断章 真相1
地下へと続く狭い石怪談を降りるに連れて、肌を刺すような湿った冷気が私の頬に這いよってくる。
ここは私の屋敷の最深部、我が一族が代々守ってきた地下ワインセラーだ。重厚な鉄の格子扉を開け、貯蔵庫の中の丸テーブルへと足を進めた。小さな蝋燭に光を灯し、グラスに特産ワインを注ぎ込んだ。
この貯蔵庫の寒い温度を紛らわすため?いや、違う。冷え切った貯蔵庫だというのに、私の額には生温い汗がにじんでいた。グラスの細い脚を握る指が、わずかに震えていた。
・・・今回接触を試みてきたのは彼の方からだった。おおよそ、私が依頼した仕事の完了報告だろう。
この場所を指定したのは私の方だ。ほんの少しの惨めなほどの勇気を振り絞って、私が彼をここに呼び出したのだ。地上には私の巨大な屋敷と、大勢の私兵たち。そしてこのワインセラー。せめて私の領域とも呼べる場所に彼を呼び込むことで、少しでも彼と対峙した時に平静を保とうとしたのだ。
私は手に持ったワインを一息に飲み込み、悪事の全貌を反芻していた。
私の治めるアッカーコルンは、広いグリムヴァルドの中でも随一の穀倉地帯だ。まもなくあたり一面の黄金の畑が収穫時期に入る。その季節を前に私は大きな計画を動かしていた。
私は裏で悪党集団を飼い、近隣を往来する他国の商隊や、競合する他領の交易馬車を襲わせていた。彼らの物流を滞らせて、麦の価値を高めるためだ。そうすれば、もうすぐ収穫時期になるアッカーコルンの麦は莫大な金へと変貌する。
しかし、そうなれば多くの視線が集まるだろう。嫉妬する他の権力者たちに嗅ぎまわられることもあるだろう。私の飼っていた悪党集団と、私との関係が明るみに出るかもしれない。だから、消さねばならなかったのだ。
そのため、私は彼を雇ったのだ。
私のような一部の権力者や特権階級しか知らない怪物。冒険者でありながら、公にできない裏仕事や汚れ仕事を生業とする、彼を。
不意に、部屋の隅の、蝋燭の光も届かない漆黒の闇が、まるで生き物のようにうねった。鉄の扉の軋みも、足音さえも聞こえなかった。ただ、そこにあった影から、まるで産まれてくるように彼が現れたのだ。
私が自ら選んだはずの領土は、彼が現れた途端にまるで別世界かというように変わってしまった。
埃っぽい酒樽の匂いは、彼が近づくたびに淫靡で危険な香りに塗り替えられていく。ゆっくりと、私の前へと近づいてくる彼に、私の心臓は早鐘のように鳴り響き警告を発していた。
彼の目が私を見つめる。それはまるで猛禽類のような目だ。爬虫類のそれとは違う、自分以外は餌か、そもそもに興味がないかと言うほど冷たく、鋭い目だ。
テーブルを挟み、私の前に立つ彼に見つめられると、喉は乾き息をするのも忘れそうになる。
このままでは完全に彼に飲まれてしまうと、私はグラスに今一度ワインを注いで、軽くグラスを掲げてみせた。
家督は息子に譲って久しいが、未だこの豊かなアッカーコルンの領主はこの私だ。私はその自負を乾いた喉から絞り出し、余裕を装いあえて無関係の話を切り出す。
「昼間ではなくて残念だ。収穫を待ちわびるアッカーコルンの麦畑は君もきっと感動するよ」
せめて私の愛するアッカーコルンの素晴らしさを誇って、未だ私の精神は敗北していないことを示したかった。
彼はその薄い唇から、低くなめらかな声を出す。
「ええ、見事な黄金色でしょうね・・・。風に揺れる穂の音は、道すがら嫌になるほど聞こえましたよ」
彼は無感情に私の話に乗って見せた。きっと昼間に自慢の麦畑を見せても、彼の冷たい目には雑草のようにしか映らないのだろう。
私は、もう本題に触れるしかなかった。
「その、良かったのか?君の、盗賊団も潰すことになったようだが」
私は、恐る恐る問いかけた。彼がどうやって悪党どもを消そうとしたのかまでは知っていた。偽の情報を流して、近隣の山賊や盗賊など悪党ども全てを同士討ちさせたのだ。その中には、私の飼っている悪党集団はもちろん、彼自身が裏仕事を手伝わせるために組織していた盗賊団も含まれていたのだ。
私の問いかけに、彼は表情一つ変えもせず、さも退屈そうに答えた。
「丁度良かった。最近名前が売れすぎて困っていたんだ」
声色には、哀れみも躊躇もなかった。彼は自身が率いていた盗賊団の部下たちすら、ただの使い捨ての道具として処理したのだ。私だって同じものだが、それでも彼の冷徹さに再び背筋が寒くなる。
ただ、私の知りたかったことはその先だ。同士討ちをして数を減らしたとは言え、何人かは生き残るかもしれない。もし、一人でも私の飼っていたものが逃げれば、私の悪事が日の光に当たるかもしれない。
「本当に全員始末できたのか?どうやって」
「オレの手下に、冒険者組合からの悪党退治の仕事だということにして、何人かの冒険者を雇わせました。数の減った悪党どもをしらみつぶしにするだけの、簡単な小遣い稼ぎの仕事とでも思ってくれたことでしょう」
淡々と彼は説明してくれた。しかし、未だ私の不安はぬぐい切れない。では、例えばその雇った冒険者というものたちが、仕事に対し不審を持ったらどうするのだ。冒険者組合からの仕事ではないと知れば、それこそ捜査の手がいずれ私に及ぶかもしれない。
彼はもしかしたら心まで読めるのかもしれない。私が不安を持ち始めると、彼は口角だけ上に釣り上げた。
「ご安心を。もう、その冒険者たちもこの世にはいないでしょうから」




