3話13
片方の円にはリーチが、もう片方にはカーラが入っていった。ジェットに続いてうちの腕っぷし自慢の二位と三位ってところか。どっちが二位ってのは言わないでおこうか。リーチが拗ねてしまう。
そして俺が合図しないでも、勝手に取っ組み合いが始まる。リーチはしばらく慣れたように孤児たちをさばいていたが、一度組み付かれると蟻のように群がる孤児たちになすすべもなく倒される。
カーラの方は健闘した。小柄で孤児たちとほぼ大差ない体格だったが、リーチの剣を受けるだけはある。真正面から孤児四人を押し返そうとした。ジェットと違って脚にしがみつかまれる、よじ登られるということが無かったため純粋に力比べができたのも大きい。しかし孤児たちが腕や服を引っ張り始めて慌てだし、それからすぐに倒された。
続いてはピオニアとミリアだった。ピオニアは機転を利かせ、その軽い身のこなしで一人ずつ標的を絞り、素早く抱きかかえて円の外へと運んでいった。二人円の外へと運びだすと、あとは簡単であった。片方を抱きかかえ、もう片方をぐずる我が子をなだめるように優しく抑え、共に円の外へと向かった。
ミリアの方はというと、少々気の毒であった。服を引っ張れば動きを封じれると孤児たちは学んだようだ。四方から服を引っ張られ、また慌てだしたところを突かれて倒されてしまった。そこそこ将来有望そうな見てくれをしてるのに、服は乱れて顔には土がついちまった。どっかのお姫様って言われてもなんら問題ないミリアがあられもない姿になっているのを見て、カーラが慌ててトゥーモの首を自分の方にねじっていた。やめてやれ、死ぬぞ。
そしてそのトゥーモとレオンの番になる。貧相な二人だ。特に何もできずに孤児たちに倒されてしまった。次にリオが入るが、この小娘もカーラの次に小柄だ。ピオニアを真似て一人を抱えて円の外に出ようとするが、ガキの重さってのをあまり理解できていなかったらしい。50ポンドの樽ならそれくらいは運べたかもしれない。しかし、50ポンドのガキなら話は別だ。ピオニアほど身長があればまた別だが、リオには重かったようで、持ち上げて逆に動けなくなったところを群がられて倒されてしまった。
隣の円じゃガバルが黒い尾を振り回しながら走り回っていた。孤児たちはその尾に向かって走り、ぐるぐる狭い円の中を追いかけまわっている。珍しくガバルの無表情が少し緩んでいる。賢そうな面してると思ってたのに、どうやら犬に戻っちまったようだ。ほっとこう。
もう一つの円ではフウが同じように走り回っていた。いや、跳ね回っていた、か。華奢で小柄だが、運動神経はピオニアと大差ないようだ。狭い円の中でも家の中を縦横無尽に跳ね回るネコのように動き、孤児たちを翻弄する。流石は獣人ってところか。ただどうやら飽き性のようだ。しばらく跳ね回ったかと思うと、突然動きが止まって孤児たちに群がられて倒された。こっちはガバルと違って尾でも顔でも考えが分からん。本当にネコを見ているようだ。
フウが円から出ていくのを確認して、ガバルの方を振り向くと、いつのまにか円の中で倒れて息を切らしていた。孤児たちはというと、一切疲れを見せず次の獲物を今か今かと待ちわびているようだ。
まあ、孤児院暮らしで遊び相手にも困っているはずだ。この機会を十分に楽しもうと体力の限界まで遊んでくれるだろう。
そしてエイケがそこに入っていく。こいつも華奢だ。それを自分でもわかっているのか、なるべく取っ組み合いにならないように一人に標的を絞ろうと動き回るが、こいつも服を引っ張られ始めて動きが止まる。
・・・おかしいな。レオンもトゥーモも貧相だが、服を引っ張られたくらいじゃなんともなかったのに。エイケは過剰すぎるほど反応し、そして倒された。まあ、年頃なら男だって恥ずかしいか。まだ毛も生えそろってないかもしれんし。モノにも自信がないかもしれん。
さて、残るは・・・。
「あとはお前だけだが?」
そして俺は一人のガキに声をかける。ザメルだ。
「・・・こんなことが訓練というのですか?まだ人形を相手にした方が訓練になると思うのですが」
