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早開き 【二】


 みんなが待望していた文化祭は中止となった。


 あれだけ準備を重ね、クラスの一体感を生み出していた学校行事は、悲惨にも途中で幕を下ろすこととなる。私が蒔いた種だったのかもしれない。そう思うと、やるせない罪悪感が心の中に芽生えてしまう。もっとうまく立ち回れば、もっと上手に話し合いができていれば。そんな後悔が私の胸の内で暴れまわった。


 足りなかった。なにもかもが。


 私の手を握りしめながら、彼女は言った。


「そんなこと、くぅちゃんは気にしなくてもいいんだよ。くぅちゃんはすごく頑張った。私の自慢の親友なんだから、胸を張ってよ」


 血にまみれた心が洗われる清浄な言葉。私は彼女に抱きしめられ、眠るように瞼を閉じる。


 一か月後。


 私は久々に学校へ赴いた。数々の謝罪と経緯の説明を教師たちから受けた私は、それでも前向きに学校へ通うことを告げた。教師が悪いわけでもなければ、クラスメイトが悪いわけでもない。


 山井も、完全なる悪ではないということをみんなに分かってもらいたかった。彼はただ守りたかったのだ。自分が最も愛すべき存在を、それを傷つけた者から。脅すような言葉がけも、心の底から憎悪している感情も、私には痛いくらい理解ができた。私は見ていることしかできなかったが、彼は自分の人生をかけて動いた。それを蔑視することはできない。


 外傷は特になく、私は健康そのものだ。頭から降り注いだガラス片は運よく私に刺さることはなかった。早苗はずっと泣き続けていた。私が無事だったことに安堵したからだろうか。涙を流す彼女を、私は久しぶりに見た気がする。


 警察や学校からの聴取もあったが、裁判や示談については大人が決めることだ。私はそのあたりに首を突っ込まないことにした。私が騒げばもっと大きな事件に発展するのだろうが、そんな悪趣味は今のところするつもりはない。


 私には早苗がいる。だからもう何もいらないんだ。


 昇降口を抜けて廊下を歩く。道行く生徒が私を見た。いきなり笑顔を向けるのも気持ちが悪いだろう。なんだか照れくさくなりながらも、堂々と教室に向かった。


 教室に入った私は、その場にいた全員から視線を集める。あんな事件が起きたのだ。無理もない。以前はどんなふうに過ごしていただろうか。まったく記憶から抜け落ちてしまった。


 机に座る前に、私の前に二人の女生徒が歩み寄る。


「くるみ、その、なんて言っていいか……」


 言葉を詰まらせながら喋る杏香。少し髪が伸びただろうか。


「ごめん、くるみ。ウチら、中途半端に無視してた」


 澄桜が頭を下げて告げる。それを見た杏香も頭を下げた。彼女たちの謝罪を見たクラスメイトたちも、私の席に集まり始める。口々に言われる彼らからの言葉に、私はたじろいだ。


「い、いいよ。そんなの全然、気にしてないから!」


 この一か月でどんな心境の変化だろうか。みんなの顔に、偽りはないようだった。保身かもしれないと私は思ったが、別にそれでもかまわなかった。自分の身が一番かわいいのは、みんな同じだ。


 鞄を机にかけた私は机に座った守屋と目が合った。何か言いたげな視線。でも彼女には勇気が足りない。私のこんな様子をみて、罪の意識でも湧いたのだろうか。そんなこと、気にしなくてもいいのに。


 私は彼女の席に近付き、声をかけた。けじめはつけないと。


「守屋さん。ごめんね。私、言葉が足らなかった」

「そ、そんなこと……」


 性格が悪いと自分でも思う。やったことをこれで帳消しにできるはずなんてない。でもこのタイミングでそんなことを言われてしまったら、誰だって許せなくても許さなくてはならなくなる。それを今日言えるのが、私の強みだ。


「おはよう。あ、くぅちゃん!」


 教室に入ってくるなり私を見つけた早苗は、優しい眼差しをしていた。私の両手を強く握った彼女はどうしようもないくらいに可憐で、笑顔がよく似合っている。


「さなちゃん、あの時、本当に助かった。ありがとう。さなちゃんは私の命の恩人だよ」


 既に涙ぐんでいる早苗は、私を抱きしめて鼻を啜った。


「うん。本当によかった……」


 涙もろくなった早苗に、私は告げる。


「あと……ごめんね。転校した日、突き放したように言っちゃって」


 首元で小さく首を振る彼女は、声にならない声で小さく呟いた。


「生きててくれる。それだけでいいの」


 私はあまりにも小さな声に吹き出してしまった。


 山井に私が殺されると思ったのだろう。大袈裟だな。だけどそんな風に思ってくれること、今は感謝しないと。ホームルームが始まる前に、私は前園とも仲直りできた。私を心配してくれていることも、彼が私に惹かれていることも、全部知った上で、もう一度彼とは友達からスタートする。


 彼に感じていた光は早苗だったのかもしれない。誰とでも打ち解けて誰も見捨てたりはできない彼の性分。私は無意識のうちに彼の中に早苗を見つけ、そこに怯えていたのだ。


 それから学校がおわり、家に帰った私は、学校の出来事を両親から尋ねられた。別に何も、と言いたかったが、さすがにそれではママもパパも心配するだろう。私は訊かれた内容だけじゃなくて、いろんな話をしてあげた。


 ママは前ほど仰々しく頷いたりしつこく聞いてはこなかった。自分の子どもがもう子ども扱いできないほどに逞しくなっているのを、実感してくれただろうか。


「早苗ちゃんって、昔何度か家に行ったことあるわよね?」


 ママが尋ねる。


「うん、小四くらいまでは結構一緒に遊んでた。その後は色々あったから。まぁ仲はずっと良かったけどね」

「ああ、早苗ちゃん! 思い出したよ」


 パパが閃いたかのように声を上げる。私とママはテレビの画面を見つめながら話半分に聞く。


「小学校の卒業式の前に、くるみが熱出した時があったよね。あの時家にいた子だ」


 私はパパをちらと見た。そういえば、彼女が帰った後、鍵を閉めていなかったことを思い出す。パパと家で会ってたんだ。


「すごい丁寧な子だったよ。『お邪魔してしまいすいません』って」


 私は心で笑う。早苗が言いそうなことだ。


「で、その後も、空き巣が増えてるからって注意もしてくれたな。確かにパトカーが来ていたから、すぐ確認したよ。お陰で裏口の鍵が壊れてることに気づけたし、しっかりした子もいるもんだなぁって思ったのを覚えてるよ。遅いかもしれないけど、お礼を言っておいてもらえないかい?」


 パパはどこか抜けている。その時言ってくれればすぐにお礼も言えたのに。


「でも早苗ちゃんって高校から転入してきたんでしょ? すごいわねぇ。とっても大変なのに」


 ママがおかずを箸で崩しながら言う。


 私も、そこがずっと気がかりだった。ご飯を口に運びながら考える。早苗はどうしてここに戻ってきたのだろうか。その理由はまだ聞けていなかった。小学校を卒業して引っ込しした早苗に、こっちに住む家はあるのか。どうしてこんな中途半端な時期に転入することになったのか。


 パパとママの会話を流しながら、私は頭の中で彼女の顔を思い浮かべる。私は小学校から特別仲良しだった早苗のことを、本当に正しく理解できているのか。


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