3話14
「ハンドラー、やっぱりオレの思ったことは間違ってなかった。ハンドラーについて行きゃ、オレは冒険者になれる」
そしてリーチが真っ先に円の中へと戻ってきた。そこにはクソガキの顔も、良いアニキ分の顔さえもなかった。もちろん先ほど孤児のガキの言葉を聞いて見せた困惑と恐怖の顔も無い。
良い面構えをしてやがった。胸の前で拳を叩き、真剣な表情で孤児のガキの方を向く。
「もう一回だ!お前ら今日はとことん遊んでやるからかかってきな!」
それでもまだ少し、アニキ分の顔は取っ払えてはなかったようだ。リーチが呼ぶと、遊び方を理解している孤児たちは我先にと四人円の中へと走ってくる。
「にいちゃんまだ遊んでくれんの!?」
「またすぐ倒しちゃうよ!?」
孤児たちは笑顔を見せながらリーチへと向かっていく。
それを見て、他の孤児のガキ共が羨ましそうにうちのガキの方へと視線を向けていた。まだうちのガキにはこいつらがゴブリンに見えてるやつもいるようだ。少しすくんじまって、二の足を踏んでいる。
だが真っ先にゴブリンの幻影を取っ払えた奴がいた。それは意外にもレオンであった。お坊ちゃんのくせに、良い顔して堂々ともう一つの円の方へと向かった。
「ゴブリンの体格と力は多分この子たち以上、牙もあれば武器も持っている・・・、レスリングと称したのは誤った方向へ意識を誘導させ力比べに持っていかせるようにしたのか。確実に多数を相手にした戦闘の難しさを理解させるため・・・。つまり、大切なのはその逆、そもそも組み合うということ自体が間違いだったんだ。じゃあ・・・」
またぶつぶつと何か喋りながらレオンは自分の世界に入っている。孤児のガキの方が俺の顔を見て様子を伺っている。俺は良いからもうやっちまえと顎をレオンの方へクイと向けた。
「次は俺ラにやらせてくれ!」
「待ちなよジェット、今度はアタシにゆずっとくれよ」
「お、オレもやりたい。さっきは走ってただけだったから」
何か火がついたようで、うちのガキ共まで孤児たちのように順番を取り合うようになっていた。ゴブリンの幻影はもうどっかに行っちまったらしい。
「ハンドラー、よろしいですか?」
また騒がしくなってきた横で、マミアが俺に話しかける。
「なんだ?」
「ハンドラーには、冒険者としての師のような方が居たのでしょうか?」
マミアには似合わない怪訝な表情でそう問いかけてくる。綺麗な顔なんだ。そんな眉間に皺を寄せるもんじゃない。跡が残っちまう。
そんな者いるわけがない。なんせ俺が冒険者になったのはついこの前なんだ。
ただまあ、師匠みたいな人は居たさ。剣の振り方から女の口説き方まで教えてくれた人がな。あとは、ファミリー全員が俺の師匠みたいなもんだ。盗賊みたいなもんにとって、何かしら教えてくれるやつは誰でも師匠よ。
「どうしてそう思った?」
「いえ、本来ハンドラーになっても、皆何を教えればいいか迷うものです。冒険者というのは、それぞれ適性や手法、流儀みたいなものが違いますから。しかしあなたは、ハンドラーは、とても適切でしかも簡潔に冒険者として知るべきことを教えられます。ですので、それをハンドラーに教えた師のような方がいらっしゃるのかと」
ほらみろ、他のハンドラーってやつも困ってるんじゃないか。そりゃいきなりガキを前に持ってこられて、鍛えろって言われてすぐに考えつくもんじゃねえよ。
「いんや、そんな者はいねえよ。だが、それ以外のことを全部教えてくれた人は居たがな」
「そうなのですね。その方は今はどうされているのでしょう?」
マミアの純粋な疑問が、俺の胸に突き刺さった。ダメだ。マミアの前でこんな面しちまったら嫌われちまう。拳を握る力が強くなるのを感じながら、どうにか俺は感情を抑える。
声は震えちまうかもしれねえ。しかし、どうにか悟られないように。
「多分、もう死んじまった・・・」
そう零した後にすぐに後悔の念が押し寄せる。それは、そんなことを馬鹿正直に答えちまったことに対してか、それともそれを聞いたマミアの顔も後悔の表情を浮かべたためか、俺にはわからない。
「あ・・・、申し訳ありません。私、とんだご無礼を・・・」
「いや良いんだ。気にしないでくれ。盗賊にゃよくあることだ」
マミアの言葉を遮るように俺はそういった。できるだけ柔らかい表情につとめて。それ以上は、マミアが自分自身を責めちまう。
「ハンドラー・・・」
マミアはそう呟き、黙ってしまった。ダメだ。その顔を笑顔にできる言葉を今は持ちあわせてはいない。色男失格だ。
そうして少々沈黙が続くと、それを遮る者が現れる。
神妙な面持ちで俺に近づいてきたのはザメルであった。まだ何か俺に不満があるのだろうか?今はマミアのことで忙しいというのに。空気の読めん男だ。
「あの、先ほどは失礼いたしました!」
「ぬ?」
意を決したような表情で頭を勢いよく下げるザメルに驚き、変な声が漏れてしまう。マミアに聞かれてはないよな?
