第125話 クリスタルラッシュ・11
ディオンとの戦いを終えてから少し経ち、残り時間も少なくなっていた。
キツキとブロムは、無理に高得点のクリスタルを狙うのをやめて、確実に取れそうなものだけを拾いながら、最後の更新で使用可能になった納品地点へ向かう。
少し早めに動いたこともあり、終了時間にはまだ余裕がある。
「ここまで来れば大丈夫そうだね」
「ああ。さすがにもう戦う気力はないしな」
そう返した頃には、2人はもう納品地点のすぐ近くまで来ていた。
そのまま戦闘禁止区域へ入ると、すぐに学院側の確認が始まった。あとは所持しているクリスタルの処理が終われば、安全区画へ転送される。
そのまま待っていると、ブロムがふと別の方向へ顔を向けた。
「誰か来るね」
キツキもそちらを見ると、少し離れたところから、1人の少女がこちらへ走ってきていた。
「あ、レニア!」
最後の最後で知っている顔を見つけ、思わず声が出た。
レニアもこちらを見た。
その顔を見たところで、キツキはわずかに首を傾げる。
何があったのかまでは分からない。ただ、レニアの顔が、いつもより少し張り詰めているように見えた。
そのまま2人の目が合う。
ほんの一瞬だけ、レニアの表情がやわらいだ。
けれど、キツキの視線はその変化を拾う前に、別のところへ向いていた。
走ってくるレニアの銀髪。その毛先に、まだわずかに薔薇色が残っている。
(あれ……?)
前にも、どこかで見たような気がする。だが、思い出そうとしてもすぐには出てこない。
「それ、どうした――」
最後まで言い切るより先に、視界が切り替わった。
「……え?」
気づけば、キツキとブロムは待機場所へ転送されていた。さっきまで目の前にいたレニアの姿はもうない。
「なんだよ、今のタイミング……」
狙ったようなタイミングに、思わず悪態が漏れる。周囲を見回してみても、当然レニアの姿はない。
結局、髪のことも、張り詰めたような顔のことも聞けなかった。
あれは何だったのかと再び考えかけたところで、すぐ近くから聞き覚えのある声が飛んできた。
「キツキ! ブロム!」
ライトだった。
少し離れたところではロアンもこちらへ手を上げている。
「お前ら!」
キツキが2人の方へ歩き出す。その瞬間、急に両脚から力が抜けた。
「うおっ」
膝がぐらつき、そのまま床へ尻をつく。
「……あ、やべ。もう立ってらんねえ」
「なんだよそれ!」
ライトが吹き出しながら駆け寄ってくる。
「最後まで残ってたくせに、終わった途端それかよ。かっこ悪いな」
「うるせえ。……お前らは元気そうだな」
「まあ、こっちは先に休んでたからな」
ロアンも口元をわずかに緩めながら、そう返した。
「大丈夫?」
ブロムは苦笑しながら、キツキへ手を差し出す。
「……ああ」
その手を取って1度は立ち上がろうとしたものの、中腰になったところで両脚がまた震えた。結局、キツキはもう1度床に腰を下ろし、そのまま脚を伸ばす。
競技中はほとんど気にならなかったが、今になって急に身体が重くなった気がする。今日走り回った量を考えれば、当然といえば当然かもしれない。
(明日は筋肉痛確定だろうな)
キツキが脚を休めている間にも、競技を終えた参加者たちが次々と戻ってきた。周囲の人数も少しずつ増えていく。
やがてクリスタルラッシュも終了し、最後まで競技を続けていた参加者たちも戻ってきた。その頃には、キツキもどうにか歩ける程度には戻っていた。
全員が揃ったところで、参加者たちは係員に案内され、中央の実技ドームを囲むスタジアム側の一角へ集められた。キツキもライトたちと一緒に移動する。
観客たちが見守る中、やがて大型映像が結果発表用の表示へ切り替わった。
『それでは、1年生部門の結果発表です!』
会場のざわめきが少しずつ小さくなる。
『第3位――!』
大型映像に、ブロム、キツキ、ライト、ロアンの4人の名前が並ぶ。
「よっしゃー!」
ライトが真っ先に両手を上げた。
「3位か!」
ロアンもいつになく大きな声を出している。
ブロムも嬉しそうに笑い、キツキも思わず拳を握った。
「やべえな、俺たち!」
ライトがそのまま大きな声を上げる。
