2話9
そこまで出来ればあとは仕上げだ。脱力と剣の当てる部位が理解できたなら、それでカカシをしばけばしい。
「よし。それでカカシを打ってみろ」
「お、おーし」
リーチは真剣な表情でカカシの前に立つ。大きく呼吸をしながら、何度か木剣をカカシにあてがい、位置を確認する。
「力を抜く、当てる瞬間に力を込める。当てるのはこのあたり、ふー」
目を閉じて大きく深呼吸をして、リーチは木剣を振りかぶった。
「おらあ!!」
デカい声を出してリーチは剣を振るう。
俺も目を閉じ小さい笑みが零れるくらいの脱力から繰り出された一撃。
良い音だ。カカシにリーチの木剣が直撃した瞬間、強烈な破裂音が響いた。
まるで肉付きの良い女のケツをしばいたような音。あまりのデカい音に周囲が驚き視線がリーチに集中する。
しかし、一番驚いているのはリーチであった。
木剣を振りぬいたままの態勢で硬直しながら、毛が逆立つほど興奮し、感情がぶっ壊れて小さく笑って小刻みに震えている。
まあ、これでゴブリンの腕くらいは落とせるはずだ。
「す、すげえ!すげえ!」
語彙力もぶっ壊れたようだ。リーチはただすげえすげえと連呼しながら駆け寄ってきた。
「すげえぜアンタ!あ、いや、その、ありがとうでした。ハンドラー・・・」
リーチは照れたように言葉を直した。
気持ちが悪い。いや、それは本音だ。ガキにも男にも俺は興味はない。
だから、今のこいつからの敬意というか、感謝というか、その面に気持ち悪さを感じたのは事実なんだ。
だが、どうしてもチラつく。アニキに剣の振り方から何から教えてもらって、尊敬するようになったクソガキだった俺と。
悪ガキなんてみんな一緒だ。力もねえし頭もねえが、反骨心だけはいっちょ前にある。認められねえ、助けてくれねえ、だから大人ってのが嫌いだ。
ただ、それは尊敬できる大人ってのを求めてる裏返しなんだ。
だから尊敬できて、何かを学ばせてくれるって大人ってのが居たらコロッといっちまう。
なあアニキ、俺はこんなバカ面だったのかい。
そして俺はいつの間にか、アニキと同じことをしてるってことかい。
出来すぎだよ。それともこれも運気の上がる指輪の仕業ってやつか。アニキの有難みなんて最初から知ってらあ。
「ハンドラー、僕にも手ほどきを!」
感傷的になっちまった俺を現実に引き戻したのはレオンだ。今回はありがてえ。
感謝ついでにちっとばかしは教えてやるよ。
「レオン、お前は頭が回る。さっきのリーチを見てある程度理解できたはずだ。重要なのはどこだと思う?」
「はい、最も重要なのは脱力ですね。余計な力みは初動を遅らせることに繋がるのだと感じました。あとは力を抜くことにより、体重移動を速やかにできることも利点かと」
うん、こざかしい。難しい言葉を使われると俺もちょっとよくわからん。
まあレオンのことだ。俺やリーチみたいな頭の悪いやつとは違って、見た聞いたってだけである程度理解ができる。嫉妬しちゃうね。
「まあ、そうだな。あとは力むと敵に悟られやすくなる。力の入れ方で、どう動いてくるか、どういう攻撃を狙ってるかってのがバレるんだ」
「な、なるほどお。勉強になります。ですが、それはもうゴブリンというより、対人戦闘を想定しているような・・・。しかも相当な熟練者を仮想敵とするような・・・」
おっと危ない。そりゃそうだ。俺が相手取るなんてゴブリンよりも人間の方が多かった。ゴロツキや悪党はもちろん、訓練された兵士だって戦った。
こいつは想像を勝手に走らせるきらいがある。変なところに着地させるのは危険だ。
「いらんことは考えなくていい、ほらさっさとやってみろ」
「はい!」
そうしてレオンもカカシに向かって棒を振り始めた。
リーチほどの快音を響かせることはないが、それでも基礎はでき始めている。少し頭でっかちなのは痛いところだが、適切に頭に落とし込むことができればレオンはそれを実践できるのだろう。
「ハンドラー!もっと教えてくれ、ください!」
