3話6
カカシの前に並んだ一人は獣人のガキであった。太い手足、他のガキより恵まれた体格、オレンジがかった体毛、鞭のようにしなる長い尾。一目見てすぐに分かったね、こいつの親父はヴォルターだ。
おおよそ森の中で出会った虎を手籠めにしたんだろう。ヴォルターめ、あのゴツイ腕で虎を無理やり襲ったのか。可哀そうに。虎の少女もまさか自分よりデカい虎の化け物に純潔を散らすとは思ってもいなかっただろう。
「あのドラ猫は?」
レオンに問いかける。
「ドラ猫・・・。彼はバ・ジェット・バック。見ての通りとても力の強い方です。そのためか少し力任せな部分が多いですね。性格も体つき同様豪快な方です」
レオンは少しばかり苦笑しながら答えた。
なんだ。ヴォルターの隠し子ってわけじゃねえのか。流石のヴォルターもそこまで節操がないわけではないか。きっとヴォルターなら動物園でちゃんと金を積んで買うだろう。疑って悪かったよ。
「隣りは?」
そうして俺は隣の小娘に視線をやる。大人しそうな小娘だ。小柄で、うなじが見えるほどに切り揃えられた茶色の髪、年相応くらいの体つき。木剣を握る姿はとてもじゃないが似合っていない。それこそカーラなんぞよりも花の飾りが似合うだろう。
嫌だね。あんな小娘が出てきてももうなんとも思ってないことに驚いてるよ。
「彼女はリオです。可愛らしい方ですが、とても熱心に僕に聞いてきました。ですが不思議です。あんな女の子が冒険者を目指すだなんて・・・」
そうやってレオンは口に手を当てていた。
ここには鏡ってのは無いのかい?あったらこいつに見せてやるんだが。
「そして最後は」
と、俺は最後のガキに目を向ける。
そいつはやけに線の細いガキだった。身長自体は低くない、それでいて手足もスラリと長い。当初の想像通り、飯も食えていない痩せたガキかとも思った。しかし、乱雑に切られたような栗色の短髪は、日の光を浴びて赤銅を帯び輝いている。もしも腰まで伸びていたら、男でも色を覚えるほどの美しい赤い髪だったろう。面も良い、未完成な男の中性的な顔だ。金持ちの変態どもにゃ見せられないな。
だからこそその容姿にまた俺の嫌いな人種かとも思ったが、そこまで俺の勘は働いてはいなかった。
構え方も兵士かお貴族様のそれだ。切っ先をカカシに向けて、鎧の合間を狙うような構え。
しかし不思議と嫌な感じがしないのだ。
・・・兵士か?
例えば父親が兵士であり、くたばっちまって飯も食えなくなりここに来た。剣の構え方は父親に習った。そう解釈すれば俺の反応しない直感も頷ける。
貴族なんぞは好きではないが、兵士はどうでもいい。金のために人殺しの練習してるような奴らだ。むしろ盗賊なんかと同類よ。
「あいつの名前も貴族と同じだったりするか?」
「エイケですか?いえ、あの人の苗字は教えていただけませんでした。ハンドラーに言われた通り他の方々と交流をと思いまして、名前などを伺っていたのですが」
「ん?俺がいつそんなことを言った?」
「仰られませんでしたか?」
そういえばリーチと二手に分かれる時にぼそぼそこいつは呟いていたな。こいつに何か話す時は本当に気を付けよう。
「あ!そういえばハンドラー、確か名簿をお持ちだと仰っていましたよね?そちらで確認してみてはどうでしょう?」
「あー、名簿ね、名簿・・・、そうだな。今日は持ってきてないから、また確認しておこう」
「良ければ僕にも教えて頂けたら幸いです。やはり皆さんと交流を深めるには名前をきちんと覚えることが大切ですからね」
さて、大変なことになった。少々冷や汗が出てくる。
一応部屋に戻ったら確認はしようとは思うが・・・、読めないんだよなあ。
