第124話 クリスタルラッシュ・10
レニアの足元から、氷がせり上がった。数メートルの高さまで持ち上げられたところで、すぐに片手を地面へ向けた。
雷が地面へ落ち、そのまま白い雪原を裂くように走ってジルの周囲へ広がった。
ジルは防御膜を展開すると、雷を受けても歩調を変えることなく、レニアのいる氷柱へ近づいてくる。
それを見て、レニアはすぐに風魔法に切り替えた。正面から吹きつける強風に鋭い風の刃を混ぜるが、ジルは剣でそれを逸らしながら進み、風が弱まる一瞬に大きく踏み込む。次の風を放つ頃には、もう氷柱のすぐ近くまで来ていた。
雷をまとった長剣が振るわれ、氷柱の根元が砕けた。
足場を失うより先に、レニアは離れた場所へ新しい氷を伸ばし、そこへ飛び移って距離を取り直す。
それからも、ジルの歩みは変わらなかった。雷は防御膜で受け、風は剣で逸らしながら、少しずつ距離を詰めてくる。
そして再び風魔法に切り替わった瞬間、その歩みが大きな踏み込みに変わった。ジルの長剣が2本目の氷柱へ振るわれ、根元に大きな亀裂が走る。足場が傾き始めると、レニアは崩れ落ちるのを待たず、そのまま地面に降りた。
ジルがレニアへ向き直る。
その姿を見ながら、レニアはひとつ息を吐いた。自分の右の手のひらに視線を落とし、その手をぎゅっと握りしめる。
ジルが一歩踏み出しかけ、ふと足を止めた。
雪の冷気に満ちていたはずの空気に、いつの間にか熱が混じっている。頬に触れる空気が、わずかにひりついた。
その熱に、ジルは正面へ視線を戻す。
レニアの銀髪が、毛先から薔薇色へ染まり始めていた。その変化を追うように周囲へ薔薇色の炎が現れ、揺らめくのに合わせて足元の雪がみるみる溶けていく。やがて、その下の地面がむき出しになった。
ジルはそれを見て、初めて長剣をはっきりと構えた。
その光景が大型映像に映し出されると、会場が大きくざわめいた。
来賓席では、フォルテアの第二王女シエラが画面を見つめている。
「……あら」
シエラは口元を緩め、楽しそうに笑った。
『出ました! あの薔薇色の炎は、フォルテア王家を象徴するフォルテアの炎です!』
少し遅れて実況の声が響く。観客席では、フィリンも画面から目を離せずにいた。
雪原では、レニアの前に大きな薔薇色の火球が生まれていた。レニアが手を振ると、それが真っ直ぐジルへ飛んでいく。
ジルは長剣を構えたまま、迫る火球を見据えた。これまでと同じように、剣と防御膜で受けるつもりだった。
だが、火球が間近まで迫った瞬間、考えるより先に身体が横へ動いた。ジルはそのまま大きく跳び、火球を避ける。
着地してから、わずかに目を見開いた。
受けるつもりだった。なのに、身体が先に避けていた。
直後、背後で薔薇色の炎が雪原へぶつかり、腹に響くような低い爆音が響いた。雪が消え、その下の地面まで黒く焦げている。ジルはその跡へ一度視線を向けると、すぐにレニアへ向き直った。
大型映像の前では、フィリンも目を見開いていた。今まで、ジルはどんな攻撃を受けても前へ進み続けていた。そのジルが、避けた。
雪原では、レニアがすでに次の炎を生み出している。最初の火球を避けられても、その表情は変わらなかった。
レニアは間を置かず両手を前へ向けた。大量の薔薇色の炎が地面を覆う。
高さ4〜5メートルほどの炎が、そのまま前方一帯へ押し寄せていく。触れた端から雪が音を立てて消えていった。
ジルは後ろへ退かず、炎が横に広がり切るより先に斜め前へ駆け出した。押し寄せる炎の端と競うように走り、その外側へ抜けようとする。
