4話1
早朝、俺が自室でいると、扉から乾いた音が数回響いた。
俺はその音を聞いて、少しだけ警戒する。俺の部屋を訪れる者なんてマミアくらいしかいない。しかし、今日は確か休日だ。
訓練のある日でもマミアが来るのはもう少し後、そして、いつものマミアのノックとは音の雰囲気も、音の発生した箇所も違っていた。
誰だ、こんな朝早くに。俺はゆっくりと扉に近づきながら扉を叩いた主を想像する。何人かの顔がよぎり、一人だけ候補が上がった。
扉に迫る寸前に、俺は一度部屋の奥の机へと視線を向けた。そこには二冊の本があった。そういえば、何か書かれた羊皮紙も少し前に届けられてきていたような。
その可能性が確かならと、俺は軽く目をこすり、髪を両手でかき上げた。そしてさっと首を振り、無造作に髪型を整えた。唇を軽く指でなぞる。良かった、今日もパン生地のように柔らかい。
少しでもその可能性があるのなら、なるべくイイ男でいなければ。いつだってそれが最後に見られる自分の顔かもしれないと考えることができるのが、色男の条件よ。
「待たせた」
俺が扉を開けると、予想は的中した。廊下の窓から差し込む光が、まばゆいばかりに反射する金色の髪。健康的に焼かれた肌、少女のような愛くるしい顔。
扉の先に立っていたのは、書庫の司書であるフィンチだった。
彼女は腰に手をあて、少々不機嫌そうな顔でこちらを凝視していた。朝イチに彼女の顔が見られるなんて、日ごろの行いの賜物だ。真面目にガキどもを見ていてよかったよ。
「説明はしていたわよね?そして、通知も届いていたはずよ」
フィンチが呆れたように答え合わせをしてくれる。やはりあの羊皮紙は本の返却の催促だったようだ。
すまないね。俺にはミミズが這ったあとを描いた絵かと思ってたんだ。
確か、期限は二週間で、その後通知が届き、更にそれを超えればフィンチが直々に訪れる。か。
さて、どうやって言い訳をしよう。そうだな・・・、通知を知っていながら故意に見送ったことにしようか。フィンチが来ると聞いていたのだから。
「ああ、ラブレターが届いてからずっと心待ちにしていたんだ」
俺の言葉に彼女はそれをあの時の再戦だと受け取ったらしい。良かった、どうやらフィンチは朝に強いらしい。朝に強い女はイイ女だ。何故なら男は朝は勝手に準備万端になってるからだ。
不機嫌そうだったフィンチの顔が、見る間に変貌していく。少女のような愛くるしい顔は、大人の色香を出しながら不敵な笑みへ。
俺の胸に手を当てたフィンチは、ゆっくりと俺を部屋の中へと押し戻した。
そして片手で、背の扉を音もたてずに閉める。やはり強かな女だ。しかし、どっちだろうな、逃げ場がなくなってしまったのは。
「本当に待っててくれたの?」
体の前側のほとんどを俺の体に押し当て、手を俺の腰に回し、愛らしく上目遣いで問いかけてくる。以前の戦いで、それが効果的なのだと覚えていやがった。
年上の女が、俺にひたすらの可愛さを向ける。庇護欲を掻き立てるその行動、ただの年下のガキにゃ真似できない。もう既に九割くらい俺の理性を吹き飛ばしている。ベッドも目の前だし、正直に言ってこのまま負けてもいい。
だが、それじゃあ俺の色男としてのプライドが許さない。
「もちろん。君の綺麗なこの髪にずっと触れたかった」
俺はフィンチの頭にそっと手をやる。綺麗で、艶やかな髪だ。優しく撫ぜると俺の方が気持ちよくなっちまう。
するとフィンチが一瞬だけ、ぴくりとすくむような反応を見せた。
俺はその瞬間を見逃さなかった。自らそのスレンダーな体を押し当てるのには何のためらいも、反応もなかったのに、そんな彼女が頭に手をやっただけで・・・。
多分、あまりにも一瞬の、それでいて反射的な反応だったために、彼女自身も気づいていない。
もしかしたら、これは彼女を陥落させる糸口になるかもしれない。俺は即座に複数の弱点候補を決めた。
「誰にでもそうやって言ってるんでしょう?」
いじらしく、潤いを帯びた瞳でこちらを見上げる。近くで覗くと、琥珀を思わせる金色とも茶色とも言える上質な蜂蜜のような色だった。
