断章 守護星座で占いをしよう1
教室に入ると、何人かの女性訓練生が集まっていた。中心にはカーラが居て、一冊の本を机に広げていた。隣にはフウとミリアが居る。三人ともその本を難しそうな表情で眺めていた。
私に気付くと、カーラはにこやかな笑顔で手招きをした。
「ピオニア、アンタもこっちに来なよ」
私は言われるがまま、カーラたちの元へと足を運ぶ。
「何を見ているの?」
人の世界に来て多少は理解できるようになったが、私は字があまり得意ではない。級友たちを悩ませるものの正体を知るには、そう問いかけてみるしかなかった。
「えーと、なんだっけミリア」
「守護星座から見る男女の相性占い」
カーラが聞くと、隣のミリアが開かれた本に視線を落としながら答えた。カーラも文字は得意ではないらしい。カーラが目の前に本を出しているから、てっきりカーラの持ち物だと思ったのだけれど。
「そう相性占いさ。書庫のフィンチの姉御にすすめられてね。でもアタシゃちょっと字が疎くてミリアに聞いてたのさ。フウは文字の勉強にって」
守護星座・・・。この世の全ての者はなんらかの星座の守護を受けて産まれる。それらは神話の時代よりも少し後の英雄を司った星座が九つあり、そのうちの戦士、魔術師、盗賊の三つは三大守護星座と呼ばれる。
昔の人は、戦士の星座の守護を受けた者は勇敢で力自慢となり、魔術師の星座の守護を受けた者は知的で探求心に富み、盗賊の星座の守護を受けた者は手先が器用で身のこなしが俊敏になる、という言い伝えを信じていた。というくらいは私でも知っている。
ただ、最近ではあまり深くは信じられておらず、このように占いなどに使われたりするみたい。
「それで、トゥーモとのことを占うってこと?」
「ぶふっ、なんだいアンタも知ってんのかい。まあ知られて困るようなもんでもないけどね」
私が言うと、カーラは吹き出しながらも笑顔を見せた。
知ってるも何もと私が言おうとすると、
「カーラは分かりやすすぎる」
と横でフウが表情も変えずに呟いた。
その通りだ。いつも元気でにこやかなカーラが、トゥーモの前だけでは大人しくなってしまうのだ。私のようなものでもすぐにわかってしまう。そう思い、私も少し笑みを零してしまった。
「あら、アンタやっぱり笑うととびきり美人だねえ。アタシが男ならほっとかないよ」
カーラは私の顔を見てそう言った。
私が?と、心底疑問に思った。私なんかより、この三人の方がずっと美人なのに。
それなのに、横でミリアが目を閉じて何度も頷いている。ミリアは物静かで、知的な女性だ。そんな彼女が冗談めいてそんな反応をするわけが・・・。
フウは、と言えば、机に顎を乗せて私の方には見向きもしていない。この子は分かっているだろうから。
「ありがとう。でも、私よりも美人な人に言われても」
「は、はあ?アタシがアンタより美人だって?」
私が正直な気持ちを伝えると、カーラは驚いて目を丸くさせた。それも不思議に思い、私は思ったことを話してみる。
「だって、カーラの髪はとても綺麗。冬の暖炉のような温かい赤毛、いつも明るくて元気なカーラにとてもよく似合っている。傍にいるだけで回りに温もりを与えるようなそんな色。花畑にいれば、蝶だって間違えてカーラに止まりそう」
「え、お、お止しよ。そんなこと言われたことないから照れるじゃないか」
カーラは頬を紅潮させて視線を泳がした。言われたことがないだなんて。そんなのはきっと私に気を使っているからだろう。
隣でミリアも何故か顔を赤くしている。だから、
「ミリアだって、太陽から取った絹糸を神様が織り込んだみたいな綺麗な黄金色。あなたが動くたびに天使の輪が踊っているみたいに光を放つ。月の女神があなたを見たら、太陽に嫉妬しちゃうかもしれない」
そう伝えると、ミリアは慌てたように表情を変化させた。
「ちょ、や、やめてよ」
「何故?」
私は本当に分からなくて呆気に取られていた。すると、フウが机に顎を乗せたまま私に言ったのだ。
「ピオニア、二人は人間。ボクたちは獣人。価値観が違う」
彼女の言ったことに私は驚いた。もしかして人間というのは体毛の色を気にしないというのであろうか?
これだけ美しい二人の髪を見ても、人間の男というのは美しいと思わないのだろうか?
