3話2
まあ外に出られるということはわかった。頃合いを見てマミアに伝えよう。
行くとしたらやはりグリムヴァルドホールドの巨大な門。入る時は兵士に連れられすんなり入れたが、出る時には話が変わる。巨人の口みたいにデカい門を通る奴ら全員を、何人もの衛兵が監視していた。
怪しい奴らは呼び止められ、そのままどこかにしょっ引かれる。しかし、今の俺なら、訓練学校のハンドラーであるならどうだろうか。他のところも小旅行に興じてることだ。ガキどもを連れて俺の顔と身分を覚えさせておくのもいいかもしれない。
あとはそうだな、デカい都市と言えど貧民街くらいはあるだろう。居心地の良さそうな汚ぇ酒場もあるかもしれない。ああいうところは金は無いが金の匂いはある。情報だって石ころみたいに転がってる。価値も石ころ同然のことがほとんどだが。
リッドは確か、偽の情報を流し悪党どもを潰し合わせて、と言っていたはずだ。うちのファミリー含めてほとんどくたばっちまったろうが、もしかしたら俺と同じように運よく生き残って、ここまで流れてきた奴がいるかもしれない。
しかし貧民街に行く用事を考えるのが面倒だ。冒険者様なんぞがそんなところに行くだろうか。こちらは一人で行ってもいいか。
「ハンドラー、かまいませんか?」
マミアが声をかけてきた。もちろん君との逢引の予定も考えてるさ、花屋でも探して君によく似合うマドンナリリーの花束を贈ろう。純白のユリを君の髪に一凛させば、きっとその黒髪が一層美しさを増すだろう。穢れの無さと純潔を司る純白のユリでさえ、君の美しさには尻込みしてしまう。そして君の花を手折るのはもちろんこの、
「ハンドラー」
「ん?」
「あちらを」
少々深く頭の中で遊んでいたら、マミアが視線をガキどもに向けていた。
良いところであったのに邪魔したのはなんだと俺も見てみれば、騒がしそうに地団太を踏んでるリーチの姿があった。
またあいつか、と俺は表情を曇らせる。
「よろしいので?」
マミアが俺を見つめる。
俺はよろしいが、ハンドラーであるならよろしくないんだよな。
ここで動かなきゃスコルの野郎と同じだ。仕方がない。
少しはハンドラーらしいことをして点数を稼いでおこう。
そうして俺は、面倒ではあるがリーチの方へと向かったのであった。
「何やってんだ。ゴキブリでもいたのか」
「あ、ハンドラー!ってゴキブリ潰してんじゃねえんだよ!こいつらがてんでダメで・・・」
そうリーチが仏頂面をしていると、怪訝な顔をして前に乗り出してきたのは獣人のガキだった。
黒い耳をピンと立て、犬のような整った毛並みの尾が微動だにせず伸びている。人と大差ない見た目だが、獣人共は感情がわかりやすい。本人たちには禁句だが、尾があまり動いてないのは少々頭に来ている証拠だ。
「ハンドラー、違うんです。リーチがダメなんです」
黒い子犬がリーチを睨みつけた後に俺を見る。驚いたことに俺の方を向いても子犬は尾を固めたままであった。どうやら俺に対しても意見があるか、それともよくは思ってはいないらしい。
生意気な子犬だ。あまりガキと男を躾ける趣味はないんだがなあ。
「なんだと!?さっきから教えてやってんのにお前らが全然できねえんじゃねえか!」
「いや、アンタが馬鹿で教え方が悪いからいけないのさ。ハンドラーに一度見せてみなよ。きっと呆れられるよ」
今度は赤毛の小柄な小娘が割って入る。小娘も小娘だった。ガキ共の中でも群を抜いて小さい。短く切り揃えた髪型は、まるで男児のような印象を受けさせる。何故小娘だとわかったのかは、その小さい体には不釣り合いなものを二つほど持っていたからだ。俺にはちょっと青過ぎて興味はわかないが。
「はあ、つまりはリーチの頭が悪いってことか・・・、ええと」
「アタシはカーラ、こっちは」