リーチが慣れない言葉でねだる。そうだよな。悪ガキってのは何かできるようになるってのが大好きだ。
自分が何もできねえことを一番理解してんのは悪ガキ自身だ。だから強がるし、斜に構えてる。一種の防衛本能や擬態に近い。簡単に言やハッタリだ。ああ、俺の一番得意なやつだね。
だから何か自分にもできることがあると、それが何より嬉しいんだよ。
ダメだな。本来の俺に戻らなければならない。
「いいだろう。だが交換条件だ」
「は、はあ!?オレたちを鍛えんのがアンタ、いやっ、ハンドラーの仕事のだろうが!」
「なに、金をよこせって言ってるわけじゃねえ。気になったことを教えてくれりゃいいだけだ。お前が教室で言った。アンタはオレたちを鍛えてくれるのかって言葉の意味を」
「それは・・・」
少しリーチは俯き、そしてポツリポツリと語り始めた。
俺の方を向いて、真剣な表情で。
正しい情報が欲しいなら、まずは信頼を勝ち取る。これは誰が言った言葉だったか。
「回転扉ってあるだろ。教会とかにある。育てられねえ子供を入れるやつ。オレはグリムヴァルドの教会の回転扉に入れられてたらしいんだ」
入れられてたらしい。つまりは赤子の時か。
珍しい話じゃねえし、別にそれは悲劇でもない。むしろ恵まれてるほうだ。生きたまま埋められるやつもいるし、豚の餌になってるやつもいる。その辺に捨てられて、野良犬やカラスに追われながら生きて、盗賊になるやつだっているくらいだ。
何よりありゃ入れた側が助かるんだよ。食い扶持を減らすことができたってことじゃねえ。私は子供を殺さずに教会まで連れてきたんだって、罪悪感を捨てることができるんだ。
本当にいい仕組みだよ。作ったやつはよほどの悪党さ。
「それで、オレは入れられた教会の孤児院でずっと育ったんだ。貧乏な孤児院でさ。いつもみんな腹空かせてた。そこのシスターはさ、自分の食いもん我慢してオレたちに分けてくれてたんだ。オレ馬鹿だし、孤児院出じゃできる仕事も限られてる。だからずっと待ってたんだよ。訓練学校に入れる歳になんのを!冒険者になって大金稼いで、孤児院に寄付すんだよ!シスターに食えねえくらい飯食わせてやりてえんだよ!だのに・・・」
リーチは拳を握りしめ震えていた。怒りか、いやみじめさを感じてか、俯いた顔からはよく見なかったが、リーチの足元には水滴が落ちたような跡があった。
やめてくれよ。
金が欲しい。デカい家に住みたい。名声や栄誉がほしい。地獄に落ちても金で刑期が軽くなるのが冒険者ってやつだろう。
俺だってゴブリンよりかは多少は情ってもんがあるんだ。
俺の仇は冒険者だってのに、そんな話、聞きたくなかった。
まさかさっきの小娘も、同じようなことをほざくんじゃないだろうな。
「続きは僕が」
そう名乗り出たのはレオンだ。
お前もおかしいんだよ。こんなところにいるようなやつじゃねえんだ。
「今までCクラスのハンドラー・・・グラフ殿は、今日のように実技訓練というものをちゃんとしてくれたことがありません。最初から適当にやっておけ、好きにしろ。と、この時間はずっとあのような感じでマネージャーと話すか周りをうろつくだけなんです。何人かCクラスの人が教えてもらいに声をかけたのですが、それも上手くいかなったようで。僕たちのマネージャーも教えに来てくれたりしたのですが、グラフ殿に止められ・・・。あとはハンドラーのドラゴンを撃退したという噂を聞いて、余計に機嫌が悪くなり、僕たちに当たる時もありました。だから・・・」
ああ、分かった。合点がいったよ。
マミアの言葉だってそうだ。俺は他と違うってね。あいつも俺と同時期の新参だ。マミアが訓練学校内を案内したんだろう。あいつと比べりゃ俺が良く見えるのは無理もない。
そしてさっきマミアが口ごもったのもそうだ。マミアはどちらかと言えばヴォルター側だ。ガキどものことを考えている。だから俺に聞かれて、罵倒の一つでも思い浮かんで口を閉じたんだ。
俺の天使の口から毒を吐かせようだなんて、とんだ罪人だ。




