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4話3


 お茶を口に含んだ瞬間、味よりも先に香りに驚く。森自体を凝縮したような匂いが口から鼻に一気に通り抜けた。顔から山盛りの落ち葉の中に突っ込んだみたいだ。

 しかし、味は匂いほどきつくはなかった。ローズマリーやラベンダーみたいに、薬草を煎じたヤツは香りは良いが味はしっかりと苦いし癖もある。こいつは・・・、むしろ美味いまである。

 やはり、ヴォルターのおっさんが欲しい言葉ってのは、そうなんだろう。収集癖のある奴や、愛好家って奴はだいたいそうだ。

 俺は少々感心したような表情を見せてやりながら答える。

 

 「何度か同じようなものを飲んだことはあるが、これは体に良さそうだ」


 「おお、わかるかね!」


 当たりだろ?このお茶ってやつには何かしらの薬効がある。収集癖があるような奴には、価値を理解してやるのが最適だ。

 ヴォルターは機嫌が良さそうに大きく目と口を開いた。おかしいな、牙が見当たらねえ。歳で抜け落ちちまったか。

 きっとヴォルターは俺の目利きに一瞬だが違和感を持ったはずだ。とても小さなものではあっただろうが、残しておいたら火がついちまう。

 ダメ押しに、もう少しだけご機嫌取りをしておくか。こういう奴が、最も欲しい言葉をプレゼントしてやろう。


 「前飲んだことがあるのは確か腹下しに良かったんだ。ただ味が本当に悪くてね、副作用で腹を下しちまうところだった。でもこれは美味しいくらいですよ。どんな薬効があるんです?」


 臭(わる)いところには触れずに、美味(い)いところだけを褒める。そして誰も興味がわかねえところを興味津々で聞いてやるんだ。しかも残った臭(クセ)ぇ汁を美味そうに飲んでしまってな。

 ポイントは自分にも多少知識はあるってことをアピールし、更に出されたものを以前飲んだってものより上に置いといてやることだ。


 「おおそうかね。多分それはオークの樹皮のお茶だな。あれは渋みと苦みが強いんだよ。これは裏白(ホワイトバック)という種類でな。腹の結石の予防や悪い物を小便にして出す効果があるのだよ。匂いは多少あるが、慣れるとこれが癖になるんだ」


 ヴォルターがどんどん饒舌になっていく。機嫌の良い獅子ほど気味が悪いもんはねえな。

 さて、もう既にヴォルターの頭の中にあった違和感は消し飛んだはずだが、今急に話題を変えて、俺がここに呼ばれた理由を聞くのもおかしいな。

 体に良いお茶も出されたし、これだけすぐに上機嫌になった。ここに呼んだのは、どうやら今すぐ俺をどうこうするって話ではなさそうだな。

 じゃあ気が済むまで喋らせておこうか。それなら、体に良いってことだし、飲みたくはねえがもう一杯催促してみるか。

 自慢の品が褒められてもう一杯くれって言われるんだ。たまらねえだろ?

 あとは、他の何かも聞いといてやるか。俺もドラゴン撃退しているわけだし、どうせヴォルターのおっさんが倒した魔物だろうからむさくるしい話になる。角はやめておこう。

 短剣も何か下賜(かし)されたやつだったらお貴族様の話にもなりそうだ。なら、あの妙な草のことでも聞いておくか。

 聞き上手になるコツさ。自分が聞いててまだ辛くない話題に誘導してやるんだ。


 「そんな効能が。こんなにスッキリとして飲みやすいのに。すみませんが、もう一杯だけ頂いても?」


 「なに?ハハハ、このお茶の良さがわかってくれて嬉しいよ!飲みたまえ飲みたまえ!」


 「あと、以前から気になってたんですが、あの植物はなんでしょうかね?この辺りじゃ全然見ねえもんで」


 「フフ、気になるか?君は随分目ざといようだ」


 ああ、俺よりめざとい奴なんてなかなかいない自負があるよ。そうやって鍛えられたんだから。相手の弱点を見つけそれに漬け込むのも、会話の仕方も嘘のつき方も、全部生きる術だって教えられた。

 そのおかげでこうやって生きてるし、今だって切り抜けることができた。

 最近脳みそに休暇を与えるコツも学んでね。これからしばらく手前(テメエ)の話を聞かないといけないから、それも使わせてもらうとするよ。

 そうして俺は、笑顔を張り付け、自動的に頷きながら声を漏らす人形と化した。頭の中で、昔のことを思い出しながら。

 