ザメルは俺の方を真っすぐ向いて反抗した。全く、俺はドラゴンを撃退した冒険者様だぞ。そんな冒険者様がやれって言ってるんだからすんなり聞けってんだ。
「はあ、ハンドラー命令だ。やってみろ」
「ふん・・・」
ザメルは不機嫌そうに円の中へと向かう。
さて、全員終えたことだし、そろそろネタバラしと行こうか。俺は隣の円の方で暇そうにしている孤児のガキに近づいた。
そして先ほど円を描くのに使った木の棒を渡して、小声で耳打ちした。
「すまないがお願いがあるんだ。いいかな?」
「うん。なあに?」
そうして俺はガキに一つ頼んだ。それはとても簡単なことだ。あのお兄さんが倒れたら、木の棒を首に向けて一言笑顔で言ってほしい。たったそれだけだ。
ザメルの方を向くと、既に戦いは佳境に入っていた。二人の孤児が両脚にしがみつき、一人は腹を真正面から押し、一人は背中を引っ張る。ジェットの時と同じ状況だ。
もちろん孤児のガキを怪我させても良いってんなら、振りほどくことはできるだろう。それでもあのガキは分かったはずだ。自分より小柄な者でも、一度に取りつかれたら簡単に身動きできなくなるってことをな。
「う!うわっ!」
情けない声を上げてザメルは尻もちをついた。
そして、俺の言伝を預かったガキは、それを確認するとゆっくりとザメルの方へと歩いていった。
突然木の棒を持って歩いていくガキに、その場の全員が視線を奪われる。
ザメルに近づいたガキは、ザメルの首へと木の棒を向けて少し考えるような素振りをする。そして俺の伝えたことを思い出せたことに安堵して笑顔になり、そのままザメルに言い放った。
「えーと、あ!僕たちがゴブリンだったらどうなってた?」
一瞬、静寂がその場を包んだ。しかし、直後ザメルの小さな悲鳴がそれを切り裂いた。
「ひ、ひぃっ」
無理もない。ザメルの目には、首に向けられた木の棒は短剣か石斧に見え、孤児のにこやかな笑顔は下卑たゴブリンの顔に見えたはずだ。
それが伝染するように、周囲を取り囲むうちのガキ共にも小さな声が上がっていく。
さっきまで騒いでいたのが嘘のように、みるみる表情が変わる。音まで聞こえてきそうなくらい血の気が引いていた。
「ちょ、ハンドラー」
「おえっ」
「待って、待って」
色とりどりの反応を見せてくれてとても面白い。どこまで想像ができたのだろうか?中には気分が悪くなっちまった奴もいるようだ。
勘の良いガキは好きだよ。どうやら俺の意図が皆理解できたらしい。
「ハンドラー、あなたが隠していたことはこれですね?」
マミアが俺に聞いてくる。まあ隠していたと言えば隠していたか。正直に孤児のガキ共をゴブリンに見立てて訓練する、なんてことは言えないからな。うちのガキにも孤児院側にも。
「まあな。さて、お前ら。ゴブリンをもうぶっ殺せるとかも言っていた奴もいたな。2、3匹はやれるって?ガキを連れて円の外へ出ることができた奴もいたが、それでも分かったはずだ。一度に体に取りつかれたらどうなるかってのは。あいつらはそれを知っている。剣を突き刺しゃ喜んで自分から深く食い込ませて腕を取ってくる。体にしがみついた仲間を見れば、仲間ごと叩き斬ってくる。今回は遊びってことだったし、しかも相手はガキだ。本気でやりゃ話は変わっただろうが、それでも多少は数の怖さってのが分かっただろ」
俺がそう言うと、うちのガキ共は暗い顔で少し黙っていたが、すぐさま表情を変えた。
・・・なんだ?俺は猛烈な違和感が沸きあがる。それはガキ共の表情を見てだ。
確かに怖さくらいは教えてやってもいいかもしれんとは思っていた。だが、それと同時に生意気なガキ共をビビらせてやりたいとも思っていた。現実を知らないガキが大言壮語を吐き散らしているのにイラついていたから。
だから多少は反感を抱くだろうとも思っていた。理解できずにまだゴブリンを何匹も殺してやると豪語するやつは出てくると思っていた。
だが、なんだその顔は?まるで決意を硬くするようなその真剣な表情は・・・。




