第117話 クリスタルラッシュ・3
白く染まった視界の中で、守備役は周囲を見回した。
巻き上がる雪の向こうに、わずかに薄い場所がある。そこからなら抜けられると判断したのか、守備役はすぐにそちらへ踏み込んだ。
次の瞬間、足が滑った。
「っ!」
足元では雪が払われ、凍りついた地面が露出していた。倒れかけた守備役は咄嗟に防御膜を張り、そこへ手をついて身体を支える。
転倒は防いだ。
だが、顔を上げた時には雪煙の中からエリルがすぐそこまで迫っていた。
守備役は体勢を立て直すより先に、正面に防御膜を広げた。
それを待っていたかのように、エリルが片手を向ける。
周囲を舞っていた雪が風に巻き込まれ、その手の前で白い螺旋を描く。細く収束した風が、防御膜の一点に叩き込まれる。
――ビキッ。
小さな亀裂が走った直後、防御膜が一気に砕けた。
残った風圧が守備役の身体を捉え、そのまま大きく吹き飛ばした。地面へ落ちるより先に身体が光に包まれ、姿が消えた。
「出ましたー! 守備役、最初の脱落です!」
実況の声が一段大きくなり、観客席からも歓声が上がった。
「攻略したのは1年生、エリル選手! それも単独です!」
「……今の雪煙、ただ視界を塞いだだけではありませんね」
興奮する実況とは対照的に、解説の声は落ち着いていた。
「薄くなっていた場所へ守備役が動いた。その先だけ、雪が払われていました」
「ということは、あそこへ動くところまで……?」
「少なくとも、偶然とは考えにくいでしょう」
「七環術式の発表で注目を集めつつあるエリル選手ですが、戦闘でもこの実力です!」
実況席が盛り上がる一方、大型映像の中のエリルは、守備役が消えた場所を見ても特に反応を示さなかった。
そのまま赤のクリスタルへ歩み寄り、手を伸ばした。赤い光が消えると、エリルはすぐに背を向けた。
「……もう次へ向かっていますね」
解説の少し呆れたような声に、実況がすぐさま続けた。
「いやあ、とんでもないですね。戦闘でもとんでもない才覚を見せていますよー!」
1年生が、しかもたった1人で3年生の守備役を倒した。その事実に、観客席の興奮はなかなか収まらなかった。
その歓声の中で、フィリンも大型映像を見上げていた。
フィリンはムルガドに連れられて、この場に来ていた。ただ、なぜ自分までクリスタルラッシュを見ることになったのかは、本人にもよく分かっていない。
しかも当のムルガドは、いつの間にかどこかへ行ってしまっている。
フィリンは一度だけ周囲を見回した。けれど、それらしい姿は見当たらない。わざわざ探し回るほどでもないかと、再び大型映像へ目を戻した。
そこにはもう別の区域が映し出されている。それを眺めながら、フィリンは先ほどの戦いを思い返した。
相手の守備役も、決して弱そうには見えなかった。それでもエリルという生徒は、雪や足場まで利用しながら相手の動きを崩し、そのまま押し切ってしまった。
改めて思い返しても、やっぱりすごい。周囲から聞こえてくる声も、先ほどからエリルの話ばかりだ。
フィリンはそんな声につられて観客席へ目を向けたあと、近くに浮かぶ小型映像へ視線を移した。いくつかの映像を眺めていると、その中に見覚えのある黒髪が映った。
「あ、キツキさんだ」
思わず少しだけ身を乗り出した。
映っていたのは森の中を進む4人組だった。先頭にいた赤髪の男子生徒が何かを見つけたらしく、急に方向を変えて走り出す。その後を眼鏡の男子生徒も迷わず追う。
キツキが何か言いながら2人を追いかけ、その少し後ろではブロムが笑っている。
そんな4人の様子を追ううちに、ふと考えた。
もし自分があそこにいたら、どうやってクリスタルを探していただろうか。
人の目では見つけにくい場所でも、契約している精霊なら気づけるかもしれない。手の届きにくい場所にあったとしても、精霊にお願いすれば取ってもらえるかもしれない。
そこまで考えたところで、フィリンは改めて小型映像へ目を向けた。
先へ行った2人にキツキが追いつき、また何か言っている。何を話しているのかまでは聞こえないが、ブロムは相変わらず楽しそうに笑っている。
見ているうちに、また考えてしまう。自分なら、あのあとどこを探すだろう。
「……楽しそう」
小さく漏れた声は、周囲の歓声に紛れて消えた。
◇
森を抜けたところで、ラクスは向こうから来た4人組と鉢合わせた。その中の1人を見て、わずかに目を細める。
レニアだ。
後ろにいた3人もすぐに気づいたらしい。3人の動きも揃って止まり、そのうち1人が不安そうにラクスへ視線を向けた。
その反応も無理はない。レニア個人と正面からぶつかって勝てるとは、ラクスも思っていなかった。普通なら、ここは退く。
だが、これは1対1ではない。
以前、同じチームで戦った時のレニアは、本人の力こそ圧倒的だったが、周りと合わせて戦うような人ではなかった。4対4なら、話は違う。
それに――相手はレニアだ。
ここで何もせず背を向ける気には、どうしてもなれなかった。
ラクスはレニアから目を逸らさないまま、後ろの3人へ告げた。
「……やりますよ」
一瞬の間を置いて、3人もそれぞれ構えた。
対するレニアは、その言葉に特に反応を示さなかった。相手4人の位置を見たあと、仲間へ視線を向ける。
「行くわよ」
次の瞬間、両チームが動いた。