俺はとびきりのハンサム顔を作って、その双眸を見つめる。
「琥珀って知ってるかい?」
「ええ、樹液の化石。話を逸らすってことは図星なの?」
「まさか、あまりにも君の瞳が美しくて吸い込まれるのを我慢してたんだ。まるで太古の太陽を飲み込んだみたいな美しい色だ。どんな宝石だって君の瞳の前には石くれみたいに輝きを無くしちまう」
俺は優しく腰に手を回し、もう片方の手で彼女の頬をなぞる。
すると彼女は、顔の前の俺の指を掴んだ。
「冒険者ってのは褒めるのが上手なのね」
「そりゃ副業さ。俺は男だぞ。女を褒めるのが本業だ」
「ふふ、じゃあもっと褒めてもらわないと」
お互いの指を絡めたまま手を下ろす。簡素な俺の部屋がまるで舞踏会場だ。密着したままお互いの顔を見つめ、体を揺らす。
「どんなところを褒めてほしい?」
「バカね。それを自分で探すのが男でしょう」
痛いところを突かれる。そりゃそうだ。女に答えを言ってもらう男なんて三流だ。髪を切ったら気づいてやる、メイクを変えたら褒めてやる、いつだって自分の方から気付いてやるのが一流の色男よ。
そして俺は、一流だ。
フィンチは優位に立ったと確信したのか、少々表情が緩んでいる。可愛らしい笑顔だが、全く、気が早い。
彼女は気づいていないようだ。俺がゆっくりと、君をベッドの前まで誘導していたことに。
俺は指をほどいてフィンチの腰に手を回した。そしてもう片方の手を、そっと彼女の後頭部に添えた。
まるで赤子をベッドに寝かせるように、優しく、丁重に、俺はフィンチを押し倒した。
「えっ」
知らぬ間にベッドに追いやられ、ふわりとベッドに着地するのに驚き、そして一緒に倒れてきた俺のハンサム顔が目前に迫るのだ。
唇と唇が重なりそうなほど迫る距離。彼女は驚き小さく声を上げる。
そして彼女は、頬を紅潮させ口を指で隠しながらそっぽを向いたのだ!!
やはり、この女の弱点は、優しく甘やかされること!
無邪気で小悪魔のようで、それでいて手慣れた雰囲気をかもしだすのは!偽りの仮面!
いや、もしかしたらフィンチ本人さえも知らなかったのかもしれない。自分は経験豊富な女だと、信じて疑わなかったのかもしれない。そんな彼女の本性の扉を開いたのは、俺の観察眼と、このハンサム顔だ。
彼女はそっぽを向いてこちらを向こうとはしない。精一杯の防御策。俺の面を見なければ、今一度戦況が元に戻ると思ってやがる。
だが、バカめ。横を向くということは、俺に耳を向けるということ!
女の耳ってのはな、最大の弱点の一つなんだよ!
「どうしたんだ?こっちを見てくれよ」
俺は最大出力の良い声で、優しく、そして甘く彼女の耳元でささやいた。まるで耳に口づけができるほどの近さ。俺の吐息も、声の振動も、全て彼女の耳に届くはず。
「ふぅぅっ、ん」
何かを我慢するようにフィンチの声が漏れる。
「恥ずかしいのか?どんな顔してるんだ?そのままだと、君の可愛らしい耳が大変なことになるぞ」
彼女の息だけが荒くなり、体が小さく震えている。もう彼女の頭の中は、これから自分の耳に何をされるかという期待と不安でいっぱいだろう。
俺はそれに答えなければならない。俺はベッドの上じゃサディストさ。マゾヒストというご主人様を、あの手この手で喜ばせてやるのが俺の役目だ。
きっと彼女は、これから耳元でまた甘く囁かれるか、それとも舌でなぞられるか、それとも噛みつかれるかと考えていることだろう。しかし、俺はそんなことはしない。意識が耳に集中しているからこそ、俺はあえて首筋を狙うのだ。
意識の外からの攻撃、きっと彼女も喜んでくれる。
そうして俺は悪辣な笑顔を零しなら、舌を出す。そして今まさに彼女の首筋に向かおうとしたその時!!
また俺の部屋の扉から乾いた音が数回響いた。
「えっ!?」
俺よりも早く反応したのはフィンチの方であった。
心底不機嫌そうな顔をして頭を上げて、扉の方を睨みつけている。
・・・全く、食えない女だ。




