2話5
軽い足取りで自室に戻り、先に着いていたマミアを目にして落胆する。女を待たせるなんてどんな悪事をするより心が痛むよ。まあ悪事を働いて心が痛むくらいなら盗賊になんてなってねえわけだが。
その後は自室でマミアの持ってきてくれた飯を食べた。硬いパンを皿代わりに、その中にワインで煮込んだシシ肉をを入れてるスカした料理だ。名前もシシ肉のシヴェ風ブレッドボウルだと、気取りすぎだ。
軽くでいいと言ったのに、腹がいっぱいになっちまった。ただ肉汁がしみ込み柔らかくなったパンは美味かったよ。
材木に恵まれてない地方じゃ金持ちはこのパンを奴隷や家畜にやる。パンがただの食器だからだ。
そう思うとグリムヴァルドは材木にゃ恵まれてるらしい。木製のトレイやフォークやスプーンが当たり前に出てくる。近くにデカい森でもあるのだろう。
果たして食事も終わりしばしの休息を取る。
やっぱり腹は少し空いてるくらいが丁度いいんだ。この食後の眠気ほど難敵はいないからな。
少々仮眠も取れるほど時間が経つと、またマミアの声が聞こえる。
「ハンドラー、お時間です。ご用意を」
ご用意も何もやるのは目を擦るくらいだ。ただしっかりと擦っておくよ。女の前で眠たそうな顔はご法度だ。
部屋を出てマミアを見て、少々しくじったことに気付く。
夢うつつとなるならしっかりと目に焼き付けておくべきだった。夢の中ならハンドラーの役を演じる必要もないからな。
「それでは訓練場に向かいましょう」
じっくりとマミアを見ると、素っ気なく踵を返す。仕事の時はまるで人形だ。可憐な見た目がもったいない。だがそれもいい。そんな人形に息を吹き込むとどうなるか考えるのがまた良いんだ。
あわよくば俺の唇がその仕事を任せられることを願うばかりだよ。
しばらく静かな廊下を進み、巨人の口のような扉から外へ出る。
明るいうちに見るのはしばらくぶりだ。少し振り返りその全貌を見ると、俺でも蹴落とされるような気分になる。
デカい家ってのは好きなんだがな。もちろん住む方じゃない。忍び込むほうだ。
デカけりゃデカいほど忍び込む手段が増えるし、見張りも多くはなるが逆に手薄な部分が露骨になる。
小さい犬小屋にお邪魔すればすぐに犬にバレるだろ?極端な話になるがそういうことだ。
小さい家よりデカい家の方が実は楽なんだよ。盗賊(俺ら)みたいなもんからすれば常識だ
だがここに入る気には起きない。
積み木のように綺麗に並んだ石材の壁は、指をかける隙もないくらいつるつる。デカい出入口は静かに動くことを知らない扉。中には凄腕の冒険者が何人も寝泊りをしていて、何より奥にゃ人型の虎がいるんだ。
考えるだけ無駄だ。性ってやつは辛いね。一応どう入るかってのを考えちまう。
「マネージャー、そういえばCクラスのハンドラーってのはどんな奴なんだ?」
別のことを考えようと思い、気になっていたことをマミアに聞いてみた。
これから会うやつだが、何か情報があるなら知っておきたい。弱みを握れるかもしれないしな。
あとはリーチが言ってた言葉の意味も気になることだし。
するとマミアは珍しくその言葉に反応した。そこまで大きなものではなかったが、ピタリと足を止めたのだ。
「Cクラスのハンドラーは・・・、その、あなたと同じゴールドランクの冒険者です」
それだけ言って、マミアは口ごもる。おかしい。
あれだけ逢瀬を重ねた仲だ。マミアが何か言葉を選びつつも、適した言葉が見つからずに黙ってしまったのはすぐに分かった。
気取られまいとしてか、マミアの足はまた動き出す。
どうせすぐにわかるんだ、言いたくないならそれ以上聞かないさ。そんな野暮な男じゃねえよ。
