2話11
レオンから渡された盾を見る。鍋の蓋みてえな簡素なものだ。訓練用にゃ十分だ。
裏側を見ると、中央には革紐で作られた輪っか、外周ギリギリには木製の持ち手がつけられていた。中央の輪っかに腕を通して持ち手を握るんだろう。そうすることで前腕部と連動しやすくなり、持ち手を離したとしても盾が飛んでくなんてこともなくなる。
俺は革紐で作られた輪には腕を通さずに、左手で持ち手だけを握った。腕を通しちまったら投げられないからな。盾ってものは相手の攻撃を防御するものじゃあない。投げつけるもんよ。
そして右手にゃ木剣を握る。ショートソードくらいの短いやつだ。いいね、自分のナニと同じくらいしっくりくるよ。
「ふふふ、ハッタリかね、往生際が悪い」
スコルから5ヤード(4メートル半くらい)離れて構える俺を、盾の後ろから覗くスコル。目元しか見えないが、口まで笑ってるんだろうな。
悪いがスコル、ハッタリってのは魔法の方だ。こっちの方が俺は得意よ。
勘違いってのは時に手痛い授業料を払うことになる。その教訓が次に生かせないくらいの高い授業料さ。
良かったな。今が任務中で、俺が討伐対象じゃなくて。
「マネージャー!合図を出せ!」
スコルが女神に叫ぶ。
女神は落ち着きなく俺たちを見ると、
「は、はじめてください!」
と大声で叫んだ。
「対魔法障壁付与/アンチマジックガード!」
次の瞬間、スコルは大声で叫ぶ。多分魔法用の防御手段ってやつだろう。
スコルの構えた盾が鈍く光っているような印象を受ける。
そして思った通り、スコルはそのまま盾に隠れて俺に突進してきた。
この距離だ。一瞬で俺のとこに到達するだろう。
俺はスコルが飛び出すや否や、スコルの顔面目掛けて左手に持つ盾を投げつけた。
「なっ!?」
スコルは驚いたように目を見開いたが、もちろん盾で防御する。速度は落とさずこちらに距離を詰めてくるが、一瞬、盾で防御するためにスコルの顔は完全に盾で隠れてしまった。
その一瞬を俺は突く。
俺は同じようにスコルに肉薄し、走ってくるやつの右脚が着地する瞬間に合わせ、踏みつけるように右足でスコルの脚を蹴りぬいた。
着地の瞬間だ。全体重が右脚に乗る。マミアに約束しちまったからな、怪我はさせねえって。膝を狙わなかっただけありがたいと思えよ。
「ぐぬぅわ!!」
太腿の上を蹴りぬかれたスコルは激痛と衝撃で情けない声を出す。そして体はつんのめり、顔まで上げていた盾は体の外へと飛び出した。
がら空きだ。近距離で目と目が合う。なんて血の気の引いたツラをしてるんだ。ゴーストにでも出会ったか?
今からじゃ剣を振っても間に合わないよな。盾も体の前に戻すのには時間が必要だ。それよりも早く、俺の木剣はスコルの首に突き立てられた。
別に刺したわけじゃない。このままじゃ俺の方につんのめってスコルの唇がやってくるところだったんだ。ただのつっかえ棒にしてやろうとしたら、結構ぐいっと入っちまったんだよ。
「お、おおおお!?」
「え、盾投げるとかずりぃ」
「すげえ!」
ガキどもが十人十色の感想を述べている。ずるいんじゃねえ。戦術よ。
「俺の勝ちかな?」
「うぐぐぐ、貴様ズル・・・っ!!」
スコルが首に木剣をめり込ませたまま叫ぼうとしていた。
まあ魔法が飛んでくるって思ったら、飛んできたのは盾だし、魔術師だと思ってたら近接戦闘しかけてきたんだ。
話が違うって怒りたくもなるだろう。
ただそりゃあスコルが勝手にそう思ってただけだ。俺は嘘とハッタリ、そして脚の速さが自慢の小悪党よ。
しかし、スコルをこのままにしておくわけにはいかない。また俺を目の敵にするだろうし、そして俺もこんな小ずるい戦法で戦ったとなりゃあ、ガキどもからの評判にもか関わるだろう。
別に好かれたいわけじゃない。ただ不審がられるのが危険なだけ。そういうことだ。
何かいい案を考えようとすると、スコルの性格を思い出す。
そういえばこいつは横柄で尊大で、まあ一言で言えば自己顕示欲の塊だ。
こいつにお灸は据えれたわけだし、俺も大人だ。マミアのケツのことに関しては忘れてやろう。だが二度目はないぞ。
少しばかり芝居に付き合ってもらうか。
