2話10
「喋ったんだ。何か教えてくれよ」
リーチは目を赤くしてこちらを向く。
まあ交渉事に嘘をつくのは盗賊にゃご法度だ。
何か教えてやってもいいかもしれない。
別に情にほだされたってわけじゃねえ。そう思いたい。
これは適切な交渉によって支払われる対価だ。
さて、と何かないかと考え、周りを少しばかり見回したその時だ。
信じられないものが俺の目に入ったのだ。
「あ!」
俺はその方向に走り出す。
自慢の脚だ。一瞬でそこにたどり着く。
「おいスコル。今何しようとしてた」
「な、なんだね急に」
目的地はスコルとマミア、そして女神の居た場所だ。
俺の目に入っていたもの、それはガキとの約束なんて関係ないくらいの大問題。
スコルがマミアのケツに手を伸ばそうとしていたのだ!
なんて奴だ!
ひとの女に手を出そうとしやがったのだこいつは!
最初から胡散臭いヒゲ野郎だとは思っていたが、ガキどもも見ずに何をやってんだこのスケベ男は!
「俺の女に何してんだって聞いてんだ」
俺は悪鬼羅刹の如く問い詰める。
そのケツは誰のもんだと思ってやがるんだ。
「ぐぐぬぬ、君ねえ、後から来たというのに偉そうに、そして訓練生どもにもチヤホヤされおってからに」
どうやらその拍子にスコルの堪忍袋の緒も切っちまった。
まあこいつの腹ん中なんておろした魚くらいまるわかりだ。
ほとんど自業自得だが、ガキどもに尊敬されない。そしてガキどもは同格の若いやつの噂で持ち切り、最初の熱烈な握手も頷ける。
挙句にゃ女のケツを触ろうとしたところを注意される。
まあそれはよくない。なんせそれは俺のケツだ。
するとスコルは何か閃いたと言わんばかりに目を見開いた。
「おおい!訓練生ども集まれ!!」
そう頭上で手を叩きながらガキどもを集め始めたのだ。
わらわらと虫みてえに集まるガキども。何をする気だ。
円陣を作るようにガキどもは集まり、まるでこれは私刑でも始まるかのような・・・。
なるほどね。多分その通りだ。
こいつめ。
「ようし!今から私とリッド君で模擬戦を始める!訓練生どもはよく見て学ぶように!!」
やはりだ。
スコルはガキどもの前で俺を打ちのめし、俺に向いたガキどもからの評価みたいなもんを一人占めしてやろうって考えたんだ。
頭が回るし性格の悪い男だ。そしてスケベだ。
「いいだろう」
「おやめください!」
俺も乗り気で答えると、事態を重くみてか、マミアが間に入る。
止めないでくれ。お前のケツを守るためだ。
「マネージャーは下がっていろ!実技訓練はハンドラーに決定権がある!!」
デカい声でマミアを止めるスコル。どうにもこいつは男として品がねえ。イイ男ってのは女に怒鳴るなんてことはしねえ。
甘く囁いてやるのが男ってもんよ。俺みたいにな。
「大丈夫だマミア。怪我はさせねえよ」
「違います!あなたが危険なのです!」
マミアは動揺を隠すつもりはなかった。
そりゃそうだ。相手はリッドと同格のゴールドランクとかいうそこそこの冒険者ってやつだ。リッドがあのトカゲを追い込んだことを考えれば、こいつももしかしたら同じくらいできるのかもしれねえ。
そして冒険者歴十年のベテラン。新人が1年程度でおっ死ぬ世界で、五体満足で十年生きてるってのは相当なもんだろう。
見りゃわかる。冒険者ってのはよくわからんが俺だって、戦闘に対しては素人じゃねえ。
スコルの方が俺より強いってのは分かるんだよ。
だがな、今回ばかりは引けねえ。
「ちょっと引けねえ理由ができちまったんだ」
「あなたは・・・」
マミアのケツを触ろうとしたんだからな。
「スコル、ちょっといいか」
「なんだね。怖気づいたのかね」
「いや、魔法は使ってもいいのかい?」
もちろんこれは嘘だ。
俺は正直今から一発も撃てるかどうかもわからんが、あいつは俺を魔術師だと思っている。
魔法の使用の了解を得ようとすることで、奴に魔法を意識させる。
あとは、合わせて魔法への防御手段があるかどうかも知ることができる。一石二鳥だ。
「先ほど程度のものなら何発でも構わんぞ。もちろん無詠唱でね」
なるほど。無詠唱ってとことスピードには驚いてはいたが、ガキどもから見ても規模はそこそこって話だ。
こいつにとっちゃそこまでの脅威ではないらしい。
そしてスコルはそばにいた1人のガキから、盾と木剣を奪い装備していた。
スコルは近接戦闘を得意とする戦士系ってこった。
だからこそか、魔術師ってのはそのまま魔法を主体に距離を置いて戦うやつらのことだ。魔法を防ぐことができるなら、懐に入っちまえば思うがまま。
その筋肉質な体つきも、俺をぶん殴るのが得意そうだ。
・・・ん?