「ガン族の戦士見習い、ガバル・ガンゴ」
赤毛の小娘と子犬が名前を言った。獣人ってのは本来、共通祖先を持つ血縁集団で群れや集落を作っている。つまりは氏族、クランだ。名前の構成は氏族名・名前・家族名。こいつならガン・ガバル・ガンゴ。こいつらは最も氏族名や家族名を重要視しており、そのためこいつも氏族名を先に名乗った。
なんら不思議ではない。ただ。引っかかるのはやはり、どうしてこんなところに居るのかということだ。名前を聞いて余計にその点が強くなる。
獣人ってのは、一度奴隷に堕ちると氏族名や家族名を名乗れなくなるんだ。何者かの所有物になるということが、最も恥ずべきことだという文化から。
最初は奴隷上がりで食い扶持もないから、ここに来たんだろうと思ったよ。だがこいつは氏族名を名乗った。奴隷でも無い獣人のガキが、冒険者を目指す理由ってのはなんだというのか。
気にはなるが、少々恐ろしくなる。あの金髪の小娘、そしてリーチの理由を聞いちまった後だとな。
この小娘だってそうだ。花飾りでも作って頭に乗せて、母親に見せびらかしてればいいというのに。
「喧嘩売ってんのか!?」
「アンタの頭で勘定できるなら売ってやってもいいわ。安くしとくよ、財布持ってきな」
おいおい子守りの仕事はヴォルターに聞いてないぞ。この小娘、カーラか、ちんちくりんの癖になんて喧嘩っ早いんだ。将来有望そうだ。
「やめておけ。あと三人はリーチの方にきただろ?そいつらはどこいった?」
「嫌気がさして離れて勝手にやってるよ。あっちに居るだろう?金髪がミリア、黒髪がトゥーモ、獣人の女の子がフウだよ」
カーラの視線の先には三人が離れた場所でカカシをしばいていた。
全く、いったいこの馬鹿はどんな教え方をしたんだ。視界の端じゃレオンのところが何事もないように着々とカカシをぶっ叩いていい音を鳴らし始めている。
こういうことはこれからレオンを使っていくか。
「じゃあリーチ。一回やってみろ」
「おう。見ててくれよ」
そう言ってリーチは木剣を手にカカシに向かう。
「まずふーってして、そして思いっきり振って当たる時にドーン!!だ」
そうしてリーチはカカシを木剣で叩く。まあいい音が鳴ったが、そうか。まずはこいつの頭をしばこうか。カーラの言う通り呆れちまう。
「ちょ、ハンドラーなんでそんな顔すんの。怖いって」
「何故俺が昨日教えた順番でやらん?ほら、カーラとガバルか、木剣を片手で構えて前に向けとけ」
そうして二人に剣を構えさせる。リーチにはわかりやすく腕でやったが、こいつらは多少は賢そうな面をしている。木剣でやっても十分わかるだろう。
「リーチ、貸せ」
リーチから木剣を奪い、まずはガバルの横に位置取る。
そして木剣をガバルの構えた木剣の上にそっと当てた。
「まずは力いっぱい握っとけ。俺がその木剣をしばくから、下がらないように強く握るんだ」
「は、はい」
やはり賢そうだ。リーチのように鼻息も荒くしねえし、ちゃんと言われた通りのことができる。
獣人は本能的だとはよく聞くが、こいつも筋がいい。
そして俺は軽く木剣を叩きつけた。軽くとはいえ、ガバルの木剣は下に下がった。
「くぅ・・・」
手が痺れたか、少々ガバルは顔をしかめる。
「もう一度構えろ。次は力を抜け。木剣でただ遠くを指し示すように、軽く持て。そして同じようにしばくから、当たる瞬間に力を込めろ」
「はい!」
即座にガバルは構える。てきぱき動ける奴は好感が持てる。どこかのクソガキとは大違いだ。叫びもしねえし擦りもしねえ。
俺はまたガバルの構えた木剣を打ち付けた。
すると、先ほどとは違い、ガバルの木剣は微動だにしなかった。このくらい手早くコツを掴めるんだったら教え甲斐もまだある。
「お、おお、なるほど」
小さく言葉を零すが、ガバルの尾は大きく揺れていた。




