第113話 真面目だねー、キツキ
少し前、エリルの七環術式が正式に公表された。それに伴い、プライムフォーラムへの参加も正式に決まった。学院内でも、少しずつその話が飛び交うようになっている。
もっとも、その成果がどれほど異様なのかまで理解している者は、まだそう多くない。だが、それもこれから変わっていくだろう。
一方、当のエリルはというと、プライムフォーラムへの参加は決まるだろうと予想していたらしく、その知らせを聞いても特に驚いた様子はなかった。
そんなある日の放課後。少し遅めの時間に研究室を出たキツキは、最近学院内で何かと名前を耳にする本人を、廊下で捕まえた。
「エリル、ちょっといいか」
「なに?」
「昔の杖とか、古い魔道具について分かる資料がありそうな場所って知らないか?」
その少し前、研究を切り上げる際に、レニアが「やっぱりもう少し資料が欲しいわね」とぼやいていた。
頼まれたわけではないが、もう2人の研究なのだ。できることくらいはやっておきたかった。
エリルは少し視線を上げ、記憶をたどるように間を置いた。
「んー、知ってるけど」
「ほんとか!?」
「どうしよっかなー」
「……なんだよ」
「私も街に買い物行くんだよね。荷物持ってくれるなら教えてあげてもいいよ」
「それが目的か」
「どうする?」
にやっと笑うエリルを見て、キツキはため息をついた。
「……分かったよ」
そこでふと、いつもならエリルのそばにいるキュルの姿がないことに気づいた。
「そういえば、キュルはどうしたんだ?」
エリルは軽く手を振った。
「昨日あの子、ちょっと夜更かししちゃってさ。今頃寝てるよ。大した用事でもないし、今日は休ませとく」
ベッドで丸まって寝ているキュルの姿が、なんとなく頭に浮かんだ。
となると、今日はエリルと2人きりらしい。なぜか少しだけ落ち着かない気もしたが、気にしてもしょうがない。
2人はそのまま学院を出た。
「先にキツキの方の用事、済ませちゃおう。あそこ、遅くなると閉まっちゃうから」
そう言われてエリルに案内されたのは、通りの端にある古びた店だった。
看板は色褪せ、壁にはツタが絡まり、窓の向こうには物が積み上がっている。いかにも魔女でも住んでいそうな外観だったが、エリルは気にせず扉を開けた。
中もだいたい想像通りだった。
鮮やかすぎる青い液体の入った瓶。妙に硬そうな黒い皮。乾燥させた大きな葉の束。何に使うのか分からない物が、狭い店内に雑然と並んでいる。
「また来たのかい」
奥からしわがれた声が飛んできた。
「マーサおばあちゃん、相変わらず元気そうでよかったよ」
「あんたに心配されるほど耄碌しちゃいないよ」
「それはよかった」
エリルが笑う。どうやらかなり前からの付き合いらしい。
そんな2人のやり取りを横目に、キツキが店内を眺めていると、導かれるように1本の古い杖が目に入った。隅に立てかけられたそれは、ひどく傷んでいる。
……この展開、知ってるぞ。怪しい店に入った主人公が、誰にも価値を知られていないお宝を見つけるやつだ。
まさか、ついに俺にも――。
そんな期待を抱きながら、キツキは懐からメガネを取り出し、杖を確認した。
分かったのは、かなり古く、普段使われている杖とは違う部分がいくつかあることくらいだった。
キツキはほんの少し肩を落とした。
まあ、そんな都合のいい話があるわけもない。それでも、研究に使うには十分面白そうな杖だった。しかも、値段もかなり安い。
「これ、売ってください」
「それが欲しいのかい?」
「はい」
マーサはキツキを値踏みするようにしばらく眺めると、少し口角を上げた。
「金はいらないよ」
「え?」
「代わりに奥の荷物を片づけな」
「いや、普通にお金で――」
「嫌ならいいんだよ」
「な……」
キツキは杖を見る。
値段だけなら、普通に金を払った方がどう考えても楽だ。だが、ここでこの杖を諦めるのも惜しい。
「……やります」
その返事にマーサはにやりと笑うと、キツキを店内の奥まった一角へ案内した。そこには古い箱がいくつも積まれていた。
キツキは言われた通りに箱を移し、棚を空けていく。
「これでいいですか?」
「その奥もだよ」
「……」
奥を見ると、まだ荷物がどっさりと積まれていた。
「……エリル、手伝ってくれ」
「えー? こんなに可愛くてか弱い女の子に持たせるの?」
キツキは何も言わず、エリルを見た。
「なにその目」
結局、その後もしばらく荷物整理をさせられた。あらかた片づいたところで、マーサは約束通り杖を渡してくれた。ついでに、古びた紙も1枚差し出してきた。
「昔、それを直せないか職人に見せた時のだよ。結局、無理だって返されたけどね」
修理依頼票らしい。その職人も、一般的な杖とは一部の作りが違うと判断したうえで、劣化の激しさから修理を断っていたようだ。詳しいことは後で見ることにした。
「じゃあね、おばあちゃん」
「二度と来るんじゃないよ」
「また来るねー」
エリルは笑いながら軽く手を振った。キツキもマーサに頭を下げ、杖と紙を抱えて店を出た。
その後は約束通り、エリルの買い物に付き合った。
何軒かの店を回るうちに本や細々した品が増え、気づけばキツキの荷物には、なぜかコーヒー豆の袋まで混ざっていた。
すべて済ませた頃には、すっかり夜も更けていた。通りを歩く人影はまばらで、ほとんどの店もすでに明かりを落としている。
「思ったより遅くなったな」
「そう?」
「……なぁ、こんな時間まで出歩いてて怒られないか?」
隣を歩くエリルが、くすっと笑う。
「真面目だねー、キツキ」
年頃の少年には、こういう言われ方が妙に気恥ずかしいものらしい。キツキはそれを誤魔化すように、わざと胸を張った。
「今さら気づいたのか。俺はずっと真面目だ」
エリルは一瞬きょとんとしたあと、肩を揺らした。そのままキツキが抱えている杖に目をやる。
「それ、レニア姫に頼まれたわけじゃないんでしょ?」
「……」
エリルが横から顔を覗き込んでくる。
「レニア姫にぞっこんだねー」
キツキは少し顔を背けた。
「……うるさい」
エリルは楽しそうに笑った。
そのまま2人は、夜の街を学院へ向かって歩いていった。
◇
翌朝。
学院の掲示板前には、貼り出されたばかりの紙を覗き込もうとする生徒たちが次々と集まり、朝から人だかりができていた。
その中の誰かが、ふいに声を上げた。
「出たぞ」
「クリスタルラッシュの組分け?」
その言葉をきっかけに、周囲のざわめきが少し大きくなる。
今年の組分けが、ついに発表された。