あの筋張った腕で振られた木剣はさぞかし痛いんだろうな、とスコルを観察していると、違和感があった。
右手だ。スコルは右手に盾を構えていた。
おかしい。確か、初めにスコルが俺の手を握りつぶそうと出した手は右手だ。
握手や扉を開けるなど、咄嗟の時に出す手というのは、常に利き腕。つまりはスコルの利き腕は右手だ。
剣と盾を同時に構えるなら、繊細な動作ができ力も込めやすい利き腕に剣を持ち、逆に盾を構える。盾は大雑把な動きでも防御ができるから。
たまたま利き腕と逆で握手をした?
いや違う。よく見ればスコルの重心は右に寄っている。右側を主に使っている証拠だ。
ふと過るのはマミアの体幹。まさかマミアは双剣使いってことは・・・、いや今は余計なことを考えるな。
よく見ろ。敵を観察することが大切ってのは何度も教わったはずだ。
既にスコルは準備万端という感じであった。
右手に盾を構え、右半身を前にしている。姿勢は低く、盾のすぐ後ろで俺を睨みつけている。いつでも合図があれば飛び込んでこれるような態勢だ。
左手には剣を持っている、が、体の後ろに隠すように構えている。そのせいで余計に前のめりの印象を受ける。
・・・わかった。
スコルは盾を攻撃手段に使うのだ。
盾で殴りかかるように肉薄することで防御と攻撃を両立させる。その後背に隠した剣で打ち付ける。
背に剣を隠しているのは、盾での攻撃の後に追撃を行いやすいからだ。剣を前で構えていると盾で攻撃した後に一度振り上げないといけない。最初から後ろに構えていれば、盾で殴ったあとに体を捻ればすぐに打ち付けられる。
ドラゴンにゃ届きそうにない手法だが、ゴブリン相手になら十分だろう。盾で殴って態勢を崩させ、剣で一撃を入れる。咄嗟の時にも盾を常に前に構えているから防御もしやすい。そのまま盾で吹き飛ばしてもいいし、盾で押しつぶすこともできる。後ろに隠した剣は、出所を悟られずに不意を打つのにも最適だろう。
冒険者になるということはゴブリンと戦うってことと同じ意味だっけ?
そういう小細工ができるやつってのが生き残るわけだ。
そして、こいつは俺をゴブリンと同じようにぶん殴ろうとしてるってことかい。
「まだかね?私はいつでもいいのだが」
盾の後ろからスコルの目だけがこちらを向いている。
まあ待ちなって。
「おいレオン。俺にも盾と木剣をよこせ」
「あ、え、はい!」
レオンは木剣と近くのガキから借りた盾を持って俺の方へとやってくる。
「は、ハンドラーが剣術にも詳しいのは先ほど理解しましたが、スコル殿はそれこそ本職であってハンドラーは魔術師で」
「まあいいからいいから」
本職ねえ。十年剣振り回してるってことだろ。いや盾か?
振り回すだけなら俺も同じくらいだ。手に持つ武器の類いはだいたいアニキにしごかれた。
俺は魔力もなかったし、頭も良くねえ。そんな俺にできそうなのは逃げる、騙す、盗むに、戦うだ。
アニキはそれを徹底的に俺に仕込んだ。
俺が魔法を使おうとしているとスコルの頭を騙した、スコルの戦い方ってのを盗んで理解した、そして今回は逃げねえ。じゃああとは戦うだけだ。




