3話9
その日の夜。マミアが俺の部屋を訪れる。せっかくベッドを綺麗にしておいたのに「マスターと孤児院、どちらも許可を取れました。明日の実技訓練はハンドラーの提案通り孤児院に向かいます」それだけ言って去っていった。
全く、そろそろ心も他も、開いてくれてもいい頃だと思うのだが。
そして次の日の午後、俺たちは訓練場へと集まる。ガキ共の顔に少々の興奮の色が見えるのは、午前の座学の時間に少しばかり話があったからだ。こいつらもカカシをしばく毎日に飽きを感じ始めていたのだろう。行き先が孤児院だと聞かされても、あまり文句を言いだすような奴はいなかった。
まあ、何人か不満そうな顔の奴は居たといえば居たのだが。
「それではこれより孤児院へと向かいます。一応訓練ということですので、皆さんはぐれないよう気を付けてください」
そうマミアが号令をかけて、俺たちは訓練学校を後にした。
広い敷地を出てしばらくまっすぐ歩くと、グリムヴァルドホールドの大通りへと出てきた。遠く右手には巨人の口のような門が見えている。そこからまさに舌みたいに石畳が伸びていた。砂利などではない綺麗な石畳だ。
その脇に様々な店が立ち並んでいる。酒場みたいなところからは、昼間だってのにうるさく笑い声が聞こえてくる。
人も多い。俺だったら一日ここで居させてくれりゃ、ひと財産稼げそうだ。
そして俺たちは、門とは逆の方向へと歩を進めた。
物珍しいのか何人かガキ共が、脇に構えられた露店の方に視線を奪われている。見たことのない果物、高価そうなアクセサリー、色とりどりの商品が並べられた露店は俺も興味をそそられる。
武器や装備類が広げられた露店も出ていた。何かあった時のために俺も得物は欲しいところだ。今度機会があれば来てみよう。金は無いが、譲ってもらえばいいだけだ。もちろん声はかけずにな。
そして、俺はリーチの言葉を思い出す。遠くはないって聞いていたが、まあまあ歩かされた。グリムヴァルドの金回りが良くて助かったよ。この道が舗装されてなかったら、もう飽きて帰っちまうところだ。
すると、少々景色が変わる。円形に広がる場所に出た。中央にゃこざかしくデカい噴水があり、周りにゃまた露店や店が並んでいる。。グリムヴァルドの中央広場ってところか。
そうして広場を真っすぐ抜けて、しばらく歩くと、マミアとリーチの先導で大通りから一本脇道に逸れていく。
最初のうちはまだ、石畳が続いていた。
しかし、歩くに連れて少しずつ、石畳が不揃いになっていく。砕石をばらまいただけのような地面になり、道の端には土が顔を覗かせ、都市の中じゃしばらく見ていなかった緑がちらほら見えていた。
やがて道はただの踏み固められただけの土の地面へと変わった。道自体も狭く、人通りなんてのは無くなった。
建物も変わった。大通りじゃ頑丈そうなレンガや石材の壁ばっかりだったが、古びた木造の家や土壁がはがれちまった建物も多くなってきた。
同じグリムヴァルドの中ってんのに、ちょっと道を外れるとまるで別世界だ。
「リーチこんなところに住んでたの?」
零したのはレオンであった。流石はお坊ちゃんだ。俺にゃかえって居心地がいいと感じる貧乏そうな風景も、こいつにゃ魔界か何からしい。難しそうな顔でリーチの方を向いている。
「悪いかよ。貧乏だって言ってただろ」
「アタシゃ結構好きだけどね。ああいう壁は殴ると穴が開いて面白いんだ」
「カーラ」
「ああそんな顔で見ないでおくれよ、冗談に決まってるじゃないのさ」
リーチがへそを曲げてる横で、カーラとトゥーモが話している。トゥーモ、多分カーラの言葉は冗談じゃねえはずだ。そのお転婆娘は実際に壁をぶち抜いてる。そして絶対に一回だけじゃない。家を建てる時は石壁をおススメしておくよ。じゃなきゃお前の帰りが遅い日にゃ風邪を引くことになる。
あとは浮気をする時は花屋に寄って花束を買って帰るといい。女は匂いに敏感なんだ。花は他の女の匂いを消してくれるし、君に似合う花を選んでいたら遅くなったんだよって言い訳になる。それでも気づくのが女なんだがな。
「もうすぐです」
マミアがそう言ったので、俺は道の先に視線を向ける。しばらく歩くと古びた大きな建物が見えてきた。壁は薄汚れ、ところどころ補修の跡がある。屋根も新しいとは言えない。
壁に掲げられた大きな十字架は色が剥げちまって斑であった。
デカい都市なら教区が分けられてて教会が複数あるってことはある。都市の端っこの住民が中央の教会に通うのは大変だからな。あとは有力者が私的に教会を建てるってこともある。ここだったらグリムヴァルドの王様か?冒険者様のように見栄っ張りだったとしたら、石畳の綺麗さにも頷ける。
中央に教会があってそこが豪華だったらそういうこった。
「もう帰ってきちまったか。一人前になったら帰ってくるって出てったのに」
人の背丈ほどの塀に入ると、リーチが感慨深そうに呟いた。敷地はそこそこ広く、綺麗に整地された地面が広がっていた。端の方にはよく手入れがされた花壇が見える。セージやカミツレ、ラベンダーという色とりどりの花が咲いていた。全部薬になるハーブ類だ。カミツレは湯で煮たしてその汁を塗りゃ、金玉が痒い時によく効くんだよ。
孤児院をしていて、庭には薬になるハーブ、慈善事業している教会がこんなにボロっちいってことは、やっぱり神様ってのは居ないらしい。
宗教について考えていると、花壇の中に人影を見つける。小さな人影だ。
その人影はこちらに気付いたかと思うと、すぐにこちらに向かってきた。
「にいちゃん!?にいちゃん!!」
人影は10歳くらいのガキであった。そのガキはリーチに一目散に走り寄り、そして飛びついた。
「お!ノエル、元気だったか?」
飛びついてきたガキを笑顔でリーチは抱きかかえた。良い顔をする。ガキの反応といい、リーチの顔といい、こいつはここじゃ良いアニキ分だったようだ。
「元気だったよ!にいちゃんが来るって聞いて花壇の手入れしながらずっと待ってたんだ!シスター呼んでくるね!」
そう言ってガキはリーチの胸から離れ、建物の中へと走っていった。
うちのガキ共はその光景を見ながらほくそ笑んでいた。
「意外、アンタ結構面倒見良かったのかい?」
カーラが笑ってそう言うと、
「リーチ、にいちゃん。ふっ」
ガバルが無表情で続けた。しかしガバルの尾は感情を隠せないようで跳ねている。喧嘩になっても俺は知らねえぞ。
しかし、俺の予想とは違い、リーチは照れくさそうに頭を掻いていた。
「やめてくれよ。恥ずかしいから」
弟分に会ってクソガキの顔じゃなくなっちまったリーチを見て、すっかり毒気が抜かれたのか、ガキ共はそれ以上弄るなんてことはしなかった。
リーチの本当の顔ってのはどっちなんだろうね。優しく弟分を抱きかかえたアニキ分の顔か、それともいつものクソガキの顔か、ほんの少しだけだが俺は気になったよ。