ほとんど勢いだけで始まったチームだったが、終わってみれば3位だった。少しくらい喜んでも罰は当たらないだろう。
『続いて第2位!』
表示が切り替わり、レニアを含む4人の名前が並ぶ。
少し離れたところでは、先に競技を終えていた3人の仲間がレニアのそばに集まっていた。そのうちの1人は、嬉しそうに目元を拭っている。
キツキもレニアへ目を向ける。
けれど、そこにあるのはいつも通りの綺麗な銀髪だけだった。
そのことが気になったままレニアを見ていると、次の発表が始まった。
『そして第1位! 2位に大きく差をつけて優勝したのは――!』
大型映像に、エリルを含む4人の名前が並んだ。
大きな拍手と歓声が上がる。
「エリルか」
キツキは素直に頷いた。
七環術式のこともある。何をやらせても普通ではないことくらいは、もう知っている。だから1位と言われれば、なんとなく納得できた。
『それでは、優勝した4人の中から、エリル選手に特別にお話を聞いてみましょう!』
呼ばれたエリルが、参加者たちの中から前へ出る。
それに合わせて大型映像も切り替わり、エリルの姿が映し出される。
『今回、エリル選手はなんと、単独で7人もの守備役を脱落させました!』
「……7人?」
思わず聞き返した。
隣ではブロムも目を見開いている。
会場全体にも大きなどよめきが広がり、少し離れた場所ではレニアもわずかに目を見開いていた。
『これほどの活躍を見せた秘訣は、いったい何なのでしょうか?』
問いかけられたエリルは少しだけ考えるように間を置いたあと、いたずらっぽく笑った。
「私が戦っている間、3人が探索を進めてくれました! チームメイトのおかげです」
(……猫かぶってんな)
大型映像に映るエリルを見ながら、キツキはそう思った。
実況がほんの一瞬だけ間を置く。
『……なるほど! 仲間との連携が今回の勝利につながったということですね!』
なんとも言えない空気をわずかに残したまま、結果発表は2年生部門へ移った。
以前から実力を評価されているカイル・レヴァンを含む3人が1位となった。その後のインタビューを終えると、続いて上位チームへの報奨が発表される。
『それでは、各部門の上位3チームに贈られる報奨を発表します! まず第3位、ギレル騎士団の1日訓練体験です!』
「おお!」
ブロムが嬉しそうに声を上げた。
ギレル騎士団は、国外にも名の知られた精鋭だ。その訓練へ参加できる機会など、そう簡単に得られるものではない。
だが、キツキたち3人は揃って苦い顔をしていた。
ブロムはそんな3人に気づいた様子もなく、嬉しそうに続ける。
「すごいね! ギレル騎士団の人たちと一緒に訓練できるなんて」
「お前、ほんと鍛えるの好きだよな……」
キツキが呆れている間にも、次の報奨が発表される。
『第2位は、マクナル先生による特別指導!』
その名前が出ると、会場が少しざわついた。
キツキもつられるように周囲へ意識を向けると、あちこちからマクナルの名前を口にする声が聞こえてくる。
そして最後に、第1位の報奨が告げられた。
『栄えある第1位は――ギレル学院が用意した高級料理店へのご招待です!』
キツキは少し黙った。
(……高級料理? 1位がそれだけなのか?)
「いいな! 俺も1位がよかった!」
ライトはむしろ羨ましそうにしている。
「悪くないな」
ロアンもそれらしい顔で頷いた。
「僕は騎士団の方が嬉しいかな」
それを聞いて、キツキは思わず吹き出した。疲れているせいか、その一言が妙にツボに入った。
やがて報奨の発表もすべて終わり、会場にもひと区切りついたような空気が広がる。
キツキは少しだけ周囲を見渡す。
さっきまで自分たちが走り回っていた実技ドーム。その周囲を埋める観客席には、まだ大勢の人が残っている。歓声や話し声も、あちこちから聞こえてくる。
すぐ隣では、ライトとロアンがまだ報奨について話している。ブロムもその会話に混ざりながら笑っている。
キツキもつられて笑う。
思い通りにならないこともあったし、知らなかったものもたくさん見た。脚はまだ重いし、明日はたぶん、ひどい筋肉痛でまともに歩けないだろう。
それでも――
「……楽しかったな」




