1話2
その後数日間、日に何度か男やら女やらが代わる代わる訪ねてきた。
彼らは俺の脚に、おそらく魔法なのだろう、しばらく集中させると、他愛もない世間話を軽くして去っていく。
その時わかったのは、どうやら魔法というものは万能ではないということだ。
回復の魔法というものは、俺が考えるに、自分の体の自然治癒力のようなものを無理やり上昇させているようなのだ。
そのため、ある程度回復魔法を施されると、脚の痛みが少しずつ消えていく代わりに、まるで激しい運動をした後のような疲労感や倦怠感に襲われた。
だから日に何度かにわけて回復魔法を施されたのだ。
最初、女に回復魔法を施されたときに、まだ治ってないのに今日は終わりだと切り上げられた。だからまどろっこしいから全部治してくれよと頼んだら、
「泣いちゃいますよ?」
と眠たそうな目で怒られたのだ。
折れるのはもちろん痛い。しかし、折れた骨が急に繋がるというのは、多分、同じかそれ以上痛いはずだ。
すぐさま襲ってきた酷い疲労感、そして倦怠感、更に体感したことのない種類の痛み、それで俺は理解したのだ。
苦虫をダースで噛み潰したような顔をしているだろう俺を見て、女としては未完成の彼女はほらねと言わんばかりに、鼻で大きく息を吐いた。キツネを思わせる妖艶で切れ長な目、白い陶器のような肌、けだるそうな雰囲気、あと10年もしたら俺好みのイイ女になりそうだ。名前を聞いておく前に彼女はさっさと部屋を出て行った。
そして、これも俺の予想だが、妙な形に骨がくっついてしまうのも防いでいるのだと考えた。
回復魔法をしばらく唱えると、皆添え木を調節してくれていたためだ。
折れた骨を時間に任せて治した奴は見たことがある。腕なら妙な癖がついて曲がってしまっていた。指なら拳を上手く握れなくなっていた。脚なら走るのも歩くのもぎこちなさそうだった。
つまり、簡単に解釈するなら、回復の魔法とは治るまでの時間をすっ飛ばしているだけ。治るために体力や気力を使うというのであれば、すっ飛ばした分まとめてそれが襲い掛かる。
では体力や気力といったものが無い奴ならばどうなるのだろうか。俺は自分の脚を一瞥する。
例えば老人だ。ほっといてもくたばりそうなジジイの脚が折れたとして、回復魔法をかければどうなるのだろうか。そして傷の大小、腕が千切れとんだとして回復魔法をかければ生えてくるのか、それともくっつくのか。
正解は分からない、まだ。だが予想が正しければどちらも不可能なはず。
俺は左にはめた指輪に視線を落とす。
俺は今俺ではない、俺はリッドだ。
そこそこ腕の立つ魔術師であり、ゴールドランクの冒険者であるリッド。
俺は魔法というものに対しての知識は皆無に等しい、だがリッドなら・・・。
別の者に成りすますことは初めてではない、しかし、それらは成りすます相手の情報を全てアニキが、ファミリーが集めていた上でだ。
しばらくはリッドとして振舞わなければならない。そのためにも魔法、特にこの指輪についてはいろいろ調べなければ。
この指輪も、魔力を貯められるということしか奴は言っていない。どういう条件で、どの程度の時間で、どれくらい溜まるかなんてわからない。
こいつを調べるのは少し後に回そう。それに魔力が脚が治るほど溜まっているかはわからない。そして無茶をしちまって俺の大事な商売道具がひん曲がっちまったら元も子もない。
リッドの振りをいつまでもするつもりなんて最初からない。運よく勘違いされ、そしてまた運よく怪我まで治してもらっているだけ。更にはたまたまそこが、俺の、俺たちファミリーの仇の手がかりが掴めるかもしれない場所であった。それだけだ。
俺は笑みを零して指輪を見つめる。感謝するよ。そうだ、ガキ相手に適当にやってるだけで金も貰えるんだったか。丁度文無しだったんだ。逃走資金の宛てもできたかもしれない。
焦っていてもダメだ。しかし着実に念入りに、今できることを俺はしよう。
そうして、俺はお行儀よく数日間部屋で療養に努めていたのだった。
ここ数日のことを思い返していると、虎の唸り声が聞こえた。
「まあ改めてようこそグリムヴァルド冒険者訓練学校へ。もう脚の具合はよくなったかな?」
傍らの美女を上から下までなめるように見ている俺に、強引に意識を向けさせたのは統括官のヴォルターだ。
そういえば意識の端にドラゴンがどうとか救援がどうとか聞こえていたような気がした。
そして俺は少しだけ考える。安易な受け答えができないからだ。招聘されるということはグリムヴァルドとは別の土地で冒険者をやっていたに違いないが、少なからず前情報があるはず。
それがどこまでのものかは分からない。しかし最低でも外見は伝えられていた。実力はもちろん、性格や経歴くらいはもしかしたら・・・。
たった一言でも、人間というのは個性が出る。長ったらしく答えるやつか、あっさりと礼を言うのか、俺は馬車の中でのことを思い出す。
軽薄そうなやつだった。とてもお喋りで中でも自慢話は特に大好きそうだった。
