第119話 クリスタルラッシュ・5
最初に狙われたのは、キツキではなかった。
セドリックが腕を振ると、浮かんでいた炎が一斉に広がった。正面だけでなく左右にも分かれ、ライトとロアンの逃げ道まで塞ぐように迫った。
「うおっ!?」
ライトが慌てて足を止めるより早く、ブロムが2人の前へ出た。
広げた手の先に淡い光が走り、4人を覆うように薄い幕が広がった。迫っていた炎は光の幕に阻まれ、その場で赤く弾けた。
その間にブロムは剣を抜いていた。刀身へ光をまとわせ、セドリックとの距離を詰めた。
横薙ぎに振るわれた火炎を剣で受け流し、さらに前へ出る。
そこへキツキも氷を走らせた。
セドリックは位置をずらして氷を避け、ブロムの剣を防御膜で受け止めた。
光をまとった刀身に押され、身体がわずかに後ろへ下がった。
だが、すぐに炎が膨らんだ。
ブロムが距離を取り、その横からライトが魔法を放とうとしたが、炎の一部が即座にそちらへ向きを変えた。
ロアンが地面を盛り上げて遮ったが、次の火球がその上を越えてきた。
「うおっ、先輩こっちまで見てんのかよ!」
ライトが慌てて身をかわす。
「……隙がないな」
ロアンが短く呟いた。
キツキも同感だった。
セドリックはこちらを意識しながらも、4人全員を見ている。ライトやロアンが動けばすぐに牽制が飛び、ブロムの攻撃にも遅れず対応する。
これなら、最初から自分だけを狙ってくれた方が楽だった。
そう思いながら、キツキはもう一度氷を走らせた。
セドリックがそれを避けたところへブロムが踏み込み、その隙へキツキが別方向からもう一度氷を差し込んだ。
まともに当たったところで、セドリックを崩せるほどの威力ではない。
それでも、無視して受けるわけにはいかないだろう。
案の定セドリックは防御膜を張った。
「貴様……」
低い声に、キツキは少しだけ眉を上げた。
そこまで反応されるとは思っていなかった。
そこで、なぜか昔の友人の言葉が頭に浮かんだ。
『なあ知ってるか? ゲームってのはな、試合に負けても相手をイラつかせれば勝ちなんだぜ』
何を言ってるんだと思った記憶がある。なぜ今それを思い出したのかは分からない。ただ、目の前のセドリックを見ると、少しだけ試してみたくなった。
キツキの口元がわずかに緩む。
(お前の教えを信じてみるぞ、友よ)
そうして、次に飛ばしたのは水だった。
「……何?」
まとまった水が正面から飛び、セドリックは反射的に炎をぶつけた。水が一気に蒸発し、白い蒸気が広がる。
その向こうから、ブロムが出てきた。
「っ!」
迫った剣を防御膜で受ける。
対応が遅れた分だけ、セドリックの身体が大きく押された。
蒸気が晴れると、セドリックは真っ先にキツキを見た。
キツキは何でもない顔でもう一度水を飛ばした。今度はセドリックも炎を使わず、防御膜で受け止めた。
学習されたか。
それでも、その一手で十分だった。
キツキが魔法を差し込むたび、セドリックの意識はこちらへ寄る。その隙を、ブロムが逃さず使って前へ出た。
何度か繰り返すうちに、その傾向は明らかになった。
これなら使える。
「ライト、ロアン! クリスタル探してくれ」
「……お、おう!」
ロアンは返事より先に周囲の石壁へ目を走らせた。
「分かった」
2人はそのまま戦線から離れた。
このまま4人で相手をしていても、セドリックの牽制を捌くだけで手が塞がる。キツキはそう判断した。
「ブロム、悪いけど――」
「問題ないよ」
最後まで聞く前に、ブロムが笑った。
「僕も先輩とは、一度やってみたかったからね」
そう言って、再びセドリックへ踏み込んでいった。
