2話12
その日の夜、また俺は訓練場へと向かっていた。毎夜の密会の相手は色気もねえ石の的。これが女の銅像ってんならまだロマンチックだったんだが。
女と言えばCクラスのマネージャーだ。彼女の名前は分からず仕舞いだ。スコルがやられた時にわずかに見えた口元が緩んでいたところを見ると、彼女もスコルに困らされていた一人なのだろう。
感謝ついでに名前でも教えてくれればよかったんだが。
「一発は昼間に撃った。さてどうなることやら」
俺は慣れたように石の的に左手を向ける。なんだ女の銅像じゃなくてよかったじゃないか、趣味じゃないことをするところだった。
今回は検証に一味加えよう。
昼間小娘で試した時、感情によってある程度の変化がみられることは確定した。それを俺も実際にやってみようというわけだ。
ただ俺には幸せだ夢だっていう綺麗な目標はない。小悪党だ。俺なんかが持っていていい感情じゃあない。
俺にあるのはひたすらの怒り、憎しみだ。お姫様にドレスを着せるように、俺なんかにゃにぴったりな感情だ。
俺は目を閉じる。思い出すのはあの夜の悪夢。全てが炎に包まれて無くなっちまったあの日のことを。
「燃えろ」
目を見開き呟く。
すると左手の前にはもう見慣れた黒い火の玉が出現し、石の的へと中空を走っていった。
多少いつもよりは大きい火の玉は、石にぶつかり弾け飛ぶ、黒い炎をまき散らし、飛び散った黒い炎は長い間燃え続けていた。
「・・・やっぱり」
そう零す。怒りというのも同じく魔法に影響することがわかった。しかし、目に見えるほど大きな変化はない。
考えられるのは二つ。一つ目は魔法を放つ際に、俺が常に不機嫌だったのかもしれないということ。いつも虫の居所が悪いなら、多少怒ったところで差が出ないというのは頷ける。
そしてもう一つ。個人的にはこの仮説を一番推している。
それを検証するのは簡単だ。また石の的に向けて魔法と撃とうとすればいい。
十中八九そうだろうと思っていた俺は、左手を的に向け雑に声を出す。
「出ろ」
ああ、出ない。やっぱりだ。俺の仮説は当たっていた。
つまりは二つ目の方だ。指輪に溜まった魔力が底を尽きている。
魔法一発分程度しか魔力が無かったのなら、どれだけ感情に左右され規模や威力が増幅したとしても、効果は頭打ちとなるだろう。
魔力ってものが燃料なのだとしたらそういうことだ。
牧一本じゃどうやっても牧一本分の炎しか出ない。
「だいたい一日に二発分くらいか」
俺は指輪に視線を落とす。
昼間に一発、そして今一発。他に条件が無く魔力の溜まり方が一定なのだとしたら一日に二発分程度というわけだ。さっきの火球の規模で考えたら、だが。
もし焦りや、それこそ感情の起伏で規模が変わっちまったらその限りではないが、さっきの火球を基準として考えるなら最大量は十三発分ということで間違いない。
一週間何もしなければ満タンってことだ。
魔法ってやつとは縁も無かった俺だ。そんな俺にとってこいつは最大の嘘、切り札と言ってもいい。切るタイミングは考えないといけない。
常に残りの魔力ってやつの量を頭の中においておかなければ。
火の玉以外の魔法、そしてスコルの奴が盾になんらかの小細工をした魔法、試してみたいことは山ほどある。が、少しこの的との熱い逢引も控えていったほうがいいか。
さて、今日はほとほと疲れた。本も返したいが面倒だ。返さなければフィンチが部屋まで来てくれるようだし、アーティファクトの本も次でいい。
ひとまず、この延焼する汚ぇ炎をどうにかしよう。小便で消えりゃいいんだが。
その後俺は自室に帰り眠りについた。
そして夢を見た。こびりついた汚れのような夢じゃあない。昔の夢だ。まだファミリーの皆が生きてる時の夢だ。
ファミリーの奴らの中に、明るい過去を持つ奴なんていなかった。まあ明るい過去のある盗賊団なんてのはありゃしねえんだが。
孤児に奴隷、政治犯なんてものもいた。皆死んでも墓にゃ入れねえような奴らばかりだった。
何とか団って馬鹿な名前つける悪党の集団は多くは無かったが、俺たちにも名前はなかった。アニキがダサイからってんで名前を考えなかったんだ。自分たちはただの「ファミリー」でいいってだけ言ってな。
多分、アニキは居場所ってものを作ってくれてたんだ。
家族なんてものはねえ、帰る場所もねえ。そんな奴らばっかり集めて、家族になって、帰る場所を作ってたんだ。
だから「ファミリーでいい」なんだ。
口癖は勝手に死ぬな。どこからか持ってくるデカい仕事はいつも、人身売買やってる孤児院の襲撃、公金横領や官職売買をする悪徳貴族の暗殺、幅利かせ始めた他の悪党どもの討伐だってあった。盗賊にゃ過ぎた仕事ばっかりだ。まるで治安維持軍だ。
本当に盗賊団の頭にするには勿体ないくらいの偽善者だったよ。
だからかな、ファミリーの皆が堕ちすぎるってことが無かったのは。
孤児院襲撃して、小さな手を握る俺たちに、クソみたいな俺たちでもできることはある。誰かを助けることができるって教えてたんだ。
不思議と盗賊なんてやってんのに、気持ちの悪い例えだが、みんないつも笑ってたんだよ。そして俺もそんな奴の中の一人だった。
俺だって虫唾が走るような言葉の一つだが、きっとアニキは義賊ってものになりたかったんだろう。
アニキの過去ってのは知らないが、きっと俺らに負けないくらいクソみたいな過去があったんだろうな。
優しい日の光が窓から零れ、俺の目を覚まさせる。
不思議とここに来てからは悪夢を見ることはない。柔らかなベッドは良い夢を見せる効果でもあるのだろうか。
それとも厳重な石の壁に囲まれていると、カラスたちも監視を諦めるのだろうか。
ただ、今は悪夢が待ち遠しい。この炎が消えてしまいそうで怖いから。そして、現実に引き戻された時に感じる喪失感は、何よりも苦しいから。
昔の夢は見ない方がいい。覚めない方が良かったと思ってしまいそうだから。
「ハンドラー、朝食をお持ちしました」
しばらくしてマミアの声が聞こえた。
さて、今日の朝飯は重くないといいのだが。
作者です。やっと二話が終わりました。実は本来はもう少し続きがあったんですが、それも書いてるとまた長くなってしまうのでもうぶった切りました。
ぶった切ったところは次書く予定です。




