第109話 お祝いも立派な活動です
学院を出て少し歩いた通りに、その店はあった。
昼を食べるには少し遅く、夕食にはまだ早い。店内もそれほど混んではおらず、窓際の席には柔らかな陽が差し込んでいる。
その中で、キュルは黙々と皿の上の焼き菓子を食べていた。
果実と白いクリームが乗ったそれを小さく切って口へ運び、また切る。いつもと表情はそれほど変わらない。ただ、食べる手は止まらなかった。
「……これ、キュルが来たかっただけじゃないか?」
キツキが向かいへ目を向けると、エリルは自分の皿から一口食べてから笑った。
「いいじゃん。お祝いなんだから」
キュルが顔を上げた。
「おいしい」
「ほら、喜んでるし」
「……まあ、いいけど」
少し納得はいかなかったが、キュルがまた焼き菓子へ手を伸ばすのを見ていると、これ以上言うのも野暮な気がした。キツキはそれ以上何も言わず、手元の飲み物を口に運んだ。
こうして3人で学院の外にいるのは、昨日、総合研究会の正式承認が下りたからなのだが――その話の前に、ここ数日でもう1つ動いたことがある。
杖研究の方だ。
研究室の件でほどなく学院側から連絡があり、その日の放課後にはレニアと向かった。
俺としては、連絡を待つ間どこかそわそわしていたレニアを見るのが新鮮で可愛く、もう少し待たされてもよかったのだが。
研究室は学院長が言っていたとおり、生徒に貸し出すには明らかに設備の水準が違った。
広さだけなら小演習室とそれほど変わらない。だが、精密な測定に使う機器や、魔力の変化を記録する設備など、研究用の器材は最初から一通り揃っていた。
レニアも部屋に入ってしばらく見回したあと、壁際の機器に目を向けて「さすがギレルね」と漏らしていた。
「フォルテアでも、ここまで揃っている場所はそう多くないわ」なんて言いながら、すぐに使えそうな設備を確認し始めたあたりはレニアらしかった。
それから何度か使ってみたが、やはり以前よりやりやすい。場所については、もう心配しなくてよさそうだった。
そんなことを考えていた昨日の放課後、今度はエリルが何でもないことのように言った。
『そうだ。総合研究会、通ったよ』
一瞬、何のことか分からなかった。
少し考えてから、前にマリベルに書き直せと言われたサークルの申請のことだと気づいた。
『だから明日、初活動ね』
『何するんだ?』
『お祝い』
『活動は?』
『お祝い』
そして今日。
気づけば学院の外まで連れ出され、この店に座っている。
キツキは空になった自分の皿を見たあと、まだ半分ほど残っているキュルの皿に目を向けた。
「……で、今日の活動ってこれだけか?」
「そうだけど?」
エリルが首を傾げる。
「おいしいスイーツ屋さんを調査する。これも立派な活動だよ」
「どこがだよ」
「総合研究会だし」
「総合の意味広すぎだろ」
エリルは気にした様子もなく、残っていた甘味に手を伸ばした。
「何かやりたいことでもあったの?」
「いや、別に――」
そこまで言って、キツキは止まった。
最近は空いた時間があれば鍛錬区画へ行っている。正式にクラス2にもなり、できることも少しずつ増えてきた。
それでも、ブロムやムルガドを思い出せば、まだ足りないものばかりだった。今のまま1人で鍛えていても、自分じゃ気づけないところがあるかもしれない。
「……ああ、じゃあ。俺の鍛錬、ちょっと見てもらえないか?」
「鍛錬?」
「ああ。2人とも俺より強いし、悪いとこがあったら教えてほしい」
エリルは少しだけ目を丸くした。
「へえ」
「なんだよ」
「キツキからそういうこと頼んでくるんだなって」
「別にいいだろ」
「いいよ。見てあげる」
エリルがキュルを見ると、キュルも小さく頷いた。
「いい」
「じゃあ――」
「まだ食べてる」
キュルは一度キツキをじろりと見てから、まだ残っている皿へ視線を戻した。
「……すみません」
キツキはそっと目を逸らし、何事もなかったように飲み物の残りに手を伸ばした。
◇
学院に戻った3人は、そのまま鍛錬区画へ向かった。
放課後ということもあり、周囲では何人もの生徒が自主鍛錬をしていた。魔法を標的へ撃っている者もいれば、失敗した防御魔法を消して、また最初から組み直している者もいる。
鍛錬区画の一角には、対人鍛錬用に周囲を防護壁で囲った場所もいくつか設けられている。3人はそのうち、空いていた1つへ入った。
「それでどうする?」
キツキが聞くと、エリルは少し考えてからキュルを見た。
「まずキュルとやってみたら? キツキが普段どう戦ってるか見たいし」
キュルはすぐに前に出て、小さく頷いた。
「いいよ」
キツキもキュルへ向き直った。
「俺はどれくらいでやればいい?」
「キツキは普通に当てるつもりでいいよ」
答えたのはエリルだった。
「え、ホントに?」
「うん。キュルなら大丈夫だし、私の時もそれでいいよ。こっちは当てないから」
さらっと言われた。
考えてみれば、ダンジョンでの2人をキツキも見ている。少なくとも今の自分でそう簡単にどうにかできる相手ではないだろう。
「分かった」
キツキはキュルから距離を取った。
「ここからでいいか?」
「うん」
かなり離れている。
近接が得意なキュルを相手にするなら、むしろキツキ側に有利な距離だった。
(……まずはこいつで)
右手を向け、魔力を巡らせる。術式を組み上げ、そこへ魔力を通すと、青白い雷が一直線に走った。
だが、その先にキュルはいなかった。
「なっ……」
雷を横にかわしたキュルが、もうこちらに向かっている。
キツキはすぐ次の魔法へ移ろうとした。
再び魔力を動かし、術式を――。
「はい」
「うぉっ」
気づいた時には、キュルの手が胸元を軽く叩いていた。
「……まじ?」
「遅い」
「雷は結構速かっただろ」
「次」
「え?」
「早く」
キュルはそれだけ言って、元の位置へ戻っていった。
もう1回ってことか。
キツキも息を整えながら、さっきと同じように距離を取った。
――それから何度か繰り返したが、結果はほとんど変わらなかった。
最初の雷は避けられる。続けて別の魔法を使おうとする頃には、キュルがもう近い。距離を広げても、猶予が長くなるだけだ。
「ハァ……ハァ……」
何度目かの軽いタッチで、キツキは膝へ手をついた。
「まだやる?」
「ちょっと休ませてくれ」
キュルは息一つ乱した様子もなく、素直に頷いた。
「じゃ、休んだら次は私ね」
顔を上げると、エリルがそれはもう楽しそうに笑っていた。
「……お手柔らかに頼む」
「どうしよっかな~♪」