セドリックの眉がわずかに寄った。
ライトとロアンが離れ、クリスタルを探しに向かったことは分かっている。
そちらを止めるべきだ。
だが、横から飛んできた氷に反応した瞬間、セドリックの視線はまたキツキへ戻った。
まただ。
この男はいつも、いちいち癇に障る。
ならば、格の違いを思い知らせればいい。
レニア殿下の隣に立つべきは誰なのか――。
セドリックが一歩強く踏み込んだ。
炎を一気に膨らませ、ブロムを正面から押し返す。
そのままキツキへ向かおうとしたが、ブロムがすぐに前へ回り込み、光をまとった剣で行く手を塞いだ。
セドリックは真正面から炎を叩きつけた。
ブロムも光の幕を広げて受け止めたが、勢いを殺しきれずに押し戻される。
その好機にセドリックが踏み込もうとした瞬間、横から水が飛んできた。
セドリックは咄嗟に防御膜を張り、水を弾いた。
「……貴様ァ!」
苛立った声を漏らした直後、今度は氷が足元へ伸びてきた。
セドリックは横へ退いて避けたが、その動きを待っていたようにブロムが踏み込んだ。光をまとった剣が迫り、セドリックは再び防御膜を張る。
キツキを振り払えばブロムが来る。ブロムへ対応すれば、また横から魔法が飛んでくる。
セドリックの表情が、目に見えて険しくなっていった。
少し離れたところでは、ライトとロアンが崩れた石壁に沿って周囲を探していた。
ライトは時折戦闘へ目を向け、そのたびに眉を上げる。その横では、ロアンが石壁の隙間を順番に確認していた。
「キツキって、3属性も使えんのかよ……」
そう呟きながら探索を続けていたライトが、ふと足を止めた。
「あった!」
数歩先、崩れた石壁の隙間から赤い光が覗いていた。
その声にセドリックが振り向く。
ライトとロアンが赤い光へ向かって走り出すのを見て、セドリックもすぐに方向を変えた。
だが、1歩目を踏み出したところで、ブロムが立ちはだかる。
セドリックの炎と、光をまとったブロムの剣が正面からぶつかった。
激しい衝撃にブロムの身体が押し戻される。それでも踏みとどまり、セドリックの前を塞ぎ続けた。
「……行かせませんよ」
ブロムが爽やかに笑った。
「退けッ! 勇者候補ォ!」
セドリックが声を荒らげた。
炎の勢いがさらに増し、ブロムも光を強めて真正面から受け止めた。
その横から、キツキがまた水を飛ばした。
「――ッ!」
セドリックが防御膜を張った、その一瞬だった。
「取ったぞ!」
ライトの声が響いた。
キツキはそれを聞くなり、すぐに身体の向きを変えた。
「なら逃げるぞ!」
「おう!」
ライトとロアンが先に走り出した。
ブロムもセドリックの炎を弾いて一気に距離を取り、キツキもその後を追った。
「待てッ!」
背後から声が飛んでくる。
振り返らなくても、セドリックが追ってきているのは分かった。
4人は担当区域の外へ走り抜けた。
セドリックも勢いのまま境界へ踏み込んだ。
直後、警告の声が区域内へ響いた。
『守備役は担当区域外への追跡を中止してください』
セドリックの足が止まった。
あと少し進めば追いつける距離だった。
だが、警告を受けた以上、そこから先へ出るわけにはいかない。
セドリックはその場に立ち止まったまま、遠ざかっていく4人の背中を黙って睨みつけた。
やがて近くの石壁へ腕を向ける。
「――ぐ、ぅおおおおッ!」
喉の奥から絞り出したような声とともに、炎を石壁へ叩きつけた。
大きな音が響き、石壁の表面が砕け散る。
その場に、焼けた石の匂いが残った。
「まあ、セドリック先輩」
その静けさの中に、ひどく穏やかな女の声が響いた。




