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早開き 【三】


 白いシャツにグレーのプリーツスカート。上に着た厚手のセーターは少し大きめ、シンプルで洗練されていて、それだけに素材の良さが活かされていた。彼女が動くごとにシルエットが変わり、その美しさをさらに引き立てる。下地だけのメイクも、きめ細かく瑞々しい彼女の肌をより明るく見せていた。


 やっぱり、早苗には敵わない。


 私は待ち合わせ場所でモデルのように立つ彼女を見つけ、苦笑いを浮かべた。声をかけると、彼女は大きく手を振った。あどけなさも兼ね備えた彼女は、無敵だ。


「早苗ちゃん、可愛すぎない!?」


 妙に熱くなっているのは私だけではなかった。杏香は早苗の姿に泡を吹いたように叫ぶ。


「もう事務所でも入った方がいいんじゃない? くるみと二人で」


 澄桜は黒いマスクの上の鋭い目で私たちを見下ろす。黒いティーシャツをオーバーオールで包む。キャップを被ると、高身長と相まって他人を寄せ付けないクールな印象だ。その辺の男子よりかっこいい。女子だけのグループに澄桜のような子が一人いてくれるととても安心できる。


「……私は早苗の引き立て役なんて嫌だよ」


 しみじみと言った私は、テンションの高い早苗と杏香を遠巻きのように見つめる。元気いっぱいのところとか、二人はどことなく気が合いそうな感じがした。二人を見比べる澄桜がわざとらしく鼻で笑ってみせる。


「ちょっと! 今の私に向けてやったでしょ!」


 目ざとく気づいた杏香。秋らしいベージュのワイドパンツと、ワンポイントシャツで綺麗にまとめている。ピンク色の肩からさげたミニバッグも、淡い雰囲気にいい差し色を加えた。


「杏香ちゃんも可愛いよ! そのポーチ似合ってるし!」


 早苗がすかさずフォローに入る。彼女に手を掴まれて、杏香は嬉しそうだ。


「早苗ちゃん、ありがとう」

「早苗、そのちんちくりんは褒めなくてもいいから」


 澄桜が横から口を挟む。


「だ、だれがちんちくりんよ!」

「まぁまぁ」


 私は息を荒く吐き出した杏香を諫めて、交差点を渡る人々を眺めた。


 高い日差しが私たちの上から降り注ぐ。半袖ではもういられないくらい気温も下がった。夕方ごろから雨も降りだすみたいだ。この間、季節外れの台風が来たというのに、晴れだの雨だの嵐だの、忙しい天候だ。


「揃ったんだし、行こうよ」


 みんなを促して、今日の目的である駅周辺の散策に出かける。この四人が集まって遊ぶのは、これが初めてだ。


 澄桜と杏香、私と早苗。それぞれの幼馴染がどう作用するか気になるところではあったが、このメンバーならどうということはないだろう。


 そんなことより、早苗とこうして遊びに出かけられることが、私はなによりも嬉しかった。今にも有頂天に踊り出したい気分だ。もちろん気恥ずかしいから心の中だけに留めておく。夢見ていたあの早苗が、今私の目の前にいる。小学校から憧れて、彼女の真似ばかりしてきた。早苗と疎遠になっても、ずっと彼女のことばかり考えてきた。そんな篠崎早苗は、私と同じとは思えないくらい超かわいい女子高生になって帰ってきた。優しくて、頭が良くて、美しい私の大親友。逆立ちしたって、私は彼女の影になることさえできないだろう。


