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1話4


 それでもたまにバカなやつがルーに泣きながら懇願することもあったからな。本売って酒飲もうよ、ってな具合に。

 ファミリーでの奪い合いなんてなかったが、だからルーは本を真っ先にとっていくんだ。酒や食い物に代わる前に。

 そしてルーは俺たちに読み書きを教えてくれていたんだ。

 最初は誰かが同じように言ったんだ。酒の方がいいって。

 だがルーは賢いから、今から声に出して本を読みます。とだけ言って、何人かの前で本を読み始めた。

 まだ覚えてる。あれは短い悲恋の物語だ。

 あるお姫様が衛兵に恋をしたんだ。自分の部屋の扉を守る衛兵に。

 蝶よりも花よりも大事に育てられたお姫様は、まるで鳥かごの中の鳥であった。

 そんなお姫様の唯一の楽しみが、扉越しに衛兵と話す時間だったんだ。

 今日は窓に鳥が来たの、今日は天気が良くて庭の花が綺麗に見えたわと、毎日語りかけた。それに衛兵は、それは良かった。鳥も姫様に挨拶をしにきたのでしょう。と優しく答えていた。

 いつしかお姫様は衛兵に会いたい気持ちでいっぱいになっていた。そして衛兵に言うんだ。扉を開けて私に顔を見せてくださいと。

 しかし衛兵は拒否した。身分の違いも知っているし、そこを開ければ明日には文字通り自分の首が飛ぶからだ。

 お姫様は悲しむが、衛兵はひたすらに謝り続けるだけであった。

 その後お姫様は他の国との王子との結婚が決まる。それを知ったお姫様は最後に衛兵に懇願するんだ。

 私は他の国へと嫁ぎに行きます。ただ最後にどうしてもあなたの顔を見たい。どうか知らぬ土地に行く前に、最後に、最後に一度だけあなたの顔を見せてくださいと。

 それに負けた衛兵は、地獄への門を開いてしまうのだ。

 部屋に入った衛兵を見て、お姫様は劣情をごまかすことはできなかった。声から想像していたのよりも随分と美しい青年がそこにいたからだ。

 もうあの声を聞きながら自分を慰めることもない。お姫様の方から強引に、衛兵をベッドにいざないまぐわった。

 そして案の定、その行為は露呈し、衛兵はお姫様を連れて逃げることとなる。しかし追われてやむなく衛兵はお姫様を逃がすために盾となり倒れるのだ。

 一晩だけの恋なんて辛すぎるとお姫様は泣くが、衛兵は笑いながら私にとっては扉越しの会話もとても楽しい逢引でしたと送り出す。そしてお姫様は一人歩いていった。

 という話だ。


 あの後は大変だった。牛みてえな男がワンワン泣いていたり、俺なら10回は姫とやれると豪語しているやつもいた。お姫様が悪いわとか言うやつもいた。俺は正直お姫様はガキっぽいのであまり興味はなかった。御妃様の逢引とかだったら真面目に聞いていたかもしれない。


 そしてルーが、たったこれだけなのに受け取り方が人によって違う。物語は同じ内容でも、人によって感じるものが違うのです。じゃあこれを書いた人は何を思って書いたのか、それを考えるのが僕は好きなのです。と、また口論を始めるファミリーの前で笑っていた。

 それが発端で、何人か自分も本を読みたいとなってルーが読み方から教えはじめたんだ。

 俺はしばらくして戦利品に入っていた本の名前が『淑女の秘密の作法』だったため、慌ててルーに文字を教えてもらったんだ。あれは凄かった。

 こんなことならもう少し真面目に教えてもらえばよかったんだ。

 ルー。あいつもあの夜に・・・。

 

 「マミアじゃない。何か借りるの?」


 「いえ、今日は案内です」


 「ああ新しいハンドラーのね。案外可愛い顔してるじゃない。ドラゴン撃退したのってこの人なんでしょ?つばつけといていい?」


 俺を現実に引き戻したのは女の会話。

 振り向けば部屋の端にマミアともう一人女がいた。机に肘をついて座っている。

 可憐でスレンダーな女だ。マミアとは正反対。しかし漂う淫靡な雰囲気はマミアにも劣らない。金の絹のような無造作なショートヘア、少し色のついた健康的な肌と口元のほくろ、少しだけ着崩した服装は意図してか、けだるそうな雰囲気も相まって男を惑わす罠そのものような女だ。

 天使がマミアなら悪魔はこの女というところか。どうやら天国と地獄で派閥が分かれそうだ。

 だからどちらかしか行けないのか、宗教も難しいな。日替わりくらいにすればいい。

 どちらか選ぶならこっちにするよ、やっぱり天国だ。


 「え、と、こちらは?」


 そうマミアに問いかける。


 「書庫の司書をしているフィンチです。もし借りたい本があれば彼女に渡してもらえれば手続きをしてくれます」


 「フィンチよ。本以外にも借りたいものがあれば何でも言って、例えばこの後君を借りようか、とかね。ふふ」

 

 小さく手を振りながらにこやかに笑う彼女を見て俺は理解した。どうやら地獄というものはないらしい。どちらも天国であり、そして自ら選んだ天使たちに連れられて向かうということを。なんとも宗教的じゃないか。俺は本質を理解したよ。

 フィンチというのか、小鳥のさえずりにように可愛らしく鳴いてくれるのだろう。

 さて、本題だ。

 借りる?

