3話11
そして隣で俺の言葉を心待ちにするマミアの評価も上げておきたい。盗賊みたいな者は欲張りなんだ。手が届きそうな物には、全部手を伸ばしちまう。
俺は冷静かつ淡々と話を始めた。
「冒険者を目指す理由ってのは人それぞれです。ですが、冒険者の仕事ってのは常に誰かを助けることに繋がってるんです。俺はまず、彼らに孤児院の子供たちと触れ合って、自分たちがこれから冒険者となって仕事をこなすということは、あの子たちのような者を守るということに繋がるんだということを知ってほしいと思ったのです」
そこで俺は一度言葉を切った。二人の表情を確認するためだ。そしてあえて言葉に熱を宿すように徐々に語気を強めていく。
そのまま熱い教官を演じてもいい。しかしそれではガキ共の命よりも栄誉や名声ってものの方を重んじるただの冒険者様に成り下がる。自分の命よりも、何かを守って死ねというような英雄願望を植え付ける教官に。
それじゃあダメだ。
ここまでは、俺が訓練学校という組織に命じられて、仕方なくそう言っていたと思わせるんだ。そして、この男の本心は次の言葉であるのだと錯覚させる。
今まで冷静を装っていたと思わせるのだ。本当はこの言葉を強く訴えたいのに、この男は圧力により大きな声では言うことが叶わないのだと誤認させる。
アリアは出て行ったガキの無事を毎夜願うような女だ。マミアはヴォルターと同じく、ガキ共が少しでも生き残ってくれるようにと考えているような女だ。
俺は少し俯き、言葉を続けた。
「後はな・・・、俺は彼らに生き残ってほしいんだ。冒険者ってのは常に命の危険と隣り合わせだ。栄誉や名声に目が眩み、身の丈以上の仕事を請け負って死んじまう。だが、自分でも守れる物があるって分かりゃ、生き残って冒険者を続けた方が、より多くの物を守ることができるって気づいてくれる。無謀なことをしなくなる、ってそう思ったんだ」
俺は冷静さを欠いたように、わざとさっきまでの丁寧な口調を崩して話した。その方が、取り繕っていない俺を演じれるからだ。耳心地の良い言葉ってのはな、少し汚い言葉の方が刺さるんだ。
そして言葉の終わりに合わせ、顔を上げて真剣な表情でアリアを見つめた。ハンサムな俺の顔が向くんだ。効果は絶大だろう。
更に、これはいけないと焦る表情を見せてやる。本心を零すことによって、自分の立場が危うくなってしまうと心配するような表情だ。
マミアに少し目配せし、アリアの方を向く。
「あ、いや、失礼した。今のは違うんだ。孤児院の子供たちと接して、彼らに冒険者としての自覚を持ってほしいと思ったのです。まだ訓練生という立場ではありますがね」
目を泳がせわざとらしく取り繕う。その視界の端で、アリアの顔が安堵の表情を見せるのをしっかりと俺は確認した。そしてマミアも、少々の笑顔を零す。つまりは、成功だ。
「・・・未だあの子のことを心配する気持ちはありますが、どうやらあの子はとても良い方に師事することができたようです。どうかリーチのことをよろしくお願いいたします」
アリアがそう呟いて頭を下げた。
「いや、俺なんか・・・。それよりもここでのリーチのことを教えてくれますか?うちじゃ結構なクソガキでしてね。でも孤児院の子供たちの反応を見る限りとても良いアニキ分だったようだ。少しあいつのことが気になったので、よければ」
勿論、リーチの孤児院でのことなど俺は興味はない。しかし、アリアはリーチのことをとても大切に思っている。警戒心を解くのには一番良い方法だ。相手の大切なものの話をさせるってのはな。
「まあ、あの子が?それでは・・・」
アリアは信じられないと言った表情を見せると、リーチの孤児院でのことを話し始めた。
自分が見習いだった頃に、回転扉に預けられていた赤ん坊がリーチであったこと。上の子がすぐに居なくなったため、リーチが孤児院では長い間最年長であったこと。自分が食べ物を我慢し孤児たちに分け与えると、今度はリーチが食べ物を自分に渡してきたこと。面倒見がよく他の孤児たちの世話を進んで行い、そして掃除や洗濯などなんでも率先して手伝ってくれたこと。
