断章 真相2
心臓が、どくりと嫌な跳ね方をした。それは彼の冷徹な目を見たからか、もしくは触れてはいけないものに手を出してしまったのかもしれないという恐怖からか。
私が彼に依頼したことだというのに、私の悪事に関わった者全て消されている。私は立場もわきまえずに恐怖していた。
ただ、腑に落ちない。この世にいないでしょうから・・・?
彼が自分の手を汚していないのは、その言葉から明白であった。何者かがまた代わりに、その冒険者たちを消したのか。しかしそんなことをしていては、永遠にいたちごっこは終わらない。
そして、ここまで周到に関わった者を消す彼が、部下さえも躊躇なく切り捨てる彼が、安心して最後の仕上げを任せる者とは。しかも、その成果を聞くまでもないというような。
私の戸惑いを、また彼は見透かしていた。
「例えば、自分の家の中に、誰のともわからない足跡があったらどうする?」
「・・・なに?」
唐突な問いに、私は困惑する。何故いまそのような話をするのか、質問の意図がわからず、私は眉をひそめることしかできない。
彼は構わず続ける。その猛禽類のような目を、じっとこちらに向けたまま。
「例えば、その足跡が、自らの大事な我が子を寝かせるベッドの横にまであったなら」
ベッドの横の、足跡・・・。
その言葉に、私の脳裏にもう何十年も昔の記憶が蘇った。
息子が産まれたばかりの、あの頃の記憶だ。跡取りができたことに安堵し、妻を褒めたたえ何度もその頭を撫でたあの夜。何よりも、ここまで愛おしいものがあるのかと驚いた記憶。私のようなものでも、何度も何度も神に願い、そして感謝した。
毎晩寝る前には、その小さな寝顔を確認しなければ気が済まなかった。愛おしい息子に、おやすみの挨拶をするのを欠かしたことはない。
そこに・・・、誰ともわからない悪漢の足跡があったなら?
想像するだけで全身が震える。この例え話を聞いたのが今の私で良かった。もしあの頃の私にそんな話をしたのなら、その持ち主を見つけ出し自らの手でもって首を落とすまで眠ることはできないだろう。
私の表情を伺い、鮮明に想像したのが分かった彼は、また言葉を続ける。
「この世界で最も鼻のきく猟犬の巣に、オレの手下が彼らの私物を置いてきた。猟犬は空を翔け奴らを探し出し、一人残らず仕留めるまで執拗に追いかけることでしょうね」
猟犬、空を翔け、全員を・・・。
その言葉を聞いて、私の脳裏に一つの事件がよぎる。数週間前にあった、王都が震撼するような事件だ。
空を翔け・・・。
数週間前、グリムヴァルドホールドへと向かう乗り合い馬車が、突如として飛来したドラゴンに襲撃され、乗客のほとんどが殺されてしまうという事件があった。
あんな何もない平地に、ドラゴンが突然現れるなど、不可解極まりないと騒がれていたのだ。しかし、ドラゴンという不条理そのものに、そんな考えは通じないと、天災の一つくらいに片付けられたのだ。
しかし、あれは地震や台風というような自然に発生したものではなかったのだ。
彼が、この男が差し向けたのだ。ドラゴンの、我が子のベットの傍らに、足跡を残してきたのだ。
ドラゴンは匂いも、魔力さえも嗅ぎ分ける。どこにいようと、きっと見つけ出し殺すはずだ。ドラゴンの巣に赴いたという彼の手下さえも・・・。
しかし、しかしだ。私の中のほんの少し残った領主としての意志と理性が震えていた。もし、その乗り合い馬車がグリムヴァルドホールドに到着した後であったならば・・・!
私の異変を察知したのか、彼は話す。しかし、今回ばかりは彼の予想は外れていた。
「大丈夫ですよ。何人か誘いに乗らなかった冒険者もいましたが、彼らの物もドラゴンの巣へと置いてきたはずです。この話を知る者はオレと、あなただけです」
「そ、そんなことを心配しているのではない!もし、もしもだ。ドラゴンがグリムヴァルドホールドへと向かっていたらどうするんだ!十万人もの人々の命が、危険に晒されるところだったのだぞ!」
取返しのつかないという規模の話ではない。一国の存続に直結するような話だ。
しかし彼は、私の精一杯の悲鳴のような声にも、まるで雑音のように受け流した。退屈そうに、ため息をつき。
「知らないね」
そう答えた。
私は恐ろしかった。十万人という人間の命さえもなんとも思っていない彼の顔に、そして、危うく私が歴史に名を遺す大罪人になるかもしれなかったということに。
「まあ、オレがその場にいたら殺してやるよ」
すくみ上る私をよそに、彼はあまりにも軽く言葉を零した。
その目を見て、私の頭には一つの恐ろしい魔物の姿が浮かび上がった。
それは、ドラゴン唯一の天敵ともいえる魔物。
ドラゴンよりも空を飛ぶのに長け、絶大な力を持つドラゴンさえも、それこそトカゲか蛇のように引き裂き喰らう魔物。
鷲の頭と翼に、獅子の体を持つ空の魔物、そう、グリフォン。
私は、彼の顔を、その瞳を凝視する。
あの、鋭く冷たい、猛禽類のような目。比喩ではない。彼は本当に、ドラゴンでさえも喰らってしまいそうな、本物の怪物のような目をしていた。
そこで私の頭の中に、もう一つの噂が浮かぶ。そうだ。確か、数日前に流れてきたのだ。その噂は。
「い、いや、確か、馬車を襲ったドラゴンは撃退されたと・・・」
彼の眉がピクリと動く。その瞬間に、ワインセラーの空気がまるで刃物のように鋭く張り詰めた。
これまでの絶対的な無関心とは違う、少しばかりではあるが、しかし明らかな驚きの表情の色があった。
「ドラゴンをどうこうできるようなやつはいなかったはずだ」
彼の口から、先ほどまでの滑らかさが消えている。私は彼を苛立ちを抑えるため、そして自分の動揺を覆い隠すため、早口で言葉をつなげる。
「あ、ああ。乗客もほとんど死んだと聞いた。大丈夫、大丈夫なはずだ。ただの噂だ」
「はあ」
彼は酷く不機嫌なため息を吐いた。
「手駒のほとんどを殺しちまったからなあ」
吐き捨てるように、彼は低い声で誰にともなくつぶやいた。
彼は、周到に殺し過ぎたのだ。自分の手下である盗賊団も、仕事を任せた冒険者たちも、そして伝令のように使っていた手下も皆葬り去ってしまった。その結果、私が唐突に出してしまった噂話の真相を探らせる駒が、足りなくなってしまったのだ。
「まあ、また作ればいいか。では領主、オレはこれで。また何かあればいつでも言ってください」
そうして彼は、私に口角だけを釣り上げる不気味な笑みを見せると、ワインセラーの暗い闇へと消えていった。
私は冷え切った地下室で、テーブルにへたり込みそうになるのを必死に耐えていた。
作者です。断章が続いて申し訳ないです。でもそろそろ入れないと入れる場所がなくなってしまいそうで。