 まだクリスマスには早かったが、ハロウィンの終わった街はすでにその装飾に取り掛かっていた。


「さなちゃん、あれ見て」

「え! すごい! 綺麗だね」


 早苗が眩しい笑顔を向ける。さなちゃん、私はいいから、景色を見てよ。もう。


「二人とも、写真とるよー」


 澄桜が声をかけて、綺麗な背景で写真を撮る。


 なんだかすごく、女子高生みたいだ。


「なんかすごい、女子高生みたいだね」


 早苗が同じことを言ったので、私も笑った。こんな何でもないことでも、幸せを感じられる。


 すると澄桜が、撮った写真を見つめながら眉を寄せた。


「なんか変なのが映り込んでるな。なんだろ」

「え? どれどれ?」


 覗き見防止用のフィルムが貼られた澄桜のスマホ。みんなで回覧して、最後に杏香が叫んだ。


「ねえ! 杏香だけ見切れてるじゃん! 意地悪しないでよ!」

「あはははっ! 冗談冗談、二枚撮ってるから大丈夫だって。ってか必死すぎ」


 珍しくツボに入った澄桜は喚く杏香を笑いながら軽くあしらう。二人のはしゃいでる姿を見ながら、私はどさくさに紛れて早苗にくっついた。


「なーに?」


 彼女は訊きながら、少しの力で私を支える。暖かい体が触れ合った。


「別に」


 顔を背けて愛想なく言う。それだけで、胸が熱くなった。


「もう、可愛くないなぁ」


 早苗が返事した。それと同時にシャッター音が鳴る。私は勢いよく瞼を上げた。

 

「いい写真撮れた?」


 杏香が背伸びして澄桜のスマホを覗き込む。澄桜は満面の笑みでカメラのレンズをこちらに向けていた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は腕を伸ばし慌てて叫んだ。澄桜がにやりと笑う。嫌な予感だ。


「可愛く撮れたからいいじゃん」


 あっけらかんと言って、スマホに送られてきた私と早苗のツーショット。早苗に寄り添い、目を瞑った私がそこには映っていた。


 は、恥ずかしい!


「ま、待ってよ! 消して!」


 少し斜に構えた痛いキャラを演じてきたのに、これじゃああまりにもぶりっ子が過ぎる。隣をみると、早苗はすぐに写真を保存し、私を見つめてほくほく顔を作る。


 ぐ……彼女を責められない。となると、これ以上拡散される前に、元凶を潰すしかない。一目散に逃げる澄桜と杏香を追い回し、ブティックのお店に入った。


 どこに隠れたんだ。色とりどりの品物が周りを囲う中を、陳列棚から背の高い澄桜の頭を探す。昔遊んでいたかくれんぼみたいで、懐かしい気持ちになった。意外と逃げ上手な二人を見失った私は、ふと、あるものが目に留まる。咄嗟に隠れて、古着屋のシャツの袖から顔を覗かせた。


「くるみ、どうしたの?」


 しばらくすると、杏香が駆け寄ってきた。私は人差し指を立てて口元に持っていく。早苗と澄桜も私たちの様子に気が付き、忍び足で並ぶ。


「あれ、安城じゃない?」


 私が呟くと、澄桜が目を凝らす。早苗は鞄から眼鏡を取り出して装着した。そうだった。早苗は近眼だった。


「本当だ、え、待って、隣にいるの男の子? え、待って、あれ前園じゃない?」


 杏香が忙しなく呟いた。


「あそこ、より戻すかねぇ」


 澄桜が言う。澄桜はたまにジジ臭い。


「でも前園ってくるみだったんじゃ……」

「別に私たち仲はいいけど、付き合ってるわけじゃないし」


 他意はない。それを彼女たちがどう受け取るかは自由だった。


「ねぇ、ついていってみない?」


 早苗が子どもっぽいことを提案する。驚く私の隣で、二人は楽しそうに声を上げた。


「いいねぇ。面白そう」

「早苗ちゃんに言われたんじゃしょうがないなー」

「さなちゃん、本気?」


 私は彼女を見た。


「たまには、こういうことしてみたい」


 肩を落として、私は渋々従った。早苗には、逆らえない。


 夕方。


 分厚い雲が空を覆い隠し、冷たくなった風が湿る空気を煽った。


「もう五時か、そろそろ帰らないと」


 杏香がそう言った。


 あの後、しばらく安城たちの尾行を続けていた私たちは、映画館に入る二人を見て探偵ごっこを断念。カフェに入ったりショッピングを楽しんだりして、喉が爛れてしまうくらい喋り倒した。杏香はまだ足りないほどだったけど、時間がそれを遮る。


