第120話 クリスタルラッシュ・6
「まあ、セドリック先輩」
声をかけると、石壁のそばに立っていたセドリックが振り向いた。
エレオノーラは少し前まで、レニアの後をこっそり追っていた。
チームメイトには、分散して探索した方が効率がいいと言いくるめ、レニアの勇姿を少しでも多く目に焼き付けるつもりだったのだが、途中でその姿を見失ってしまった。
それでも諦めきれずに探し回っている途中で見つけたのが、目の前のセドリックだった。
エレオノーラはそのままセドリックへ近づきながら、周囲へ視線を向けた。すぐそばの石壁は一部が砕け、表面も黒く焼け焦げていた。
(ずいぶん荒れていらっしゃいますね)
「……エレオノーラ嬢か」
セドリックはふっと息を吐いた。
苛立ちはまだ消えていない。それでも、それを押し込めるように表情を整えた。
「クリスタルならまだないぞ」
「あら、そうなのですか」
守備役が残っている区域では、奪われたクリスタルは一定時間が経てば再び現れる。セドリックの言葉で、先ほどの石壁の有様にも納得がいった。
エレオノーラは頬に指先を添え、わざと考えるように首を傾げた。少し間を置いて、ふっと微笑む。
「ですが、せっかくですので」
そのまま、エレオノーラの周囲に炎が浮かんだ。
「……何のつもりだ」
そう言いながら、セドリックも周囲に炎を集め始めた。
エレオノーラは、構えたセドリックを静かに見つめた。
(なんて幸運なのでしょう。レニア様に何度も余計なお手間をかけた方へ、直接ご挨拶できる機会が訪れるなんて♪)
「お手柔らかにお願いしますね」
「……本気か」
セドリックの眉間の皺が深くなった。
それでもエレオノーラは微笑んだまま、構えを解く様子はない。
セドリックはそんなエレオノーラを見据え、周囲に集めていた炎をさらに膨らませ、そのまま正面から放つ。
迫る炎へ、エレオノーラも片手を向けた。周囲に浮かべていた炎を、そのまま正面へ放つ。
――ドォンッ!!
正面でぶつかり合った炎が激しく揺れ、熱風が周囲へ弾ける。
次の瞬間、セドリックの炎が押し返される。
「なっ……!?」
セドリックがさらに炎を重ねる。
それでも勢いは止まらない。押し返されてきた炎を前に、セドリックは咄嗟に防御膜を広げる。
炎が防御膜にぶつかり、セドリックの身体が数歩後ろへ押される。足を踏みしめて勢いを殺し、すぐに体勢を立て直した。
同じフォルテアの貴族として、エレオノーラが高い実力を持つことは知っていたつもりだった。
だが、ここまでとは思っていなかった。
セドリックはわずかに目を細める。
今度は左右に炎を浮かべ、別々の方向からエレオノーラを挟むように放つ。
エレオノーラは左右から迫る炎へほんの一瞬だけ目をやった。
それから片手を上げると、先ほどよりも大きく炎を広げ、左右の炎をまとめて呑み込んだ。
「…………は?」
セドリックの口から、声が漏れた。
正面から押しても駄目。左右から崩そうとしても、まとめて呑み込まれた。
一瞬だけ動きが止まる。
だが、すぐに表情を引き締めると、距離を取り、防御膜を残したまま攻め方を変えて食い下がる。
対して、エレオノーラがすることはほとんど変わらない。
穏やかな微笑みを浮かべたまま、向けられた炎を、それより大きな炎で押し返す。それだけだった。
「まあ、多彩な攻め方をお持ちですのね」
ほどなくして、セドリックの脱落が告げられた。
◇
一方、セドリックの担当区域から十分に離れたところで、4人はようやく足を止めた。
キツキは肩で息をしながら、来た道を振り返った。しばらく待っても、追ってくる気配はない。
「ハァ、ハァ……よっしゃ! 取ったぞ、赤!」
その空気を破るように、ライトが声を上げた。
ロアンが息を整えながら、呆れたように笑った。
「危なかったけどな」
その様子に、ブロムも堪えきれないように笑い出した。
キツキもつられて口元を緩めた。
セドリック相手に誰一人脱落せず、赤のクリスタルまで奪えた。十分すぎる成果だった。
ひとしきり笑ったところで、ロアンが大きく息を吐いた。
「悪い。俺はそろそろ限界に近い」
その言葉に、3人の視線が集まった。
「まだ動けはするが、ここからまたデカいのとやるのはきつい。それに、ここまで取った分まで失うくらいなら、今のうちに納品しておきたい。俺はここで上がろうと思う」
ライトが少し残念そうな顔をしたが、ブロムはすぐに頷いた。
「そうだね。それがいいと思うよ」
キツキも改めてロアンの様子を見て、小さく頷いた。
「……そうだな」
話がまとまると、近くの有効な納品地点を確認し、4人はそちらへ向かって歩き出した。
しばらく進むと、戦闘禁止区域を示す境界が見えてきた。ロアンは3人が持っていたクリスタルも受け取り、その手前で3人へ向き直った。
「じゃあ、後は頼んだ」
「おう、任せろ!」
「また後でね」
キツキも軽く手を上げた。
ロアンはそれに応えると、そのまま戦闘禁止区域へ入っていった。
その姿を見送ってから、ライトが自分の腕を軽く回した。
「……よし、じゃあ次行こうぜ!」
ライトは返事も待たずに先へ進んだ。
ブロムもその背中を見て小さく頷き、すぐに歩き出した。
キツキもひとつ息を吐き、2人の後を追った。
◇
観客席では、先ほどから大型映像へ注目が集まっていた。
「おおっと、エリル選手! またしても――!」
実況の声とともに、会場のざわめきが一段大きくなる。
映し出されている光景は、それだけの反応を引き出すには十分だった。