そう考えていると、フウが言葉を付け足す。
「人間は、美しいと思うことが人それぞれ違う。もちろん皆に共通する美しさもあるけど、ボクたちみたいに毛の色や毛並みだけで美しさが決まるわけじゃない。それ抜きにしても二人は美しいけど」
「そ、そうなの?」
「フウまでやめなさい。え、と、つまりピオニアはその白い毛を気にしてるってこと?」
そう確信をついたのはミリアであった。
気にしているという尺度の話ではない。獣人にとって白い毛というのは、不吉や凶兆、忌むべきもの全てを窯に入れて混ぜたようなものだ。水面やガラス、私の姿が何かに移りこむたびにいっそ自らの首を切り裂いて真紅に染め上げてしまおうかとも思ってしまう・・・。
私が胸を締め付けられていると、
「それが綺麗だっていうのにかい?」
カーラがそう言った。私が何も言えずにいると、そのまま私の方を向いてカーラが言葉を続ける。
「獣人のことはアタシゃ知らないけどさ、その大きな目に宝石みたいなブルーの瞳、綺麗な形の鼻に可愛いお口、そんでそんなお人形さんみたいな顔乗っけてるのがスタイル抜群の体と来てる。アンタはここじゃ誰もが羨む美人なんだよ。わかんないならアタシが襲ってやろうかい?」
カーラは両手を私の方に向けて何かを掴む動きをした。
「そうよ!もう我慢できないから触るわね!」
カーラの言葉に胸を打たれる私の髪に、尾に、ミリアが有無を言わさず手櫛を絡ませてきた。それはあまりにも突然の出来事で、私は声を漏らしそうになる。
それはいつものミリアではなかった。私の全身をしらみつぶしに撫ぜるミリアの指先は、一切の遠慮がない。
「ちょ、なにこれ!毛先まで全然引っかからないし艶が凄い!孤児院の子がずっと触ってた理由がわかった!」
いよいよその手つきに激しさを増したため、私は我慢ができなくなっていよいよ声を漏らしてしまった。
「あ、んんっ」
「ミリア、ダメ。大人の獣人にとってそれは、男女の行為」
ミリアを制したのはフウの落ち着いた声であった。
「・・・え?え!嘘!?ごめん!」
慌ててミリアは手を引っ込め、顔を紅潮させていた。あと少しフウが止めてくれるのが遅かったら、私のこの白い毛さえも、もしかしたら赤く染まるところだったかもしれない・・・。
「いや・・・、獣人とか人間とか関係なく今のはダメさね。色々と・・・」
「あ、はは。子供がずっと触ってたし、いや子供だからよかったのか」
カーラは呆れた顔を見せ、ミリアは少し申し訳なさそうにしていた。獣人にとって体毛とは、ただ体を覆っているだけのものではない。
それは誇りであり、最も大切な物の一つ。親が子供の毛を愛情深く触ることもある。子供が親の毛に触れて安心することもある。お互いに毛づくろいをして、絆を深めることもある。それが成人した者同士なら、とても親密で愛情の籠った行為となる。
無遠慮に触れてくるミリアの手に、私は恥かしさと気持ちよさを感じていた。でも、嫌ではなかった。・・・もちろん、そういう、とても親密な快感とかではなく、私が忌み嫌うこの白い毛を、何の偏見も無く綺麗だと触ってくれたことに、少しだけ救われたような気持ちになったから。
ここではもしかしたら、この白いけも、少しは嫌いじゃなくなるかもしれないと思ったから。
「しかし、フウはその・・・、獣人なのに人間のことも獣人のこともよく知ってんだね?」
カーラがフウの方を向く。するとフウは一度私の方を向いて、ゆっくりと瞬きをした。
「・・・ピオニアもボクも、名無しだから」
「名無し?フウもピオニアも?」
ミリアが交互に私たちの方を見た。カーラも理解できていない様子であった。
多分、フウがこちらを向いたのは、一つの合図であった。名無し、つまり、氏族名も家族名も名乗れない者。フウは、私のような白い毛ではない。
まるで濡れた烏の羽根のような、光沢のある美しい黒。漆黒の闇のような美しい黒髪に、陽の光が当たると、まさに闇夜に煌めく星空のよう。
そんな美しい彼女が、名無しになる理由なんて一つしかない。人間への理解が深いのも頷けてしまう。彼女は・・・。
「大丈夫。そういうことはされていない。良い人だった」
「そ、そう・・・」
憶測が飛び交う私の思考をフウは停止させた。でも、彼女がそういう境遇であったのは獣人にはわかってしまう。絶対に、そうなった経緯があるのだ。
私は何も言葉が出ずに固まるだけであった。
そんな私を見てか、カーラが少しだけ慌てた様子で切り出した。
「へ、変な空気になっちまったね。そういえば占いの話だったんだよ。ミリア、読んでくれるかい?」