最後の一歩で炎が防御膜をかすめ、膜が大きく揺れた。それでもジルは足を止めず、そのまま炎の外へ飛び出す。
レニアとの距離が、さらに縮まった。
その場からほとんど動かず、レニアはさらに炎を重ねる。
薔薇色の炎は弱まるどころか熱を増し、周囲では降る雪がレニアに近づくにつれて溶け、その水滴さえ地面へ落ちる前に消えていた。
それでもジルは正面から受けることなく、射線を外しながらどんどん近づいてくる。
(このままじゃ、駄目ね)
レニアは攻撃の手を止め、薔薇色の炎を正面の1点へ集め始めた。
まとまり始めた巨大な炎の表面から、ところどころ薔薇色の炎が大きく噴き上がる。そのたびに手を動かして形を押さえ直すが、それでも噴き出す炎は止まらない。
次第に指へ力が入り、呼吸も乱れ始める。
それでも、ジルはすぐには踏み込まなかった。
ここまで、先に手を見せるのはいつもレニアの方だった。ジルはその出方を見てから動いてきた。
炎の塊が半ばまで形になり、レニアの狙いが見えたところで、ジルは姿勢を低くし、そのまま駆け出した。
迫ってくるジルを見ても、レニアは炎をまとめる手を止めない。噴き上がる炎の形を整えながら、さらに1つにまとめていく。
剣の間合いまであとわずかというところで、巨大な炎がようやく1つの形を保った。レニアは間を置かず両手を前に押し出し、そのまま薔薇色の炎を一気に放つ。
放たれた瞬間、ジルは進路を斜め前へずらした。それでも射線から外れ切る前に、炎の端が防御膜をかすめる。触れた側から膜が急速に薄れ、その一部が消えた。
すぐ横を巨大な炎が抜け、凄まじい熱気が押し寄せる。一瞬、ジルの息が詰まった。それでも足は止めず、炎が抜けきるのとほとんど同時にレニアの前へ飛び込んだ。
その背後では、外れた薔薇色の炎が轟音を響かせながら雪原の奥へ突き抜けていく。通った先から雪が一気に消え、焼けた地面が遠くまで長く伸びていた。
肩で息をしながら、レニアは目前まで迫ったジルを前に防御膜を張る。
そこに、雷をまとった長剣が振り下ろされる。防御膜へ触れる直前、ジルは剣を覆う雷を弱め、刃筋をずらした。
長剣の腹が防御膜へ叩き込まれ、強い衝撃に押されたレニアの身体が後方へ大きく吹き飛んだ。
地面へ落ち、そのまま雪の上を滑って、ジルの守備範囲の外でようやく止まる。
レニアは息を吐き、すぐに上体を起こした。
顔を上げると、ジルと目が合った。ほんの一瞬その視線が重なったあと、ジルは長剣を収め、自分の守備位置へ戻っていった。
その姿を見つめたまま、血が出るほど強く唇を噛む。
全力を尽くしても、届かなかった。それどころか、最後の一撃まで加減されていた。
レニアにとっては、明確な敗北だった。
そのまましばらく動かずにいると、手のひらに大粒の雪が落ちてきた。白い粒が、触れたそばからゆっくりと溶けていく。
最後の炎を放つ前の感覚が、まだ指先に残っている気がした。
(……なにか、違った)
大型映像に映るレニアから、フィリンは目を離せなかった。
先程ディオンの戦いを見た時は、学院の頂点なんて自分には遠すぎると思った。それなのに今、同じ17歳の少女が、そのジルを何度も動かし、最後まで食らいついていた。
気づけば、少し身を乗り出していた。
(私も、あんなふうに……)
雪原では、遠くから魔法のぶつかる音が響いていた。
レニアはその音に顔を上げる。離れた場所では、今も戦いが続いている。
雪に手をつき、指先を沈ませながら身体を起こす。
そのまま、立ち上がった。