「いやあ!今の感じで良かったですかね!?予定通りできたと思いますが!」
「な、なぬっ」
俺はスコルの首に食い込んだ木剣を下げ、わざとらしく大声を出した。
もちろんスコルは目を丸くしているし、ガキどもも釈然としない顔で眉間に皺を寄せている。
「お前らよくわかったか!?お前らが戦わなければならないゴブリンという生き物は、予想だにしないことをやってくる!先入観を捨てなければゴールドランクの冒険者だったとしても、脚を救われるのだぞ!ということを実演しようと、グラフ殿は自ら負け役を買って出て提案してくれたのだ!お前らも俺が魔術師だからきっと魔法を使って戦うのだろうと思っただろう!?」
「貴様何をっ」
「いいから合わせとけ」
反発しようとするスコルをなだめる。
「おおお!」
「そうだったのか!?」
「確かに」
良かった。ガキどももバカだ。
しかし何人かは怪しんでいる。仕方がないことだ。今まで放任していたやつが急にそんなことを提案するはずがない。
全く。スコルの人徳にゃ脱帽だ。
握手の仕返しがてらちょっと付け加えておくか。
「そしてこれは言うなと釘を刺されていたのだが、グラフ殿は口下手で恥かしがり屋だということも俺に相談してきてくださった!お前らも漠然とした質問ではなく、具体的に何を教えてほしいかグラフ殿に伝えるように!グラフ殿が素っ気ない態度の時は照れているのだと思って配慮を忘れるなよ!分かったか!?」
「貴様なんてことを・・・!」
スコルは顔を真っ赤にして震えている。やめとけ、おっさんが頬を紅潮させるなんざどこにも需要はねえ。
俺に歯向かうとどうなるかってのを睨みつけて伝えておく。
「なんだハンドラーあの顔で照れ屋だったのか」
「俺らもわりいことしたかな」
「ハンドラーすみませんでした!勝手に性格悪い人だと思ってました!」
スコルにはC組のガキどもが群がっていった。ガキなんて単純だ。無害と知りゃズケズケと近づいてくる。
そして俺にはマミアだ。
最初はあんなに心配そうにしていたのに、今は悪魔のような顔をして近づいてきている。何故だ。
お前にはそんな顔は似合わない。俺からもその意味を知るため、マミアに歩み寄る。
「マネージャー、表情を間違えてる」
「いえ、間違えておりません。ハンドラー、今後このようなことはお控えください」
「いや悪かったよ。次からは気をつける」
「よろしくお願いいたします」
女心ってのはわからないね。まあガキどもを鍛える立場の者が喧嘩起こしゃ、マネージャーは気が気じゃないか。
ちょっと軽率だったな。反省はしておこう。
「ハンドラー!」
聞き覚えのある声が近づく。男の声はなかなか覚えない俺でもそろそろ覚えたよ。こいつはレオンだ。
振り向いたらレオンとまたリーチがいる。
「ハンドラー凄いです!魔術師でありながら近接戦闘も一級品だなんて!」
「なあ、さっきのチョビ髭のこと、嘘っぱちだろ?」
レオンは純粋に感動していて、リーチはやはり斜に構えている。しかし、勘がいい。Cクラスのガキどもよりかは頭が回るようだ。
「どうしてそう思った?」
「チョビ髭があんなこと言うわけないから」
「理由になっちゃいないが、一番説得力がある」
「だろ。じゃあつまりハンドラーは、実力であのチョビ髭に勝ったってことだよな。魔術師なのに魔法も使わず、しかも蹴り一発で・・・」
まあ盾投げたり、そこに至る前に嘘ついたりはしたが。実力で勝ったってのは正解だ。
しかし少しばかり嫌な予感がする。面倒な匂いだこれは。
「ハンドラー!オレにもさっきの蹴り教えてくれよ!」
やっぱりだ。
悪ガキってのは喧嘩の仕方をすぐに知りたがる。
確かに何か教えてやろうとは思ったが、今日はもう店じまいだ。
魔法の検証に、剣の振り方、挙句にゃスコルとの一騎打ちだ。少々腹いっぱいだ。
もう何もする気がおきん。
「気が向いたらな。もう今日は適当にやっとけ」
「いや!チョビ髭と同じじゃねえかそりゃあ!頼むよハンドラー!」
そうして俺はのらりくらりとリーチとレオンをかわしながら、残りの実技訓練の時間をやり過ごす。
かくして俺のハンドラーとしての本当の初日が終わったのだ。




