿に視線を戻した。
そんなことには気づかないまま、キツキも前菜を口へ運ぶ。
見た目以上に香りが強く、噛んだ途端、香草の香りがふわりと広がった。
「……うっま」
「でしょ?」
エリルがどこか自慢げに笑う。
その反応につられて周りへ目を向けると、キュルは黙々と料理を食べていた。待ち合わせの時には慣れない格好を気にして落ち着かない様子だったが、今はすっかり料理の方に意識が向いているようだ。
ブロムも表情を少しほころばせながら、慣れた様子で上品に食事を楽しんでいる。
そんなみんなの様子を見ているうちに、キツキもいつの間にか肩の力が抜けていた。最初こそ店の雰囲気に緊張し、食器の使い方も気にしていたが、1皿食べ終わる頃には、そうしたこともだいぶ気にならなくなっていた。
せっかくこんな店に来たのだ。変に構えるのはやめて、料理を楽しむことにしよう。




