3話7
そうして俺はマミアの元へと歩みを進めた。元居た場所から動いていないマミアは、直立してガキ共を観察していた。
ちゃんと俺のことは見てくれていただろうか。そのことばかりが気がかりだ。
「ハンドラー、もうよろしいので?」
俺に気付くとマミアは不思議そうな表情でこちらを見てきた。宝石のような大きな瞳が俺に向けられる。じっと見つめれば、茶色の中に金や緑が混ざったようなヘイゼルカラーだ。光の加減で見え方が変わり、とても魅力的で、そして神秘的だ。吸い込まれちまいそうな瞳に誘惑され、俺は立ち止まる。
「だいたい剣の振り方くらいは分かっただろうな」
「ありがとうございます。どうでしょう、ハンドラーから見て、このまま続けていけば、彼らはゴブリンから生き残ることができるようになるでしょうか?」
マミアは戦えるか、とは聞かなかった。当たり前だ、訓練し始めて一週間かそこらのガキ共だ。もっと言えばまともにやり始めたのは今日からだ。どんなバカでも戦えるかなんて聞きはしないだろう。
ゴブリンはここのガキ共よりもまだ小さい。ちゃんとした得物を持った上で一対一っていうなら、ちょっと剣をかじったガキでも健闘できるかもしれない。
ただ、それで終わりならこんな大それた訓練学校なんて出来ちゃいねえ。新米が100人のうち99人おっ死ぬなんてことにはないだろう。
何より訓練すべきは、いや知るべきってのは、ゴブリンは二匹三匹って一度に襲い掛かってくるってことだ。ゴブリンの怖さってのを知るべきなんだ。
「いや、死ぬだろうな。それこそ全員だ」
「そう、ですか」
しくじった。真面目に考えて正直に答えてしまった。
表情は曇り、マミアの美しい宝石が潤いを帯びようとしている。普段は人形みてえに感情を表に出さないのに、ガキのこととなると表情に命が吹き込まれる。
その役目は俺の唇だったはずなんだが。
「あ、まあそれをどうにかするのがハンドラーだろう?そしてそれを補佐するのがマネージャーだ。ヴォルターも言ってたんだ。ゆっくりでいいって」
「はい。ハンドラー。それでは何か私にできることはないでしょうか?何でもおっしゃってくださればと思います」
健気にいつもの凛とした表情を取り戻すマミア。何でもって言われると俺の頭の中は桃色の妄想で埋め尽くされちまうよ。
ベッドの中に誘い込み、一晩じゃ語りつくせないくらい君の肢体を褒めてあげたいね。そしてたった一晩で俺たちは宗教家になるんだ。天国ってやつを垣間見るんだから。
「おいハンドラー」
しばらくマミアと一緒にいると、小走りで小娘が近づいてきて、偉そうに俺のことを呼んだ。小柄な赤毛の小娘、カーラだ。
俺のことをおいと呼ぶ女なんて今まで一人もいなかったぞ。こいつが後10年もすりゃ躾けてやってもいいが、今のカーラじゃ怒る気もおきねえ。
そしてガバルと、黒髪のガキ・・・、確かあそこにいた残りはミリア、トゥーモ、フウ。黒髪はトゥーモだったか、カーラに続いてやってきた。
「もう十分やったよ。そろそろ次のこと教えてくれないか?それか次は外で訓練しよう。もうゴブリンなんて2、3匹くらいならぶっ殺せそうだよ」
カーラは自信満々という様子だった。木剣を片手で遊ばせている。
そして隣のガバルも同じようなもんだ。声こそ出さないが、尾が一定のリズムで揺れていた。
「カーラ、ダメだよ。言葉遣いはきちんとしないと」
横の冴えないガキがカーラを諭した。トゥーモだ。貧相なガキで、なんの取柄もなさそうなガキだ。カーラにも力負けしそうな体つきをしている。
そんなことを言ったら、またカーラが激昂しちまうぞ。リーチの剣を受けるような小娘だ。お前の小枝のような腕をそれこそ棒きれのように折っちまうかもしれない。
しかし、俺の想像とは裏腹に、カーラはハッとして縮こまる。
