第111話 だったら今は、こっちだ
「キュル。もう1回相手してもらっていいか?」
「いいよ」
キュルは抱えていたホンペクを地面に下ろし、頭を軽くひと撫でする。それからキツキと距離を取って向かい合った。
「じゃあ行くぞ」
「うん」
魔力を巡らせて、雷の術式を組む。
これまでキュルは、雷を横へかわすと、そのまま真っ直ぐ距離を詰めてきた。なら、次も雷でいい。避けた直後を狙えば、今度は間に合うはずだ。
キツキは雷を放つと同時に、次の雷の術式も組み始めた。
青白い雷を、キュルは予想どおり横へかわす。
そのまま来る。あとは間合いに入った瞬間に撃てば――。
「なっ!」
キュルが途中でふっと進路を変えた。
この動きなら――雷じゃない。
氷で足を止めるか。いや、風で押し戻した方がいい。
だが、次の雷はすでに途中まで組んでいる。
このまま撃つか。それとも一度捨てて、別の術式を組むか。
迷っているうちに、キュルはもう目の前まで来ていた。
「おしまい」
胸元を軽く叩かれ、キツキは手を下ろした。
キュルが離れていくのを見ながら、さっきの一瞬を思い返す。
あのまま真っ直ぐ来ていれば、雷のままでよかった。
「……先に決めすぎたな」
先に術式を組むのが悪いわけじゃない。キュルがどう動くかも分からないうちに、次を雷に決めたのが間違いだった。
次は、もう少しキュルの動きを見てから決めよう。
小さく息を吐いたところで、ふと、まだ体の中を巡っている魔力に意識が向いた。
さっき標的で試した時も、魔力を巡らせたままにするだけで、次の魔法へ移るまでが明らかに早くなった。
だったら――。
今みたいに抑えて巡らせるんじゃなく、自分で扱える範囲でもっと強く巡らせたままにしたらどうなる?
「……試してみるか」
キツキは顔を上げた。
「キュル。もう1回頼む」
「ん」
2人は再び距離を取った。
今度は、さっきより強く魔力を巡らせ、その状態を保った。少し扱いづらいが、それでも維持はできる。
「行くぞ」
「ん」
雷の術式を組み、放った。
キュルはそれを横へかわすと、そのまま距離を詰めてくる。
キツキは次の術式には入らず、その動きを追った。
(よく見ろ。キュルはこのあと、どう動く?)
キュルは先ほどと同じように、途中で斜めに進路を変えた。
正面からもう1発雷を撃っても避けられるだけだ。
なら――。
即座に術式を組み、魔力を流す。
キュルの進路を塞ぐように、氷の壁が立ち上がった。
「……!」
キュルの足が止まる。
ほんの一瞬だった。
すぐに横へ切り返し、氷壁を回り込んでくる。
その動きに合わせ、キツキも風の術式を組み始める。
だが、そこまでは間に合わなかった。
「おしまい」
術式へ魔力を流すより先に、回り込んだキュルの手が胸元を軽く叩いた。
「……っ」
組みかけていた風の術式を解き、キツキは小さく息を吐く。
今回も、勝てなかった。
けれど、さっきとは明確に違う。
キュルが進路を変えるのを見てから選んだ氷は、ちゃんと間に合った。
「さっきよりいい」
「……おう」
まだ全然足りない。
それでも、手応えはあった。
こっちの動きを見て、相手だって動きを変えてくる。
それに、フォールンや魔物が相手なら、次に何をしてくるかなんてもっと分からない。
そんな状態で先に術式まで組めば、読みを外した時に組み直すことになる。
次に使う魔法が決まっているなら一番早い。でも、今の俺がそれを当てにするのは危ない。戦闘なら、その一瞬が命取りになる。
逆に、魔力を強く巡らせたまま待てば、相手の動きを見て、どう返すかを決めてから術式を組める。それに、今までみたいに最初から始めるよりは、ずっと早い。
先に術式まで組んでおくよりは少し遅いし、その分だけ魔力も使う。
