1話3
・・・今はそんなセンチな気分になる時ではない。
今は少しでも情報が欲しいのだ。俺がリッドであるために。
ドラゴンの話でもすれば、まずはなんとかを狩るために鍛えるんだとか、そんな答えが返ってくると思っていたのだが。
素直に聞いても大丈夫か?ある程度なら、いけるはず。
「ああ、少し漠然としすぎだと思ってね。もっとこう具体例があれば教え方も考えられるんですが」
「ふむ。少々君は評判よりも真面目なようだ。いや、ありがたいことだ」
情報が欲しいばかりに行き過ぎたか。ただそこまで怪しまれはしていないはず。最初だから少し前のめりな態度をしているだけ、そう思えば不思議ではない。むしろやつなら合間に自慢話の一つでも語っていたかもしれない。
「一年次の目標項目の一つにゴブリンの巣への斥候任務がある。討伐が目的ではないが、もしもの時のために自衛できる程度にはしておきたい。難しいかもしれんが、ゆっくりでいい、ゴブリンから生き残れるようにしてほしい」
ヴォルターは淡々とそう話した。
ゴブリンか・・・、冒険者にとって奴らはどう映っているのだろうか。
ヴォルターの口調からすれば、盗賊とそう印象は変わらない気がする。
奴らは・・・、最低の生き物だ。
人間の子供ほどの体格、頭も悪い。一匹だったらクマやオオカミの方が強い。当たり前だ。
だが、森で何より恐ろしいものはゴブリンだ。
人間と比べるから頭が悪い思ってしまう。だが、奴らはサルやオオカミなんぞより数段賢い。武器を自作したり火を使う知恵がある。罠だって作るし、武器に糞を塗ることもある。夜は人間が動かないことを知っていて、なおかつ明かりが無いと目が見えないことも知っている。見張りがいるか、交代するタイミングはあるか、どこから攻めれば一番嫌がるかと観察することもできる。
二、三日日が沈んでから一匹のゴブリンが村の周りに現れるのを見た者がいた。はぐれたゴブリンだろうとそいつは放っておいたら、次の日の朝には村の鶏と子供が全ていなくなっていた。なんてことがいつもどこかで起こっている。
人間と比べるから小柄だと思う。だが奴らは自然の中に生きるドウブツだ。人間より小さな犬が、思った以上に力が強いのは誰でも知っているはず。紐を引っ張られれば、大の大人でも制御するのは難しい。ドウブツってのは見た目以上に力が強いんだよ
だからゴブリンもその見た目で、十分な力がある。そして、クマやオオカミほどではないが、鋭い牙もある。噛みつかれれば肉が持っていかれる。
ゴブリンは恐ろしい。いや、最低だ。
クマだって群れたオオカミだってゴブリンの巣は避ける。一匹なら餌になるが、数匹いれば立場が逆転するから。
盗賊なんてやっていたら、嫌でも奴らと争わないといけない。村や町に潜むわけにはいかないからな、自然と住処の取り合いになるんだ。
両手両足使っても数えられないくらいは殺したよ。同じくらいとは言わないにしろ、かなりの被害をこちらも受けながらな。
「ゴブリン・・・、一番嫌いな相手だ」
「君がリアリストで良かった。安心して任せられる」
おかしい。ふと違和感が出る。
ヴォルターはこの冒険者訓練学校でのトップ、統括官/マスターだ。つまりはヴォルターがゴブリンの巣の斥候任務とやらを計画し、俺に指示しているのではないのだろうか。
そうであれば、ゴブリンと戦えるようにしろ。と命令されるはず。
しかしヴォルターの言葉は、なるべく、時間をかけても、無理にとはと俺に裁量権を与えるような印象を受ける。
まるですでに決まった方針をヴォルターを介して俺に伝えているような、その上ヴォルターはそれに仕方なく従っているような。
石で出来た獅子の彫刻のようなこの男がか?何かに臆し、反発も許られず?
これは聞くことは難しいな。俺には関係が無さすぎる。これ以上は流石にボロが出てきそうだ。
「さて、説明は以上だ。何か聞きたいことは?」
「いえ」
「よし、なら早速明日からハンドラーとして実技訓練を行ってもらう。この後はマミアに訓練学校の中を案内してもらうといい。何か疑問が出ればその時にでもマミアに聞いてくれ」
そういってヴォルターは立ち上がり、俺に手を差し伸べた。握手か。俺の倍はある手が俺の手を包み込む。すごいな、先に卵で練習でもしていたのか?俺の手を握りつぶすことなくちゃんと握手ができてるじゃないか。
果たして俺は統括官の部屋を後にした。続けてマミアが部屋から出てきて、デカいケツを見せつけながら振り返りもせず俺の前に立つ。
「それではついてきてください」
事務的に、静かにマミアは話す。
任せておけ、そのケツを見失うなんてことはないから。
ケツが進んだので、俺はそれに釣られて歩く。
そして視線を周囲に向ける。綺麗な長方形が幾重にも並んだ壁だ。パズルのように積みあがった石材のブロック。どんな防壁にも劣らない強固さを感じさせる。
窓は空洞だ。ただ格子がはめ込まれている。格子さえなんとかすれば通り抜けられそうだ。
かなり長い廊下だ。少しずつ曲がっているのか、ずっと奥は壁のようにも見える。その廊下を定期的に蝋燭が照らしている。窓から漏れる光では心もとないだろう。この蠟燭が全て消えることがあれば、昼間でも薄暗くなるだろう。
ただ、やはりここには金がある。
この蠟燭の量、かなり広めな感覚で設置されているが、城みたいなここの廊下全てに蠟燭が灯されているなら・・・。ただこちらは獣脂か、蠟燭は濁った白色であった。
それでも、だ。とんでもない量には違いない。
「どうかされましたか?」
ケツが止まる。いやマミアか。
一切こちらを振り返ってはいないのに、俺の挙動不審さを感じ取ったのか?
