3話1
俺は訓練場へとやってきていた。別に石の的と寄りを戻そうって話をしに来たわけじゃあない。俺の隣にはマミアが立っており、俺たち二人の前にはガキどもが並んでいる。
昨日の今日でどうやら整列という言葉をどこからか学んだらしい。教会の蝋燭みたいに1ダースきっかり等間隔に突っ立ってやがる。
つまりは実技訓練の時間だ。ハンドラーがこの蝋燭を長く保つように風除けの方法を教える時間ってことだ。
「ハンドラー、それではご指示を」
マミアが俺に語り掛ける。
ご指示を、と言われてもねえ。生憎どんな訓練をすればいいかなんて全くわからない。先任教官殿のやり方を見て学ぶつもりが、当のスコルの野郎からは何も学べることはなかった。
頭を悩ませていると訓練場の端の方でスコルのところが訓練をしているのが目に入る。お互いに邪魔にならないための無駄な配慮だろう。昨日よりは幾分かガキどもがスコルに近い気がする。照れ屋というのがバレて舐められているのだろう。いい気味だ。
しかし、他の冒険者様たちってのは手放しで実技訓練をしろと言われて、すんなり何かタメになるようなことを教えられるものなのだろうか。冒険者ってのはそもそもが誰かに教わることがなく、独学でどうにかしているような奴らばっかりなはずだ。座学で知識は植え付けることができても、経験や勘みたいなものは個人頼りになるだろう。
結局野に放って振るいにかけられるってところは同じような気がするよ。
俺なら・・・そうだな。
観察力や、危険を察知するような能力を第一に鍛えるな。まあ、それも俺がアニキに教えられたことだが。まず人間ってのは群れてようやく何かできるって生き物だ。たった一人で出来ることなんて限られている。
自分と、相手の戦力差を確実に見極める能力。そして、危険を未然に回避する能力。あとはそうだな、一番大事なのは自分を世界で最も無能だと思える精神だ。蟻のクソ程度の慢心で人間なんてものは死んじまうんだから。
「おいハンドラー、早く何か教えてくれよ」
糞生意気な声が俺の思案を止める。リーチだ。
リーチとレオンは俺の目の前に陣取っていた。そんなに前に来て、俺が下着を放り投げるとでも思ってるのだろうか。残念だが金を下着に差し込まれても俺は脱がないよ。俺が脱ぐのは俺が脱ぎたいと思った女の前だけさ。
ただ、リーチの声には内心感謝していた。
俺が教えるなら?
笑っちまう。昨日ちょっと剣の振り方を教えて、俺自身もどうかしていたようだ。
今は、じゃあない。今だけハンドラーってやつをやってるだけ。演じているだけ。不審に思われない程度にリッドになってればいいだけなんだ。
別にこいつらがどうなろうと、知ったことではない、はずなんだ。
俺がするべきは、体よく訓練してるように見せることであって、生きる術を本気で教えることじゃあないんだ。
ひとまず何かさせておけばいいんだよ。スコルのように放任するようなやり方でなければいい。ある程度意味を持ち、それが頷ける内容になればいい。そうすればハンドラーとしての体裁は整うはず。
ヴォルターも言っていたことだ。まずは剣の握り方をってね。
「とりあえず剣の打ち方だ。半分に分かれてレオンとリーチに教えてもらえ。こいつらには昨日教えたから」
「なんでオレたちが!?それより昨日の蹴りだ!教えてくれよ!」
即座にリーチが大声で叫ぶ。
まあ予想通りだ。
「まあ焦るな。教えることでまた理解も深まる。俺も見といてやるから」
「ぐぐぐ、・・・へーい。じゃあいこうぜー」
「なるほど、教える側に回ることにより自分の至らない部分も見える。新しい疑問点を見つけるのにも丁度いいということですか・・・。はっ!?更に他の訓練生との交流の機会も設ける意図もあったのでは!?」
リーチは木剣を肩に乗せけだるそうに、レオンは何かぶつぶつと喋りながら訓練用のカカシの方へとガキどもを連れていった。
「魔法は教えないのですね?」
マミアの方を見ると、少し不思議そうな顔でこちらを見ていた。
そりゃそうだ。忘れかけるが俺は魔術師だってことになってる。魔法の方が教えるのも得意なはずなんだ。
これはまずいな。何か良い言い訳はあるだろうか。
そういえば馬車の中でリッドの奴は短剣を下げていた。魔術師とは言え敵に肉薄される時はあるだろう。そうなりゃ魔法を撃つよりも剣を振り回した方が早いはずだ。そして俺にゃわからんが魔力が枯渇するってこともあるかもしれない。リッドの奴がドラゴンに潰されたのは、すんでのところで魔力を使い切り、僅かな魔力さえも残っていなかったからだろう。
本当に、たまたま居合わせたコソ泥に指輪を盗まれるなんて運の悪いやつだ。
だとすれば、どんな冒険者でも剣の振り方くらいは知ってて損は無いってことだ。
「あー、えっと、そうだ。魔術師だっていざとなれば剣持って戦うこともある。剣の振り方知ってて損はねえ」
「あ・・・、そうですよね。失礼いたしました」
マミアはハッとしたと思うと、すぐにくぐもった表情を見せる。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。リッドの奴が持っていた短剣も飾りでなかった。実際に使い込んだ跡があった。
女の機嫌にゃ敏感な方なんだが、マミアの表情は読めなかった。
こういう時は話題を変えよう。
ガキどもよりも俺がハンドラーを演じることよりも、何より大切なのは天使の顔がいつも通りに戻ってくれることさ。
「マネージャー、そういえばAとかBとかって他のクラスはどうしてるんだ?スコルのところしか見えないが」
「あ、はいハンドラー。AクラスBクラスは今週から屋外訓練を行っています」
「屋外?」
「はい。簡単なものではありますが、Aクラスは実際にハンドラー主導でグリムヴァルドの森の調査任務をしているようです。Bクラスはグリムヴァルドホールド内の見学だそうです。他の地域から来ている訓練生もいるからだそうで」
Bクラスのただの小旅行はまあ置いといて、どこかは知らんがグリムヴァルドの森だと?
つまりは、
「外に出られるのか?」
「はい。実技訓練の内容はハンドラーに一任されているので、もし屋外訓練を予定するなら仰ってくだされば」
盲点であった。いや俺が実技訓練の内容を決めるということは聞いていたし、外での訓練も想定はしていた。しかし俺のタイミングで外に出られるなんて・・・。
次の休日を待ってグリムヴァルドの防壁でも下見してきてやろうかと思っていたが、訓練と称しいつでも見に行くことができるのか。下手すれば防壁の外にだって。
まだしばらくはここに隠れていてもいいが、いざって時のために逃走経路は考えておきたい。
「よし、じゃあ今から外に出よう」
「はい、いいえハンドラー。屋外訓練の場合は届出が必要となるので、今日は不可能です」
なるほど。




