第110話 なんか変なんだよねー
しばらく休んだあと、宣言どおり今度はエリルが相手になった。
何度かやり合ったが、全くお手柔らかにはしてくれなかった。
「うーん」
エリルは腕を組み、少し考え込む。
「なんか変なんだよねー」
「……はぁ、はぁ。何がだ?」
「最初の魔法は普通。でも、そのあとだけ妙に間が空く」
「……キュルが遅いって言ってたのも、それか?」
「たぶん。ただ、なんでそこだけ間が空くのかが分かんないんだよね」
キツキは息を整えながら、自分でも考えてみる。
最初の魔法が普通なら、おかしいのはそのあとだ。なら、何を間違えてるんだ、俺は。
「もうちょっと見てみるよ」
「頼む」
エリルは小さく頷いた。
「あ」
不意にキュルの声が聞こえた。
「ん?」
キツキがそちらを向くと、キュルは少し離れた場所を見ていた。
その視線を追うと、いつからいたのか、ホンペクがそこに座ってこちらをじっと見ていた。
「お前、また勝手に……」
そんなキツキをよそに、キュルはホンペクの方へ歩いていき、そのまましゃがんで白い毛に手を伸ばした。
「かわいい」
ホンペクは特に嫌がる様子もなく撫でられている。キュルがそのまま抱き上げると、大人しく腕の中に収まった。
キュルがホンペクを抱えたまま戻ってくると、エリルが顔を近づける。
「ああ、この子が例の精霊獣ちゃんか」
ホンペクはエリルへちらりと目を向けたが、すぐにキツキへ視線を戻した。
「……?」
相変わらず、じっとこちらを見ている。
そのあと鍛錬を再開してからも、その視線は変わらなかった。
「……なんかデジャブだな」
前にも、鍛錬している時にこんなふうに見られていた気がする。
まあ、気にしてても仕方ない。今は鍛錬に集中しよう。
そうしてキツキが意識を戻す一方で、エリルはその動きをじっと目で追っていた。
最初の魔法は普通。遅れるのは、そのあとだ。自分なら、その間にどう動いているか。
いつもの自分の動きと重ねると、ふと1つの可能性が浮かんだ。
「……もしかして」
キツキは額の汗を拭い、エリルへ顔を向けた。
「……なんだ?」
「キツキ。魔法を使う時の流れは分かってるよね?」
「そりゃまあ。最初に魔力を巡らせて、術式を組んで、そこに魔力を通す、だろ?」
「うん」
魔法を発動するまでの流れは、大きく3つに分けられる。
まず、体内に魔力を巡らせ、魔法を扱える状態を作る。
次に、その状態のまま、使う魔法の術式を組む。
最後に、組み上がった術式へ魔力を送り、魔法として発動する。
使う魔法を考えたり、知っている術式を頭の中で思い浮かべたりするだけなら、最初の段階は必要ない。
ただし、実際に術式を組み始めるには、魔力を巡らせている必要がある。
キツキも、この順番自体は知っていた。
「で、1発撃ったら、魔力を巡らせるのも止めてる?」
「……普通そうじゃないのか?」
エリルが少し黙った。
「……ああ。たぶんそれだ。次の魔法に移るのが遅い理由」
「どういうことだ?」
「私は戦ってる間、魔力を巡らせた状態を途切れさせないよ」
「……途切れさせない?」
「うん。まだ魔法を使うなら、そのままにしておく。その分、魔力は使うけど、次は魔力を巡らせるところから始めなくて済むでしょ?」
「……そんなやり方できるのか?」
キツキの中では、魔法を発動すればそこで終わりだった。魔力を巡らせるのも止めて、次に使う時はまた最初から始める。
魔法を撃ったあとも、その状態を保っておくなんて、そもそも考えたことがなかった。
「それだけじゃないよ。次に使う魔法が決まってるなら、今の魔法を使ってる間に次の術式を組み始めることもある」
「今のを使いながら、次も?」
「そうそう」
なるほど。だから最初は同じように動けても、そのあとのやり取りになると追いつけなかったのか。
自分だけでやっていたら、しばらく気づけなかったかもしれない。
「……やっぱ見てもらって正解だったな」
「ふふ。エリル様に感謝したまえ」
エリルは満足そうに、少しだけ胸を張った。
「はいはい」
そうは返したものの、実際かなりためになったので文句は言えない。
そのままキツキは近くの標的へ向き直った。
「ちょっとやってみる」
「どうぞ」
まずは、魔力を巡らせた状態を残すところからだ。
術式を組み、青白い雷を標的へ放った。
いつもなら、ここで体内の魔力を巡らせるのも止める。だが今回は、その状態を保ったままにした。
少し落ち着かない感覚はあったが、魔力の流れは保てている。
続けて同じ雷の術式を組み、もう1発。
間を置かず、2発目の雷が標的へ飛んだ。
「……お」
明らかに早い。
魔力を巡らせた状態を残しておくだけで、こんなに違うのか。
続けて、1つの魔法を使っている間に2つ目の術式を組むやり方も試した。
魔力を巡らせ、最初の雷の術式を組んだ。
そして雷を放つのと同時に、次の雷の術式も組み始めた。
「あ」
雷が標的の端をかすめた。
「次の術式を組む方に気を取られすぎだね~」
「……分かってる」
もう1度。
今度は最初の雷に意識を多めに割いたが、その分、次の術式を組むのが遅れてしまった。
その後も何度か繰り返したが、次の術式に意識を割きすぎれば今使っている魔法が雑になり、逆に今の魔法に集中すると次の術式を組むのが遅れる。
「……ムズイなこれ」
「慣れだよ慣れ」
簡単に言うなと思ったが、実際にエリルはそれをやっている。
なら俺も、とにかくやって慣れるしかなさそうだ。
それからも何度も雷を放ち、最初の魔法と次の術式に割く意識の加減を探っていく。
繰り返すうちに、動かない相手なら最初の魔法を崩さず、次の術式も途中まで組めるようになってきた。
2発目を放つまでの間隔も、試し始めた頃より明らかに縮まっている。
「……よし」
自然と口元が緩む。キツキはそのまま標的から視線を外し、キュルを見た。