「あ、悪かったよハンドラー。結構練習でき、ましたんだ。自信はある、あります。外で訓練してもいい、したい?です?」
カーラは横目でトゥーモの顔を伺いながら、不慣れな言葉で俺に意見を表明した。まるで借りてきた猫だ。萎縮しちまって余計にカーラが小さく見える。
トゥーモはカーラの弱みでも握ってんのか?でもなけりゃこんな勝気な小娘がしおらしくなるわけがない。
カーラをよく見ると、おかしな面してトゥーモを見ている。恐れ、とはまた違い、少々の笑みを混ぜたような不思議な表情だ。
まあ、少し考えりゃ想像がついた。どうやらお転婆娘も年ごろのようだ。二人が慣れたように接してるところを見れば、おおよそ幼馴染ってとこだろう。
良いものが見れたよ。トゥーモは少しばかり利用できそうだ。
「何話してんだよ。まさかオレ抜きで新しいこと教えてもらってんじゃねえだろうな」
俺のところにガキが集まってきてるのを見てか、慌てたようにリーチが駆けつけてきた。こいつはずっと俺の方を見てるんだろうか?美しい女だったら大歓迎なんだが、ガキや男からの熱烈な視線は願い下げだ。
隣にゃデカいドラ猫を連れている。バカと力任せのドラ猫で意気投合でもしたんだろうか。
「ハンドラー!俺ラぁ人形相手じゃ満足できんです!戦ってみてえんじゃ!」
そして来るや否や、ドラ猫、ジェットはその体に相応しいくらいの大声で懇願した。少々訛りが強い。獣人の群れの中で長くいたんだろう。なら多少は狩猟の経験もあるかもしれないし体格も良い、ある程度の自負もあっての意見か。
ただ、こいつくらいの体格と力があったとしても、多分2、3匹のゴブリンに囲まれれば一瞬だ。1匹斬ってる間に1匹にしがみつかれ、もう1匹に攻撃される。傷ついたところを他のゴブリンが見逃すわけはない。そこからわらわらと蟻のように集まってきて、なぶり殺しにされる。
奴らは執拗だ。頭が悪いからな、完全に動かなくなるまで、呼吸の音が聞こえなくなるまで、胸の動きが完全に止まるまで、叩きのめしてくる。
人間だったものか判別つかなくなるまでひき肉にできたら、やっと奴らは攻撃の手を止めるんだ。
昔出会った狩人のおっさんが言ってたよ。動物の頭の悪さを知ってるからこそ、動物の頭の良さが恐ろしくなるって。動物なんて数も数えられないし、その辺でクソまき散らしてるような生き物だ。人間と比べりゃ頭が悪いだろうよ。
でもそんな頭の悪い生き物が、自分の足跡をぴったりと踏んで後ずさりし、途中で茂みに飛びのくことで追跡者をかく乱する方法を知っている。
罠に物を投げて発動させるということを知っている。錠前をぶっ壊しゃ扉が開くってことを知っている。
クマやオオカミでそれだ。ゴブリンはもっと賢い。
ゴブリンの頭の悪さを知ってるからこそ、ゴブリンのずる賢さってのが最も恐ろしくなるんだよ。
ガキ共はそれを知らない。
このままはいそうですかと外に連れ出せば、出来上がるのは1ダースのひき肉よ。
・・・別に俺にゃ関係ないことだ。ただ、少しくらいはこいつらに何か教えてやってもいいという感情はある。本当に少しだ。手取り足取り戦い方ってのを教えるまでもいかねえ、ほんの少し、ゴブリンってのが恐ろしいものだって教えるくらいは、してもいいかもしれない。そう思っている。
ゴブリンなんかよりはと思っていたが、どうやら俺にゃ人並に情ってものがあったのかもしれない。
いや、何も知らねえで粋がってるガキ共にイラついてきたのかもしれない。そして、何も知らねえで粋がってたガキの頃の自分が重なったのかもしれない。
それもこれも、アニキのせいだよ。アンタの持ってくる仕事がいけねえ。アンタの教え方がいけねえ。人身売買してる孤児院襲撃して、助け出したガキ共見せられちゃ、その手を握るくらいの情は覚えちまうよ。