レオンなら読めそうだが、こいつには本を借りるところまで見られている。わからんからちょっと名簿読んでみてくれよ、なんて頼むわけにはいかないだろう。
マミアに、は無理だな。マミアも俺が字を読めると思っているはずだ。
リーチは・・・、論外だ。
さてどうしたものか、とっさに確認しておくだなんて言ってしまったし、ひとまずはレオンがこの件に関してすぐに忘れてくれることを願っておこう。
「ぜあ!」
「はあ!」
「せい!」
名簿について考えていると、横から三人の声がする。次の瞬間には三者三様の音を立ててカカシをしばいていた。
ドラ猫、ジェットだったか、まだ剣の振り方は様になっちゃいねえが、その持ち前の力で大きな音を立てている。
リオは大した一撃ではなかった。ただ木剣の振り方は堅実で、しっかりとレオンの話に耳を傾けていたのだろうとそれだけでよくわかるほどだ。グリムヴァルドの町娘ってのはどうにも勝気な奴が多いらしい。リオは自分の一撃に十分な手ごたえを感じるように、木剣をじっと見つめていた。
エイケはというと、まるでそれがさも当たり前かのように、綺麗な一撃を入れたがすました顔で立っている。しかし、一撃を入れた後でも構えを解かずに元の姿勢に戻っていた。残身ってやつだ。やはりこいつもザメルか、あいつと同様何者かに習った剣だ。
「まあまあってところか」
そう言い放ったのは俺ではない。横にいるリーチだ。
睨みつけたら多少苦笑いはしたが、すぐに好奇心旺盛なガキの顔に戻る。へらへらとしたその表情にまたため息が出そうになる。
「どうですかハンドラー、皆さんとても上手にできているでしょう」
まるで自慢の玩具を見せびらかすガキみたいな顔をレオンは見せる。決して自分の教え方が上手いとは言わず、玩具の出来がいいんですよって顔だ。
全く、横のバカにも見習ってほしいものだ。
「さあハンドラー!一通り見終わったんだ!そろそろなんかやろうぜ?」
そしてそのバカが木剣を振り回していた。なんで当たり前のようにそんな言葉が出てくるんだ。一通り見終わったからこそ俺のハンドラーとしての体裁は保てたはずだ。一人一人きちんと剣の振り方を見てやって、名前まで確認した。これ以上無いくらいの指導っぷりだ。
あとは昨日と同じようにのらりくらりと時間を潰して今日はお終いって予定なんだよ。
「まずは基礎だ基礎。とりあえず剣振り回しとけ、体勢を変えたり、剣を打つ角度を変えたりして、どんな時でも同じように打てるようにしておけ。毎回同じ体勢で、しかも動かねえ奴相手に剣振れるなんてことはねえんだから」
「お、おおお・・・」
「なるほど。確かにその通りですね。もしかしたら体勢が崩れた際に剣を振るうこともあるかもしれない。そして一度に数発打ちこむ場合もあるかもしれない。すると上段から振り下ろし、次は中段から払うように振ったりするかもしれないし、下段から振り上げることもあるかもしれない。盲点でした。すぐにやってみます!」
適当に言い逃れようとしたのは事実だが、言ってることは本当だ。動かねえカカシを思いっきりしばくのは誰でもできる。だが実戦じゃあそうはいかねえ。
レオンがある程度補足してくれたお陰で、リーチの頭でもわかったようだ。レオンがガキ共の輪に戻るのを見て、慌ててリーチも「待ってくれよ!」と着いていっていた。
さて、ようやく魚のフンも離れたことだ。俺は一人でブラブラしよう。
まだ時間もありそうだし、せっかく子守りも上手くできたことだ。愛しのマミア嬢の元へでも帰ってみるか。もしかしたら一部始終を見ていたマミアから、夜の誘いを受けるかもしれないしな。




