1話5
「ゴブリンの耳や目玉は薬の材料になります。皮は柔軟性を持ち耐久性が高いので防具や衣服に、骨なども砕いて粉にすると質の良いポーションの材料になります。あとは睾丸は強力な精力剤の材料にもなりますね。オークなどになれば一頭で1ガルド金貨にもなります」
おいおい。その綺麗な声で睾丸だ精力剤だなんて言うなよ。興奮しちまう。
つまりは冒険者が狩った獲物の素材を売りさばいて得た金を、ここの資金に当てているということか。
それにしても、だ。確かにたかだかゴブリン一匹がそんな金になるなら、この無骨な要塞の足しにはなる。ああ、足しにはな。
しかし数えきれないほどの蝋燭、豪勢な食事、宝の山のような書庫。魔物の素材だけじゃ説明がつかない。
「まだ何かあるよな」
そう呟けば、マミアは少し驚いたような声色で感心していた。
少し気が乗ったのか、淡々と、それでいてすらすらと真実を語ってくれた。
最初にご存じかと思いますがと語られたのは、冒険者というものがいかに過酷でシビアな世界かってことだ。
新人が1年生き残る可能性ってのは、100人に1人程度かそれ以下らしい。だいたいのやつが一度や二度の依頼や任務でくたばっちまう。そりゃそうだ。ちゃんとした知識もなく森ん中に入れば、まずはその環境に殺される。舗装されていない道は歩くだけで体力を奪われる。ただの虫や蛇、野生生物だって天敵だ。
運よく適応できてもそこから討伐対象との戦闘だ。
庶民向けの英雄譚じゃ、ゴブリンはとても弱弱しい生物として描かれている。まあ別に間違っていない。斬れば血が出るし首を落としゃ死ぬんだから。
だが実際はどんな野生生物よりも狡猾で獰猛だ。そして数も多い。
村一番の力持ちだって、数匹のゴブリンに囲まれたら一瞬で殺されちまう。
それを知らずにゴブリン程度なら、と甘い考えで赴き殺されちまう。そんな新人が後を絶たないらしい。
あとは、ベテランでも死ぬときは死ぬってことだ。リッドが良い例だ。そこそこ腕の立つ冒険者でも、たまたま鉢合わせたドラゴンに潰されちまうことだってあるんだから。
その状況の改善案として長年構想されていたのが冒険者訓練学校。将来冒険者になる意思がある者に、冒険者として必要な技術や知識を叩き込む場所だ。
ただ、実現はなかなかしない。
理由は単純。資金不足だ。
依頼対象地域の調査、死骸の運搬に解体など、一つの依頼や任務だけで必要な仕事はとても多い。そしてその大半を他業者への委託によって行っていたため、魔物の死骸が高値で取引されるとは言っても、そのほとんどが消えてしまう。冒険者への報酬だって必要だ。
現状維持が関の山だったというわけだ。
そこに目をつけたのは貴族たちであった。元々魔物の素材は高値で取引されていた。理由は簡単だ。魔物を狩ること自体が難しく、魔物の素材の流通の量というものが圧倒的に少ないからだ。そして魔物の素材で出来た品物は、普通の素材で出来たものよりも丈夫で見栄えもいい。
貴族や金持ちの好事家どもとっては財力や権威の誇示に丁度いい代物だったわけだ。
そして国としても、強力な冒険者というものは何よりも代えがたい他国への抑止力。一匹で村を壊滅させられる力を持つ魔物を、単騎で屠る冒険者がいるのであれば、それはつまり村一つ壊滅させられる兵器を持っているのと同じ意味だ。
大砲やカタパルトを何十と並べるより、一人の強力な冒険者が存在することの方が脅威なのだ。
そう、つまり国と有力貴族たちが多額の援助を申し出たのだ。
長年の構想が実現し、有望な冒険者を育てることができる。そしてなにより、知識や練度不足で倒れる若者たちを減らすことができると、冒険者組合は了承するのだ。
しかし、もちろん国や貴族たちは見返りを求める。当たり前だ。ただで金を渡すやつなんていない。
訓練する施設を建ててやろう、必要なものは全て揃えよう。職員の給金も出してやる。訓練生だって無償で受け入れられるようにしよう。