でも、魔力を余計に使うことなら、俺はほとんど気にしなくていい。
だったら今は、こっちだ。
キツキは右手をぐっと握った。
魔力を強く巡らせたまま相手を見て、何で返すかを決めてから術式を組む。
まずはこの戦い方を、もっと使えるようにしよう。
そんなキツキを、少し離れたところからエリルが黙って見ていた。
使える属性の多さは、どう考えても普通ではない。
けれど、今日こうして戦い方を見ても、そこまで強いようには見えなかった。
――本当に、見えている通りなのか。
鍛錬を見てほしいと頼まれた時、断る理由はなかった。
こうして近くで見られるのなら、なおさらだ。
そんな考えは表に出さず、エリルはいつもの笑みを浮かべていた。
その視線の先で、キツキはキュルへ向き直る。
「もう1回」
「……また?」
「頼む」
「やだ」
その後も、キュルとエリルに付き合ってもらいながら、キツキはしばらく鍛錬を続けた。
地面に座ったホンペクは、その間も変わらずキツキを見ていた。
◇
翌日。
Sクラスの教室に入ってきたガルドは、いつものように教壇へ立つと、生徒たちを見回した。
「授業の前に、1つ知らせておくことがある」
何人かが顔を上げる。
「近いうちに、学院の実技イベントとしてクリスタルラッシュを行う」
(クリスタルラッシュ?)
聞き覚えのない名前に、キツキは首を傾げる。
「専用の実技ドームに入って、中に配置された結晶を集めてもらう。1年生は4人、2年生は3人のチームだ」
ガルドは続けて、大まかなルールを説明していく。
ドーム内には価値の異なる結晶がいくつも配置されており、それを納品地点まで持ち帰って初めて得点になる。
複数のチームが同じドーム内に入り、制限時間内にどれだけ得点を稼げるかを競う。
「3年生以上から選ばれた学生が、守備役として参加する」
教室が少しざわついた。
「上級生が相手なんですか?」
「ああ。ただし、倒す必要はない。結晶を持ち帰れればそれでいい。正面から戦うか、避けるか、誰かが引きつけるか。その辺りも含めて自分たちで考えろ」
なるほど。
結晶を集めるだけなら単純そうだったが、上級生まで邪魔をしてくるとなると話は変わってくる。
「他のチームと戦うのもありですか?」
今度は別の生徒が手を挙げて尋ねた。
「ありだ。ただし、相手を倒してもそれ自体に得点は入らん。目的を忘れて殴り合うな」
ガルドの言葉に、教室のあちこちから小さな笑いが漏れる。
「それと、安全面は心配するな。ドーム内では保護術式が参加者への損傷を肩代わりする。その負荷が一定を超えた時点で、安全区画へ強制転送される」
「じゃあ、怪我はしないんですか?」
「ああ。競技中に傷を負うことはない。ただし、転送された時点でその参加者は脱落だ。自分からリタイアすることもできるが、扱いは同じだ」
ガルドは一度教室を見回した。ほかに手が上がる様子はない。
「詳しい規則と組分けは後日知らせる。今日は、そういう実技があるとだけ覚えておけ」
それだけ言うと、ガルドはそのまま授業の準備を始めた。
けれど、教室はすぐにはいつもの空気に戻らなかった。
何人かは周囲を見回し、近くの生徒と小声で話している。
キツキも、少し気持ちが浮き立っていた。
昨日掴んだばかりの戦い方が、どこまで通用するのか。しかも相手には3年生以上の守備役もいる。
少し怖い。だが、それ以上に試してみたい気持ちの方が大きい。
そんなことを考えているうちに、ふと別の言葉が引っかかった。
組分け。
学院が決めるのか、それとも自分たちで組むのかはまだ分からない。
……ちゃんと馴染めるだろうか。
急に、そっちの方が心配になってきた。