 つまりはここの本を自由に?

 俺がハンドラーであるからか?訓練に使うために?

 

 「借りることができるのか?」


 「はい」


 と答えたのはマミアだった。

 

 「こちらにある本は全て訓練学校の備品であり、訓練学校に所属するものなら誰でも自由に借りることができます。もちろん数と日数の制限はありますが」


 ということは訓練生でも、ってことか。

 そろそろ頭がおかしくなりそうだ。いくら冒険者ってのが儲かるとしてもだ。

 

 「何か借りられますか?」


 「いや、今はいい」


 「それでは次に参ります」


 そう言ってマミアとともに書庫を後にする。遠くの方でフィンチの「いつでも来てねー」という声がしている。

 まあすぐに帰ってくるさ。もちろんどんな声で鳴くのか確かめにいくわけではない。情報のためだ。

 一瞬だがいくつか題名を確認できた。

 『いちの魔、使い、理論』多分初級魔術や魔法入門という意味だろう。

 『野の、生きる、魔、絵本』これは野生生物か魔物の図鑑なはず。

 『古い、もの、集まる』自信はないがアーティファクトについて書いてあるはず。

 『何より甘い私の蜜』これは中身が気になる。何故訓練学校にこんなものがあるのかも知りたい。


 これら全ては今俺に必要な情報が書いてあるはずだ。

 案内とやらが終わればすぐにでも来よう。

 そしてまたマミアに着いて長い廊下を歩いていく。

 次は訓練用装備庫、軽く見せてもらい多数の木剣と鍋の蓋のような盾があった。ほかにも酷く湾曲した木の棒、杖か。

 そしてまたしばらく歩くと食堂につく。

 そういえばと俺は療養中のことを思い出した。

 あの時日に三度食事が届けられていたのだが、それら全てが良い食材を使ったものだった。

 食べなれた雑穀の粥なんて出てこなかった。柔らかなパンとスープ、酒までついてきた。肉はスパイスが効いていて、ハーブまで添えてある。なんの肉かは知らんがとろけるような食感は癖になるほどだ。

 本は訓練生どもも借りれる。じゃあ食事は?

 気になり俺は問いかける。


 「食事は訓練生も俺らも同じなのか?」


 「同じです。こちらでとることもできますし、自室に持ち帰ることも可能です」


 聞いてもいいのだろうか。しかし危険だ。

 俺はリッドで、ゴールドランクの冒険者。リッドの口ぶりからして、そこそこのランクということになる。

 ならば冒険者としての報酬金なんてものは分かっていないはずがない。

 冒険者が儲かる仕事だとして、驚いたようにここは儲かるんだなと言葉を零せば、かえってくるのは「え、当たり前じゃないですか」というマミアの不審な表情だ。

 冒険者として当たり前のことを、そこそこ腕の認められた冒険者が聞くわけがない。

 聞けるわけがないのだ。俺がリッドであるために。

 いや・・・、待て。

 少し気になっていたのだ。先ほど、ヴォルターの部屋から廊下に出た際に俺がつい「凄まじいな」と零した際、マミアはなんと言った?

 

 『皆さん驚かれます』

 

 そうだ。ここに来てマミアなどに案内されるのは現役の冒険者たち。

 そいつらが総じて驚く。もちろんこの訓練学校の規模に。

 なら現役の、その上リッドと同等ぐらいの冒険者から見ても異常なのだ。

 

 「余程儲かるんだな」


 俺は意を決して呟いた。どうしても金のことは気になってしまう性格(たち)なんだ。

 それに対してマミアはしばしの沈黙の後に歩きながら答えた。

 

 「ゴブリン一匹の相場はご存じですか?」


 おっと。もしや感づかれたか?リッド本人だと確かめるための問いかけか?

 いや、少々違う。マミアは歩みを止めないし、体の動きも一定だ。

 淡々とする質問には、何の意図も感じられない。

 ならばこの質問は、俺が知らないことを前提とした話の切り口の言葉。

 そういうことなら何も考えずに答えることができる。そして1つ先に正解を答えることができれば・・・、後は適当でも問題ない。

 

 「いやわからないな。だがゴブリンに価値があるとは思えない。もしも価値があったなら今頃俺は冒険者を引退しているよ」


 「知らないのは無理もありません。私もここへきて初めて知り驚きましたから。ゴブリンの価値は一匹1ガルド銀貨以上です」

 

 「ぶっ・・・」


 ジョークを装ったつもりが、真実であった。

 あまりにも驚き噴き出してしまう。

 1ガルド銀貨?じゃあ10匹狩れば1ガルド金貨?もうその辺の町人の一ヶ月の生活費じゃないか。

 俺たちファミリーが今まで何匹狩ったと思っている。一年は余裕で遊べるぞ。


 

 


 

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