その代わり、一人でも多く、一人でも優秀な、金を生み出す兵器を作れ、と。
「なんだそりゃあ」
一通り聞いて、俺はそれくらいしか出なかった。
ああどうやら脳みそはドラゴンの背に乗って空の旅にでも行ったみたいだ。しばらく帰ってこなさそうだ。リッドに挨拶でもしてくるってよ。
そしてマミアは続けた。
当初出資者である貴族どもの要求は、まともな人間が考えたとは思えないほど無理難題だった。
一年で使える冒険者にしろ、竜でも倒せるように鍛え上げろ。ゴブリンが賢者に思えるような要求を並べたらしい。
それは無茶苦茶だと異を唱えれば返ってきた言葉は、百人でも二百人でも若者を集めればいい、勝手に有望な奴が残って手間が省ける。何人死のうが構わんから早く実績を作れ、と。
その話を聞いてトサカに来たのが当時まだ現役であったヴォルターと、もう一人の腕利きの冒険者。
二人揃って片っ端から出資者の屋敷に怒鳴り込みにいったらしい。
貴族どもも災難だ。金勘定をしていたら急に虎の親分が玄関から入ってきたんだから。ヴォルターと一緒になって行くやつだ。多分もう一人の腕利きってやつもどうせ虎か熊みたいなやつだろう。
二匹の猛獣が吠えながら目の前に来るのか、俺なら知っていたら先に便所には行っておくよ。
そしてどうやって話をまとめたのかはわからんが、今の方針に落ち着いたらしい。
訓練期間は三年、ある程度の裁量権はこちらにある。という感じに。
そして援助だけに頼っていればいずれ限界が来る上に、出資者たちからの要望にもいくらかは応えないといけない。だから今まで他所に投げていた仕事、任務地域の調査、任務対象の運搬や解体、そういった雑多な仕事を冒険者組合内で一本化した。余計なところに流れていた金を減らし、かなりの経費の削減に成功したようだ。
しかしまだ大部分は援助に頼っており、出資者たちの声は大きいらしい。
「それがここの真実ってことね」
いつの間にか壁に突き当たっており、マミアが階段を上がっていた。
そのケツに俺もついていく。長い階段を上ると、同じように廊下が伸びている。
二階に上がったため、ぽっかりと空いた窓からは訓練学校の広い敷地が見えた。
ため息をつきながら窓に近づく。多分訓練場か、茶色の地面が俺にはガキどもを振るいにかけるザルに見えた。
ただ、自慢じゃないが俺はそこまで出来た人間じゃあない。
ただ理解はできたよ。ヴォルターの言葉の違和感の正体はな、
自分が元冒険者で、後続たちを振るいにかけて兵器か金の卵を産む鶏に仕立て上げるのは辛いのだ。
だから生き残る術をと、安心して任せられると。ゴブリンの巣の偵察か斥候かの任務も、ヴォルターが計画したものではなかったのだ。それらは出資者たちが譲歩した最低限の目標なんだろう。
もしかしたらあそこまで慎重に言葉を選ぶ必要はなかったのかもしれないな。
また少しだけアニキが重なったよ。
言葉は少ないが、死なせたくないってところがな。
だがな、俺は盗賊で、ヴォルターもアニキじゃない。
ただアニキやファミリーが俺に教えてくれたことが偶然出てきただけ、ヴォルターの意図がアニキとたまたま重なっただけ。
俺は俺の目的を優先させてもらう。
「こちらが教室になります。座学や連絡事項はこちらで行います」
しばらく歩いてついたのは教室という部屋。扉を開けると階段が下に伸び、片方には扇状に席が段々畑のように並んでいた。いつか見た野外劇場のような部屋だ。
下の中央には一つだけ大きな机がある。ああ、あそこにマネージャーとやらが立ち、訓練生が講義を受けるわけだ。
かなり広い。数十人は収容できそうなほど大きい。
そうか、元々貴族たちは何百と若者を振るいにかけてと考えていたからか。
扉は二つ、今入ってきた扉と、扇状の終着に同じようにもう一つ。
俺が真ん中にいたとして、何かあった場合逃げるのは困難だな。ここで事を起こすのは辞めておくべきだ。