 「それで私が叩き折ったのが・・・、おっと、あまりにも君が聞き上手なもんで話し込んでしまったな」


 どれだけ時間が経っただろうか。結局ヴォルターの話はあの角のところまでもつれ込んでいた。

 ヴォルターは少々苦笑しつつ、話を切り上げる。


 「いえ、とても興味深い話でしたよ」


 「ハハハ、本題に移ろう。そろそろ、君が来て一ヶ月が経つだろう?」


 そうしてヴォルターはまた自分のものだろう机に向かい、何かを握りしめて戻ってきた。

 ヴォルターは戻ってくると、その岩の塊のような拳から、テーブルの上に持ってきたものを出した。

 出されたものはガルド金貨二枚と、金色に輝く・・・首飾り?

 丈夫そうな細い鎖に、卵のような形の金色の板のようなものが二枚つけられている。アクセサリーにしては無骨で、高価そうではあるが華やかさはない。下賜するにしても少々見た目が悪いな。

 また何かの自慢か?流石に価値か細工についてしか褒めるしかないな。

 俺は首飾りを手にし、とても丈夫そうな首飾りとでも言おうかと口を開けようとしたとき、ヴォルターが先に話し出した。


 「給金と、君の証(ドックタグ)だ。再発行に時間がかかってしまってね。多分あの時に紛失してしまったのだろう。ここへ来るとき君は手ぶらだったから」


 不意を突かれて俺は硬直する。そしてドラゴンに潰されたあの野郎に沸々と怒りがこみ上げてきた。

 こんなものがあるならちゃんと伝えておけよ。お前の代わりをする男だぞ。全て報告した上で死んでくれ。

 手に取った首飾りについた、揺れる金色の卵のような板を横目で確認する。短い文字が彫られている。多分、書かれているのはリッドという名前。

 金色の板、リッドの文字、証(ドックタグ)、こいつはゴールドランクとしての身分証だ。危ない、もう少しで、せっかくだまくらかしていたのが全てパーになっちまうところだった。


 「どうかしたかね?」


 証(ドックタグ)を手に取ったまま固まる俺を心配してか、ヴォルターが問いかけてきた。

 俺は視線の端で何かないかと探し回る。角、短剣、草、こんなものではダメだ。テーブル、いや、今更こんなものでは何にもならない。

 テーブル?

 俺は置かれた二枚の金貨に視線をやった。二ガルド金貨・・・。とんでもない額だ。二ヶ月は余裕で暮らせる。高級娼館だって何回も行けるぞ。

 ふと俺はあることを思い出す。一つの違和感、あれは、そう孤児院に行ったときだ。

 『給金の半分を前借りさせてくれ』

 そうだ。俺は確かにそう言った。ハンドラーって奴の本当の給金なんてものは知らねえ。だが、これを問いかけることはできるはず。

 ただの確認に過ぎないのだから。


 「いや、給金の半分を前借りさせてくれって伝わってるはずなんだが」


 「そのことか。心配しなくていい。孤児院の件は私の方で出すことにしたよ」


 「ん、それはどういう」


 「マミアから全て聞いている。孤児たちに協力してもらい多数のゴブリンを想定した訓練、そしてシスターへの配慮、遊び相手にも困る孤児たちにとっても刺激的な一日だっただろう。君は訓練をしながら、冒険者の本懐である地域貢献も同時にやっている。そして何より、君も私と同じ気持ちであることが分かったことに安心したのだ」


 ヴォルターは目を閉じていた。どうやらマミアが誇張してヴォルターに伝えたらしい。

 俺とこのおっさんが同じ気持ちだって?俺は虎や獅子と寝る趣味はないぞ。


 「よしてくれ。俺は生意気なガキ共をビビらせてやろうって思っただけですよ」


 「照れなくていい。そして変に気取らなくてもいいぞ。その話し方の方が君らしい。向こうからも君は気さくで少々不遜だと伝えられている」


 「なんだって?色男って伝わってないのか?」


 「ハハハ、そんな言葉は一つも無かったぞ」


 どうやら書面でのやり取りしかなかったようだな。文字なんかで情報を伝えるからだ。気さくで不遜、ものは言い様だ。適切な情報ってのは口頭でしか伝わらない。書面では限られた情報量しか伝えられない上に、最終的な判断は読み手に任せられる。昔居たルーも言ってたぜ。同じ文章でも人によって受け取り方が変わるってな。

 もうヴォルターの中では、自然体の俺がリッドになっている。 

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