「い、いや。ただ凄まじいなと」
「そうですね。皆さん驚かれます」
またマミアは歩を進め始めた。合点がいったからか。
そして俺はついていくのだが、ふと違和感が沸く。しばらくずっと下半身を見ていたから分かったが、この女、重心のブレが全くない。
まるで一本芯があるように真っすぐで、この俺が肉付き以外で美しいと思うほどの歩き方だ。
所作からして名家の侍女かとも思った。最初はな。ヴォルターの横で立つマミアを見れば誰でもそう思う。
しかし、それにしてもここまで重心にブレがなくなるか?スキがないとも言える。
まるでそう、常に警戒しいつでも戦闘態勢に移れるような・・・。
俺は舐めるように視線を動かす。グラマラスで自己主張の激しい体つきにしては、ウエストが細い。引き締まっているという感じか。俺はもう少しウエストにも肉付きがあったほうがいいんだが。
例えばこの肉体の下が鍛え上げられた筋肉を搭載していたら頷ける。
ハンドラーになるのは現役の冒険者。まさか補佐官/マネージャーも・・・?
いや、考えすぎか。横であっちもこっちも揺らされたら死人が増える。
ヴォルターの部屋でいる時からずっと見ていたのが悪かったんだ。こっちもご無沙汰なもんでね。腹が減ってるやつの前に果実をぶら下げれば涎は垂れるもんだ。
「こちらが書庫になります」
そういってケツが止まり、しばらくぶりにこちらを向いてくれた。
間近で見れば一層美しさが際立つ。その潤いを感じさせるルージュはとても誘惑的で、喜んで敗北しそうになる。
「こちらが書庫になりますが」
「あ、ああありがとう。・・・書庫?」
マミアに見惚れていて反応が遅れる。
書庫?
つまりは、そのままの意味だろう。本が置いてある場所だ。
「御覧になりますか?」
「ああ」
そういって扉を開けた。
広がっていたのはいくつかのテーブルと、それを取り囲むように広がる無数の棚であった。そして棚の中には数えきれないほどの本が詰まっていた。
「なん・・・」
俺は驚いていた。
もちろんこの本の量に対してだ。
紙は高価だし、羊皮紙だって何頭羊を狩るかわからない。印刷技術なんて最近できたばっかりだ。
だいたいは人の手によっての写本。一冊複製するのに何か月もかかる。
安価で作られた短い大衆用の英雄譚などならまだしも、この訓練学校にあるような、訓練学校で必要とされる本だぞ。
何冊かくすねるだけでひと財産だ。
流石の俺も速足で棚に近づく。
俺の背丈よりも少し高い棚、ところ狭しと並ぶ本を一冊抜き取る。
綺麗な出来だ。俺は正直読み書きには疎い。読むことは簡単なものならできるが、書くのはてんでだ。物心ついた時からカラスや野犬とゴミの奪い合いをしていたようなやつだ。仕方がない。
だが、その価値は分かる。
革と木版で出来た精巧な背表紙、1インチ(2.5センチ)はある分厚くずっしりとした手触り。真鍮で出来た留め具もこざかしく意匠が施されている。これは羊皮紙の本だ。湿気で形が悪くなるから留め具が必要なんだ。
そしてこの重み。立って読書なんてできるのはヴォルターくらいだろう。だからテーブルがあるのか。
息を吐きながら勢いをつけて適当に開けてみる。俺は非力でね。
土のような色のページがめくられる。中にはびっしりと文字が書かれていた。革の匂いやインクの匂い、様々なものがブレンドされた香ばしい匂いが鼻につく。
少し古い本だ。
「魔の技術・・・、いや魔法か、考えを投げ離し、違うイメージを投射する、だ。くそ」
こんなことならと昔のことを思い出す。ファミリーの記憶だ。
ルーってガキがいた。まだ12かそこらのガキだ。人身売買をしている孤児院があるという噂を聞きつけた時だ、もちろんアニキがだが、そこを襲って助け出したガキの一人がルーだ。
ルーは賢いガキだった。趣味は本を読むことで、戦利品を分け合うときも一番に本があるか確認していた。
まあ高価なものだが、もっと小さくて価値のあるものなんて多いからな。誰も取りはしないと笑っていた。