そしてこの訓練学校への招聘と悪党どもの掃討任務を天秤にかけた時、訓練学校を選ぶようなやつだ。臨時収入も貰える簡単な任務より、後続の育成を・・・、いや違う。それも虚栄心だ。訓練生に羨望の目で見られるなんて奴の好きそうなこと。げんに俺の言葉でドラゴンに向かっていったじゃないか。
だがドラゴンに一矢報いる程度の力を持っていた。
自他共に認めるくらいの実力、そして自信家、だが少々の強がりは見せた方がいい。だからこそ目の前の獅子に対しての緊張感も混ぜた上で、それを隠すような声色で。
「え、ええおかげ様で、ただ回復魔法がなくとも自力で治ってましたがね」
「フハハッ、聞いてた通りの男だな。だが若いだけはある。私だったらまだ更に何日かかかるだろう」
笑いながらヴォルターは丸太のような自らの太腿を軽くしばいた。
よく言う。オークが対抗心を燃やしそうなその脚が折れるところなんて想像ができん。
この男を見たあとに獣人を見れば、全て子犬か子猫と見間違いそうだ。
「さて、早速だが、これからのことについて説明しよう。手紙には全て目を通してくれていたかね?」
ああ、どうやら宛先が間違っていたんじゃないかな。多分あの世か地面の中に届けられている。俺には届いてないんだ。
さて、確か教官/ハンドラーだったか、それになるということしか奴は言ってなかった。
下手に知ったかぶるのは危険だ。しかし全く知らないというのも不自然だ。リッドがヤギじゃなければだが。
「軽く、ですがね。ただ、ハンドラーでしたか?少し分かりづらかったんで詳しく聞きたかったんですよ。来る途中に見返そうと思ってたんですがあいにく無くしてしまって。ほら、先日のね」
「まああれだけではわかるまい。順番に説明していこう、まずこの訓練学校には3つの学年があり、そしてそれがAからDの4クラスずつに分かれていて、それら全てのクラスに一人ずつ実技担当官と補佐官がつくことになっている。実技担当官というのが君だ、それがここでは教官/ハンドラーと呼ぶことになっている。そしてそのハンドラーの補佐や座学等を担当するのが補佐官、ここではマネージャーと呼ばれる者だ。君には1Dクラスの担当をしてもらう。そして1Dクラスのマネージャーは彼女、マミアだ」
ヴォルターは視線を傍らの美女に向けた。
美女は目を閉じ小さく会釈すると、鈴を転がしたような声で「マミアです」と言った。
彼女が俺の補佐官/マネージャー・・・、ベッドの上でその名前を囁きあらゆることを補佐してもらいたいものだ。
そして俺はヴォルターの言葉を頭の中で反芻する。ハンドラーが実技担当官でここが冒険者の訓練学校ということは、ガキ共相手に戦闘訓練の指揮が主な内容となるのだろうか。
戦闘はまあ、苦手ではない。逃げる、盗む、騙すの次くらいには得意だ。アニキに拾われて、嫌ってほど叩き込まれた。手に持つ得物なら大概は使える。人並以上にな。
だが、あくまで俺は対人専門だ。
ここは冒険者訓練学校。多くの場合、戦う相手は人じゃあないだろう。
二つの脚で立って動くやつならまだしも、四つ足だ空を飛ぶだって生き物が数えきれないほど存在する。見たことも聞いたこともない生き物相手の戦い方なんて教えられないぞ。
・・・訓練学校でそこまで教えるのだろうか?
どこまでの生き物を想定し、どこまでの訓練をすればいいのか知っていたほうがいい。
聞き出せるか?自然に。
確か、先日出会ったあのデカいトカゲは確か中級だとか言っていた。
リッドはその下の下級のドラゴンを倒してふんぞり返っていた。
下級だ中級だなんて知らんが、ドラゴンなんてやつがどんなものかなんて俺でも知っている。一匹で村一つ町一つ消し飛ばすような生き物だ。
ゴールドランクの冒険者とやらでそれなら、冒険者になる前の奴らにドラゴンとの戦い方なんて教えるはずがない。
なら・・・、
「1のDということは、まだ入りたてのやつですかね」
「そうだな。今回入校したばかりの子たちだ」
「じゃあドラゴンから上手く逃げる方法はまだ教えなくていいってことですかね」
「ふふははは、ドラゴンなんて私でも手に余る。まずは剣の握り方、そして魔法の唱え方、何より生き残る術を教えてやってくれ」
ほしい情報が全く持って提供されなかったことに怒りがこみ上げる前に、ヴォルターの最後の言葉が棘のように突き刺さった。
生き残る術を教える。
様々な記憶が蘇り、棘は茨の蔓を伸ばして俺の胸を締め付ける。
「どうかしたかね?」
「いえ、少し思うところがね。生き残る術ですか」
不思議そうにヴォルターは眉間に皺を寄せる。傍らのマミアも俺の変化に気付いたのだろう、少し目を細めていた。
何より俺が学んだことだ。
アニキに、そしてファミリーの仲間たちに。
それを教えてやってくれ、か。
別に未だ見ていない訓練生を想像したわけではない。そんな殊勝なやつでもましてや使命感や義務感を持つ人間性など持ち合わせていない。
たまたまだ、本当に偶然俺はここにいるだけ。何かあれば今日のうちにトンズラこいてもいいとも思ってるくらいだ。
だが、その言葉が、呪いにも似た縁を感じさせた。