そしてその時は本当にすぐにやってきた。
広い土の地面と、奥にはグリムヴァルドの高い防壁、その前にはどっかで見た石で出来た的がいくらか並んである。
ああ、つい昨日の晩に寄った場所だ。
明るい時に来ると広さが際立つね。昨日は気づかなかったが少し離れたところに、大小さまざまな大きさでできた木製の人形が置いてある。人形と言えば聞こえはいいが、丸太で出来たただのカカシだ。
案内の時に見た木剣であのカカシを相手に訓練をするんだろう。
・・・なんて無意味な訓練だ。魔法や弓ならまだしも、動かない相手にいくら剣を振っても意味はない。
どうやら冒険者どもの考えるゴブリンと、俺の記憶のゴブリンとは別もののようだ。ゴブリン5匹につき1人って考えも持ってることだし、多分この辺りのゴブリンは全く動かないんだろう。いくら置物でも5つもぶっ壊すのは骨が折れるからな。
そしてその的やカカシの前に、20人くらいのガキがいた。
うちのガキとよそのガキだ。その前には2人いる。男と女だ。
男は俺より少し年上くらいのおっさん、踏ん反り返って整えた口ひげを触っている。
女はというと、これはまた可憐な女だった。
小柄で自信なさげに俯く彼女の髪は、月の光を溶かしたのかという美しいプラチナブロンド。目元まで隠れるような長さだが、さりげなく覗かせる目鼻立ちはとても整っている。
緊張か戸惑いか、身を縮こませながら体の前で指先を弄り猫背になっている。そのため、普通の奴は気づかんだろうが、俺の目は彼女の隠れた果実が大きく実っていることを見逃さなかった。
凄いな。天使に月の女神まで居るなんて。これもお貴族様の意向か何かなのだろうか。それともヴォルターの趣味ってことはないよな?
いやあの男に限ってそんなことはない。俺はヴォルターを信用しているよ。きっとあのおっさんは獅子か虎とよろしくやってる。
そうして訓練学校の凄まじさに感動さえも覚えていると、俺を見つけたおっさんが笑顔で近寄ってきた。
おいおいよしてくれ。俺はそっちの女神の髪をかき上げ額に口づけをしたいんだ。口ひげは呼んでない。
「やあー!君が噂のリッド君かね!会いたかったよ!」
そう言いながら口ひげのおっさんは右手を出してきた。友好の握手か。
俺も右手を出すと、その笑顔がただの貼り付けた嘘の仮面だとよくわかった。
上下関係を理解させるためか、そして敵視の表れか、ヴォルターを見習ってほしいもんだ。俺の手を痛いくらい強く握ってきたのだ。
リッドの野郎、こいつと何かあったのか。
いや、違うな。このおっさんの反応は初対面のそれだ。
理由は分からんがやめてほしい。
ここの人間に好かれようなどとは思ってないが、敵視されるのは危険だ。
あることないこと裏で言われても困る。魔法の使い方をほんのちょっと理解したくらいで、まだ何もここで得られてないんだ。
こいつのことを良く観察しておかないといけない。女神の瞳はお預けだ。
「ああよろしく。あんたがCクラスのハンドラーで?」
「そうだ。私がCクラスのハンドラー、スコル・グラフだよ。冒険者としてのランクは君と同じだが、十年のベテランだ。ハンドラーとしても数日私の方が先輩だね。何でも聞いてくれたまえ!」
「参考にさせてもらうよスコル。俺がいない間うちの訓練生も見てくれていたそうじゃないか」
「ああ礼には及ばんよ。訓練生を見るのはハンドラーとして当然のことだ。今日も私に任せておいてくれたまえ!」
「心強いよスコル」
果たして俺たちはガキどもの前へと並ぶ。
まあ、もうだいたい分かったよスコル。アンタはとても不遜で尊大で傲慢だ。自分の方が上だとどうしても思わせたいらしい。