そしていつしか、冒険者になると言い出したこと。冒険者というのは危険だと止めようとすると、リーチは初めて自分に反論してきたということ。
訓練学校で少しヤンチャになったのは、もしかしたら兄というような存在や、甘えられる相手が欲しかったのかもしれないということ・・・。
しばらく俺は、アリアの話を取り繕った笑顔で相槌を打ちながら聞いていた。女の話を上手く聞くコツさ。余計なことを言わずに、笑顔で静かに聞く。
「ああ」とか「そうだな」とか、適当に共感していればいい。それだけで勝手に相手は話を続けてくれる。だから、俺は終始適当に話を聞いていた。・・・はずだ。
「すみません。私、とても長くお喋りを」
ある程度話すと、アリアは少々恥ずかしそうに顔を赤らめて謝罪した。良いんだ。その顔が見れただけでも得をした。
「いや、とても良い話を聞かせてもらいました。あいつが悪さをした時にでも使わせていただきますよ」
俺がまたにこやかに冗談を言うと、アリアはその綺麗な顔を少し俯かせる。
「・・・私は神に仕える身だというのに、あなたに少し嫉妬しています。あの子があなたには、年相応の姿を見せているのだと思うと・・・。あの子が悪さをしたことなどありません。わがままも、冒険者になりたいと言いだしたこと以外は一つもありませんでした。あの子にずっと無理をさせてきたのではないのかと、私は悔やんでおります。今日あの子の顔を見た時、帰る時にはいつでも帰ってきていいのですよと声をかけようと思っていました。ですが、あなたとお話をして、自分のしてきたことが本当にあの子のためであったのかと」
震えるようなアリアの言葉を遮るように、俺は立ち上がった。勿論アリアも、マミアもこちらを見る。
俺は背を向け、部屋の入口まで歩いていった。そして部屋から出る直前、
「あいつは分かってる。あんたの優しさも、あんたの苦悩だって。帰る時に言ってやってくれ、いつでも帰ってきていいって、きっと喜ぶからよ。ちょっとガキ共見てくるよ。ちゃんと子守りしてるか確認しないとな。マネージャー」
「はい、ハンドラー」
そして俺たち二人は部屋を後にした。
なんであんなこと言っちまったのかはわからねえ。聞くに堪えれなくなったのか、アリアの綺麗な顔が台無しになっちまいそうだったからか、それとも・・・。
「ハンドラー」
外へと向かう際、マミアが俺を呼ぶ。
「なんだ?」
「口調、戻られていましたが」
「え?も、戻ってる?あ」
マミアは俺の横を歩きながらこちらを向いていた。
「ハンドラー、あなたは何かを隠す時には丁寧な口調になりますね。ですが、本音を語る際はいつもとても砕けた話し方になります」
こめかみに生温い汗が伝うのを感じ、心臓が早鐘のように鳴りだした。こいつ・・・、どこまで見てやがる。いや、どこまで気づいているんだ?
女の勘ってやつの鋭さは知っている。ああ、それを最も知っている者の一人だって自負があるよ。だが、これは想定外だ。
アニキに昔教えてもらった別人に成りすますコツってのが頭に浮かぶ。
『言葉遣いってのは金のかからないアクセサリーだ』
言葉遣い一つで印象は変わる。身なりは普通でも丁寧な言葉を使えば家柄や財布の中を錯覚させることができる。逆に良い服を纏っていても、粗暴な言葉を使えば育ちや性格がバレちまう。
最も重要なことだったはずだ。いや、俺は十分気を付けていたはずだ。
計算した上で今も言葉を選んだ。確かに何かを隠しているのだということはバレちまったのかもしれない。しかし、その何かまでは分からないはずだ。
恐る恐るだが、俺はマミアに問いかけた。
「そ、そうか?」
「はい、ハンドラー。最初の言葉は孤児院に来ることの建前でしょう?本心は次、生き残ってほしいということ。そして、アリア様にかけた言葉。それがあなたの本音です」
・・・肝が冷えた。高鳴りを続ける心臓はしばらく落ち着かねえだろう。マミアが良い方向に勘違いしてくれていて本当に良かった。
途中までは俺の計算通りだ。ああ、途中までな。だが、アリアにかけた言葉は俺だってわからねえんだ。俺じゃない奴が本心かどうかなんてわかるはずがないだろ。多分話が長くなりそうだから切り上げようと思ったんだよ。その時の俺は。




