3話8
そうして俺は、頭の中のアニキの幻想に向けて、軽く話を通すことにした。
いいよな?別にこいつらが飛び立つまで温めるわけじゃないんだ。空が広いってことの教え方を、ほんの少しだけ考えるだけさ。
「ジェット、気持ちは分かるけどよ。まだ剣の振り方教えてもらっただけだぜ?戦い方なんてのはまだてんでなんだ」
「なんじゃあリーチ、お前はんも10匹はぶっ殺すと言っとったじゃろうが」
「だからそりゃあ・・・」
リーチはばつが悪そうな顔をする。同じように英雄願望を持つ同志が乗り気じゃなくて、ジェットは不思議そうにリーチの顔を覗いた。
そいつは多少は現実ってのものが理解できてるんだ。後の奴らもそれが分かればいいのだが。
さて、と俺は考える。
ゴブリンの最も恐ろしいところは、武器を使うところでも、ましてやずる賢いってところじゃあない。本当に恐ろしいところは数の多さだ。
数匹が一気に襲い掛かってくるってことの怖さってのを知らないといけねえ。そして奴らは驚くほど自分たちの命を軽く見ている。
剣を突きさしゃ、笑ってそれにしがみついてくる。もっと深く自分の体に食い込ませてくる。そして剣が抜けなくなって、慌てた隙に他のゴブリンが襲ってくるんだ。蟻や蜂と似たようなもんだ。個よりも集団の存続を第一に考えてる。自分一人の命で、面倒な人間一匹殺せるなら、喜んで踏み台になろうとするんだ。
だからまあ、ザメルやエイケの構え方に難癖つけそうになったわけだ。
「簡単に、複数人に襲われることの恐ろしさを・・・」
「どうしたんだハンドラー」
頭を悩ませていると心配するような表情でリーチが顔を覗いてきた。そんな顔をするなら、良い案でも一つくらい出してくれりゃいいんだが。
そう思いながら、リーチのバカ面を見ていると、ふと何か思いつきそうになった。
こいつは確か、孤児院出身だ。孤児院・・・。
「おいリーチ」
「な、なんだよ。すぐ怖い顔すんのやめてくれって」
「お前確か孤児院出身だったな。グリムヴァルドの」
「あ、おう。そうだけど。どうかしたのかよ」
「お前以外にガキは何人いたんだ?」
「ガキって・・・。たまに、というかいつもだけど、ハンドラー口めっちゃ悪いよな」
「そんなことはどうでもいい。何人いた?そしてここから近いのか?」
「ええ、と。8人だな。グリムヴァルドホールドの正門とは逆の、中央より西側だ。そこまで遠くはないぜ」
正門とは逆・・・。
俺はあの時のことを思い浮かべていた。ひん曲がった脚を引きずりながら、兵士たちに連れられてきた時のことだ。
デカい門をくぐると、中は大勢の人間でごった返していた。グリムヴァルドホールドの中央まで伸びているだろう大通りを、何件もの店が立ち並んでいた。
当たり前だ。外から来た客を相手に宿屋や酒場、商店に馬屋や鍛冶屋なんてものができて、主要街道に続く都市の玄関口ってのは栄えていく。
そうなりゃ都市の中の人間もそこを利用しようとして集まってくる。
じゃあそこから離れれば、自然と人も少なくなる。必ず、とは言い切れないが、貧しい地区になる可能性が高いんだ。
リーチも確か、貧しい孤児院と言っていた。辻褄は合う。
貧民街か、俺も用事があるんだ。丁度いいかもしれん。ついでに下見もできる。
「よし、マネージャー」
俺は近くのマミアを呼んだ。
「はいハンドラー。どうかされましたか」
「明日なら外に出られるか?」
「はい。屋外訓練のご予定を組まれますか?」
「外で訓練するのか!?どこに行くんだ!?まさかグリムヴァルドホールドの外に出るのか!?」
俺はマミアと話してるんだ。お前は呼んでない。
リーチが俺の前で跳ねてるのを無視して、俺はマミアに続ける。
「訓練ってほどじゃあない。ちょっとした観光がてらの小旅行よ」
「は、はあ。どちらに行かれるのでしょうか?」
「リーチの居た孤児院だよ」
「げえ!?なんで!?訓練じゃあねえのかよ!まさかオレ孤児院に返されるのあぶぶぶ」
俺はうるさいクソガキの顔面を掴み押さえつけた。しばらく掴んでないと邪魔になりそうだ。
「え、孤児院ですか?内容はどういった?」
マミアは目を丸くさせた。まあ当然の反応だろう。他のところもやってるとは言ってたが、目的地が孤児院だなんてことはないはずだ。
内容は、どうするか。リーチの育ての親ってのに挨拶ってことにでもするか?
まさか、そういえば俺たちハンドラーには給金が出るって話だ。そいつを使わせてもらおう。冒険者ってのは見えっぱりだろう?貧乏な孤児院に寄付するついでに、孤児たちの子守りを手伝ってやろう。
俺が考えてんのはそれだ。孤児院のガキと遊んでやろうと思ってんだよ。
ハンドラーの給金ってのが幾らかってのは想像がつかんが、ガキ共見てるだけなんだ、大した額じゃねえはずだ。飯もろくに食えてねえってリーチは言っていた。半分くらい前借りさせてもらって、食い物買って届けてやろう。
そうすりゃ孤児院のガキ共を使わせてくれるかもしれん。
盗賊らは金は大好物だが、別に執着ってのはしねえのよ。どうせ持っててもすぐに酒か食い物に代わるか、女を買うかしてすぐになくなっちまう。
盗賊らは冒険者様とは違っててね、金より大事なもん知ってんだ。財布はいつもすっからかんくらいで丁度いい。
「リーチの居た孤児院ってのは貧しいらしいんだ。俺には給金が出るんだろ?すまねえが半分くらい前借りさせてくれ」
「ぶはあっ!ハンドラー!?アンタ・・・、アンタもしかしてオレの話聞いて」
俺の腕を無理やり振り払ったリーチは、目を赤くして何を勘違いしたか震えていた。きっとお前は俺のことを誤解してるよ。お前が考えてるような気持ちは俺は一切持ってねえ。ただ、お前らガキ共に少々怖い思いをさせてあげようっていうだけさ。孤児院のガキを使ってな。
「ハンドラー、あなたと言う人は・・・。わかりました。マスターには話を通しておきましょう。しかし、孤児院側の許可も取らねばなりません。訓練内容も考えて頂かないと届け出の制作に困ります」
「あー、じゃあこうだ。まずヴォルターに話つけておいてくれ。そして許可が出れば、今日のうちにでも俺の給金使って食い物でも買って孤児院に届けておいてくれよ。・・・全部食い物じゃダメだな。いくらかは金のまま寄付ってことで渡しといてくれ。そのついでに明日孤児院に行っていいか聞いておいてくれりゃいい。訓練内容はそうだな、子守りの手伝い任務だ」
「子守り、ですか。ではそのように。許可が取れましたら今日のうちにでもご報告いたします」
「ちょっと忙しいだろうが頼むよ」
「はい、いいえハンドラー。補佐をするのがマネージャーですので」
そしてマミアは少しだけ笑みを零した。
その後はレオンも近寄ってきて、またうるさくなってきた。しばらくレオンの剣の構え方やら振り方の自論を聞き流し、マミアのケツを眺めながらガキ共の訓練に付き合っていた。
別に何か教えてたってわけじゃねえ。ただ近くに突っ立ってただけだ。




