4話2
フィンチは俺の体の間をするりと猫のように抜けると、机の方へと向かい、二冊の本を抱え込んだ。
そしてベッドの上で固まる俺をしり目に、扉の方へと歩いていく。俺はというと、すぐさま立ち上がり、フィンチの後を追いかけていた。
時間帯は少々早いくらいだが誤差の範囲、扉を叩く音も聞き覚えがある。多分今度の訪問者はマミアだろう。
しかし、俺は検討がつくが、フィンチにはわからないはず・・・。何故そんなに平然と第三者が待ち受ける方向に向かうことができるのだろう。
そしてなんとフィンチはその扉を開けるのだ。男にゃ絶対にできない芸当だ。
「あら、マミアじゃない」
「フィンチ、何故こちらに」
扉の向こうにゃマミアの不思議そうな顔が覗いている。手には木の板とその上に乗ったパンが見える。いいね、それくらいが丁度良い。
「取り立てに来てやったのよ。アンタのハンドラーなんだからちゃんと言っといてね、借りたもんは期日までにちゃんと返すようにって」
「あ、かしこまりました」
そうしてわざとらしく本を見せびらかしたフィンチは、扉とマミアの間をすり抜けて廊下へと消えていったのだった。
全く、女ってのは恐ろしいね。情事のあとでも澄ました顔で他の女と会話できるんだ。男が女の浮気に気付けないのも頷けるよ。
司書でも開いたことのない本を開けてみようか、君の性癖に新しい1ページを刻もうか、天国って簡単に行けるんだね聖書を書き直さないと、などと本や司書にちなんだ言葉をたくさん考えていた俺が馬鹿らしいじゃないか。
ただ、消えていくフィンチの耳は少々赤かった。勝敗はつかなかったが、どうやら、今回は俺の方が上回っていたらしい。
「ハンドラー、朝食をお持ちしました。あと、本には返却期限が設けられているのでそれまでには返して頂かないとフィンチにも迷惑がかかります」
「忘れてたんだ。忙しくてね。これからは気をつけるよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
そうして俺はマミアからパンの乗せられた木の板を預かった。
俺も相当なもんだ。他の女をベッドに押し倒しておいて、マミアの前で平然といるのだから。まあ、別のところは平然とはしていないんだがな。
しかし不思議なことに俺に朝食を渡したマミアだが、すぐには部屋を出ずにその場に立ち止まったままだった。
まさか何か気づいたか?それとも次はマミアの番か?
いいね。君の弱点も知りたかったんだ。ただ、君の男の部屋から別の女が出てきたんだぞ。もう少し表情が変わってくれてもいいんじゃないかな?少しいじけちまうぜ。
そうして俺は戦闘態勢に入る。と言っても、やることはとびきりのハンサム顔だけだが。
「どうした?まだ何かあるのか?」
「はい、ハンドラー。マスターより出頭命令が下されています」
「なぬ?」
「お食事を済ませてからでも構わないとのことです」
マミアはいつもの凛とした表情でそう言った。
マスター、つまりヴォルターのおっさんのことである。出頭命令と言う言葉に俺は内心穏やかじゃあなかった。
正体がバレたか、それともスコルの野郎との一件か、そういや給金の前借りも。考えだしたらキリがない。最近はガキ共も文句も言わずに言ったことをやってくれるんで、手も抜いていたところだ。
拒否権なんてものはないだろう。想像もつかないが、一つ言えるのはここをトンズラすることも視野に入れておかないといけないってこった。
そうして、俺は食事を済ませてヴォルターの元へと向かった。
懐には机にあった蜜蝋を全部しまい込んでおいた。もしトンズラこいても多少は逃走資金になってくれそうだからだ。
ヴォルターの部屋までたどり着き、その扉を開いた。
久しぶりに入ったが、本当に目玉がじっとできなくなっちまう部屋だ。なんの生き物のものかわからない角、装飾に刃がついてるような短剣、見たこともねえ観葉植物。獅子を閉じ込めておく檻にしちゃ金をかけ過ぎだ。
俺が部屋に入ると、奥で突っ立ってたヴォルターがこちらに気付く。そうして、豪勢な自分のだろう机の上で、手慣れた手つきで陶器の入れ物を触り出した。どうやら飲み物を入れてくれるようだ。最近の獅子は客人をもてなす教養も持ち合わせているらしい。
二つの容器を持ち、ヴォルターは部屋の中央にある長テーブルへとやってきた。一つは自分の前に、もう一つは俺の方において、向かい側の椅子に腰かけた。
「まあかけてくれ。これは他国から取り寄せたお茶だ、飲むといい」
俺は言われるがまま椅子に腰かけた。
お茶なんてハーブや薬草以外だととんでもなく高価だ。俺なら飲むくらいなら売っぱらうんだが、断ったら噛みつかれそうだ。
俺は白い陶器の入れ物を手に取った。表面には青い模様、装飾は細かいが金や銀のような輝きがある。俺は心底驚いたよ。この入れ物だけでとんでもない価値がある。マミアのケツと同じくらいだ。
そして中身の液体を覗き込んだ。色は底が見えるくらいの透き通った茶色、揺らして香りを確かめると森の中に入ったかのような濃い緑の匂いが鼻に突いた。決して良い匂いではない。鼻の穴に丸太を突っ込まれたような匂いだ。
針葉樹のような長く続く清涼感のある匂いではない。甘さの中に、皮をなめす時のような渋みのある匂いがある。ワイン樽にも近い。これは・・・。
「オークか」
「・・・驚いたな。作法も知っていて、それでいて当てるとは」
俺の不意の言葉にヴォルターは目を丸くさせていた。俺はすぐに自分の失態に気付いたよ。
あまりにも価値の高そうな容器を見せられて、俺はリッドではなくなっていた。金目の物を見せられちまうと、どうしても目も鼻も昔に戻ってしまう。
リッドならどうしただろうか。いや、こればかりは想像するのは難しい。であれば、リッドを一度捨てるんだ。
リッドになり切れないなら、相手の感情を読み取るんだ。
俺は一瞬だけ視線を泳がせる。何度見ても金のかかった部屋だ。あの角も、おかしな形をした草も、妙な短剣も、そしてこのテーブルや椅子さえも高価そうだ。
ただ、妙な違和感がある。例えばあの角、単純に金のかかる置物が欲しいなら鹿の頭や熊の剥製でいい。しかし置いてあるのは巨人の一物を切り取ったかのような一本の角だけだ。
金玉みてえな宝石をつけた短剣だってそうだ。財力や権力を誇示したいんだってんなら、もう少し適したもんがある。
マミアの話によれば、ヴォルターは元冒険者・・・。例えばこの部屋が、このおっさんのコレクションルームもかねているのであれば・・・。
そして元々お茶なんてものは薬みてえなもんだ。わざわざ自分で入れて俺に飲めって言うのであれば・・・。
俺はその薄い泥水みてえなものを一口飲み込んだ。