「ウチも帰るけど、二人はどうすんの?」


 一緒に立ち上がった澄桜は、私と早苗に問いかけた。私たちは顔を見合わせる。早苗が先に目線を外し返事をした。


「私たちもうちょっとここにいる。二人とも、また明日」


 そう言って二人を笑顔で見送った早苗は、静かになったテーブルの反対側、私に改めて尋ねた。


「ごめん、時間大丈夫だった?」

「うん。大丈夫」


 頷いた私に安心したのか、早苗は視線を下げる。私も、まだもう少しここにいたい気分だった。


「こうやって二人きりで話すの久しぶりだね、さなちゃん」


 おしゃれな外装の飲食店。天井には大きなファンが回っている。飲み終わったコップのストローを弄んでいた早苗は言った。


「そうだね。ゆっくりお話しできたのは、もう随分前だね。えっと、いつが最後だったか……」


 彼女も忘れてしまうことがあるらしい。でも仕方ないか、小学生の時だし。


「卒業式の後、だっけ……会いに来てくれたよね」


 え?


 テーブルに残る、氷だけ入ったグラス。水滴がコースターを濡らす。


「さなちゃん、小学校の卒業式の日、私たち会ってないよ?」


 虚を突かれたような顔をした後、彼女はすぐに訂正する。


「あ、そうだったっけ、ごめん。そっか、その前か。くぅちゃんがわざわざおうちに来てくれた時か」


 砂浜から、偶然綺麗な貝殻を拾い上げた時のような、明るい声を出す早苗。


「そうだよ。お手紙書かせたじゃん。忘れないでよ」


 私は早苗にこんなかわいげがあるとは思っていなくて、ちょっと嬉しくなった。他の誰にも、こんな姿は見せないで欲しい。


「そうだったそうだった。私も焼きが回ったね」

「なにいってんの」


 ふざけ調子に彼女は笑う。


 私たちは少しの間、くだらない会話でおしゃべりしていた。雲が光り、ほどなくして轟音が店内に響く。通行人の一人が、うわ、と声を漏らした。


「雨降りそうだし、私たちもそろそろ帰ろっか」


 雷雨になるなんて予報はなかったけど、外れる天気予報に文句を言っても空が突然晴れたりはしない。私は早苗に賛同し駅に向かった。


 道中、私は訊きたいことがあったのを思い出した。


「さなちゃん。そういえば、どうして仙台からこっちに戻ってきたの? 家族も一緒なの?」


 再び空が瞬く。風が強く吹いた。照れくさそうにしながら、早苗は言った。


「くぅちゃんの傍に、居たかったんだ。お母さんに無理言って転校させてもらっちゃった」


 柔らかな体の中心。そこがじんわりと熱を帯びる。


「運が良かったよ。本当に」


 恥ずかしいのか、早苗はそっぽを向いて言う。


 運なんかじゃないよ。早苗なら、なんでもできる。


 雷の落ちた音を聞きながら、私は早苗の横顔を見た。


 駅に向かう人々が雨模様の空を気にして足早に通りすぎる。吸い込まれそうな早苗の瞳。


「くぅちゃんは、私にとって一番なの。だから、誰にも……」


 私が早苗の目から何も読み取れなかったのは、彼女の欲しているものが私だったからだ。皮肉にも、山井に襲われた時、それに気が付いた。心の底から私を望んでいなければ、そういうことはあまりないんだというちょっとした寂しさ。


 だけどそうなると、早苗は本当に最初から最後まで、私のことを想ってくれていたということになる。


 私はそれが堪らなくって……。


「……さなちゃん?」


 ぼやけた、彼女の瞳。どこを見ているの?


 雷のせいでまわりの音が聞こえなくなった。その瞬間から、私の見ている景色もおかしくなっていく。


 ゆっくりだ。すべてがスローモーションに思える。彼女がはっとするように、私に目を向けた。


 綺麗な、瞳。


 その色が一瞬にして変わる。


 彼女が感じたのは、命の危機。


「くぅちゃんっ! にげてっ!」


 まどろみの中にいた早苗の姿。どれだけ暗くても、彼女の輪郭だけははっきりと見えていた。


 そんな早苗の顔が、淡く溶けだしていく。


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