「ハンドラーの意図を理解できなかった自分の蒙昧さに腹が立ちます!そして無礼を働いたボクに対して機会を与えてくださろうとしたハンドラーの真心にただただ感嘆しております!」
先ほどとは随分な変わりようだ。ザメルの手首は柔らかいらしい。すぐに手のひらをくるくると返せるようだ。
「あー、頭上げろ。そんなんじゃねえ。ほら、お前が生意気だったからだよ。だからお前の番でガキにネタバラしさせただろう?」
「更には気取らず・・・、なんと気高い・・・。どうか今一度ハンドラーに師事することをお許しください!」
多分俺は今とても不細工な顔をしているだろう。こいつもなんだかレオンと同じような匂いがする。
そもそも貴族のような気配もあるし最初からあまり得意な奴じゃなかったんだよな。そして今はどうか知らんが俺に生意気な態度をとっていたのだ。
俺がもし許さないとここで斬り捨てたらどうなるだろう?とても興味がわく。
「ふふ」
すると隣でマミアが小さく笑顔を零していた。もう切なそうな表情はしていない。一連の会話が少々マミアの何かを刺激したのであろうか。
彼女が笑顔になるということは何よりも代えがたいものだ。
「許すも何も、俺はハンドラーでお前は訓練生だろう?さっさと子供の相手してこい」
「は、はい!」
そうしてザメルは笑顔でガキ共の方へと戻っていった。俺も大人だ。別にガキの生意気な態度なんて本気にしないさ。
「お優しいのですね」
とても愛くるしい表情で俺の方を向くマミア。やはり君には笑顔が一番よく似合うよ。
そしてガキ共は日が暮れかけるまで庭で取っ組み合いをやっていた。全員真摯に子守りをしてくれていたよ。あまりにも本気でやるもんだから、少々孤児のガキ共は不満そうだったがな。さっきまで真正面から遊んでくれていた相手が、急に本気で逃げ始めたんだ。組み合いにも応じず、隙を見せたら一人また一人と担がれ円の外に運ばれる。
そろそろいい時間かと思ったころ、アリアが俺たちのことを確認するために庭に出てきた。それは驚いた顔をしていたよ。全員地べたに寝ころんで虫の息だったんだから。
「そろそろ良い時間ですね。皆さん集まってください」
マミアが号令をかけると、まるでグールか何かかって足取りでガキ共が集まってくる。
それを見て、孤児たちも何か感づいたのだろう。俺やマミア、うちのガキ共の顔を焦った表情で見回していた。
「もう、帰っちゃうの?」
一人の孤児が俺の方を向いてそう行った。今にも泣きだしそうな表情だ。それだけ急に出て行ったアニキ分が帰ってきたことが嬉しかったんだろう。
小悪党だったが悪役になるのは慣れてないんだよな。その上こんなガキを悲しませるのも趣味じゃねえ。




