2話4
着席したのち、隣の目つきの悪いガキとレオンは何か話してるようだ。
目つきの悪いガキはいぶかしげで口を尖らせて、レオンが一方的に話しかけているように見える。
流石の俺でも少し遠いか、口の動きを見ても何もわからん。
まあ変に思われていないならそれでいい。
マミアも特に反応はないことだし、回答としては正解なようだ。
「ありがとうございますハンドラー」
マミアは引き続き黒い壁に向かう。
しかし、また上の方に何かを書こうとして、マミアはハッとした表情で書くのを辞めた。
長年培った俺の盗賊の目はその瞬間を見逃さなかった。そして、何故文字をなるべく上から書くのかという真実をそこで俺は完全に理解したのだ。
なんと、マミアの双丘はその大きさから黒い壁に押し当てられ、文字をわずかに消し去ったのだ。
そう、マミアは自らの胸で文字が消えるのを防ぐために、背伸びをして腕を伸ばして上から文字を書いていたのだ。
慌ててどこからか布を取り出して黒い壁を拭くマミア。拭かれた文字は綺麗にとまではいかないが、一瞬で消えていく。
何度も短期間に書いて消してを繰り返せるこの黒い壁。凄い技術だ。
と、そこまでは考えることはできたが、頭の中にはあの刹那が何度も蘇っている。
衝撃的だ。綺麗なパン生地のような塊が、ハチミツのように形を歪ませる。
俺はしばらくそのことで頭がいっぱいで、鐘の音がいつの間にか鳴るまで放心していたのだった。
「鐘が鳴りましたね。今日の座学はこれで終了です。昼食後は訓練場に集合、Cクラスとの合同訓練がありますので、訓練生の皆さんは訓練用装備を用意しておいてください」
なるほどね。座学の終わりは鐘の音で合図か。始まりはなかったことをみると、ある程度前後することがあるのと昼の用意があるからだろうか。
「マネージャー、俺はどうすればいい?」
今度は俺が主役になりそうだ。マミアに声をかける。
「またお時間になればお迎えにあがりますので、部屋でゆっくりしていただければと。昼食はどうなさいますか?」
「また軽くでいい。じゃあ部屋に戻ってるよ」
君を昼食に、とでも言えれば一番よかった。この悶々とした頭にした犯人なのだから。少し白く汚れたマミアの胸元を確認した後、俺は教室から出ようと扉に向かう。
が、ドタバタと俺に近づく足音が聞こえる。
視線をやると、お坊ちゃんが駆け寄ってきているのだった。
その後を斜に構えるガキが後をついてきていた。目つきの悪いガキだ。
「ハンドラー!先ほどは回答いただきありがとうございます」
レオンが妙な目をして感謝を述べる。まるでイイ女を見つけた時の俺の目のようだ。
眩しいくらいに見開いてやがる。やめてくれ、俺はガキも男も興味ない。
「あー、辞めてくれ。お前が本ばっかり読んでそうだからいじめてやろうとしただけだ」
本心だ。こいつは妙に俺に興味がある。なら少し突っぱねれば印象もゼロに戻るだろう。
上がったものを落としたい。懐かれるのも近づかれるのも今は危険だ。
「つまり、本に書いてあることを鵜呑みにせず、経験を踏まえ確かな知識にすると・・・。確かに僕は本でしか知識を・・・、足りないのは経験・・・。ハンドラーのおっしゃった内容は比較対象の誤認と・・・」
少々怖い。レオンは急にぶつぶつと独り言を言いだし口に手をやり俯いている。
自分の世界に没入する癖があるようだ。こういうやつは危ない。頭の中でもう一人の自分と会話して、いつの間にか話が飛躍していたりする。そしてたまに的を射る時もあるから侮れない。
俺のことを一切疑わないか、正体に真っ先に気付くか、その両極端だ。
「なあ」
そう声をかけるのは目つきの悪いガキだ。
「お前は?」
「・・・リーチ」
このガキ、俺を睨みつけるような生意気な顔をしてやがる。線は細いがレオンよりも幾分かがっしりとしているし、愛想もなければ頭も良くなさそうだ。レオンの横よりもスラムの方が似合ってる、俺好みのクソガキじゃないか。こういうガキの方がわかりやすくて御しやすい。懐かれるならレオンよりもこいつ、リーチと言ったか、リーチの方がまだマシだ。
マシなだけで、懐かれたいわけじゃない。アニキに痩せた野良犬って言われて拾われた時の俺に重なるしな。
「アンタはオレたちを鍛えてくれんのか?」
不思議なことを聞いてくる。ここは表向きは冒険者を育てる訓練学校で、俺はそのハンドラー、そしてこいつは訓練生。イエスかノーかならイエスになる。俺が別にどうでも良いって考えてることは置いといて、だが。
まずそれがおかしい。アンタは、というのも。他のハンドラーは違うのか?しかしクラスごとに担当のハンドラーがいるはず・・・、ああ合同訓練でのCクラスのハンドラーか。
つまりCクラスのハンドラーはこいつらから見ると、自分たちを鍛えようとしていない、と写っているということか。別のクラスだから、自分の担当ではないから、理由は分からんがそういうことか。
そしてもう一つ。話じゃCクラスDクラスってのは素質の低い奴らを集めていると聞いている。
確かに頭でっかちなお坊ちゃんと、頭の悪そうなクソガキを見てみれば頷ける。
ただ、それは冒険者を目指して訓練学校に来るやつが少ないためだ。何かしら、まあ多くは貧困なんだろうが、仕方がなく冒険者を選ぶしかないから素質の低いやつが集まってくるんだ。
だからおかしいんだ。今日から鍛えてやるとは言ってやったが、それを真に受けて鍛えてくれるのかなどど、まるで冒険者を本気で目指してるかのように言質を取ろうとするなど。
俺の推測が間違っている?
いやそんなはずはない。マミアだって裏付けている。
不思議には思ったが、まあ俺には関係ない。
俺は最初と同じように答えるよ。
「言っただろう。死にたくないやつだけ真面目にしてくれりゃあいい、って」
「わかった。真面目にしてやる。オレの墓は注文しなくていいぞ」
なんて憎たらしくて可愛いクソガキなんだ。盗賊なんてやってりゃこの類いのやつは数えきれねえくらい出会った。そのせいかとても親近感と好感を持てる。ファミリーにいてもおかしくないくらいの逸材だよ。
リーチ、冒険者なんて目指すのは辞めて盗賊にでもなっとけ。コツはいくらでも教えてやるよ。
「それは残念だ。1ダースで割引が効くかもしれねえのに」
「な、それでもハンドラーか!やっぱり鍛えてくれねえのか!」
やはり可愛がり甲斐のあるクソガキだ。こいつなりの精一杯だったようだが、それを踏み倒してやるのは面白い。
正体がバレない程度にハンドラーを装うから、その時は見てやるさ。
「わかりました!犬やカラスは他の動物と比較していたために頭がいいという印象になっていて、ゴブリンは人間と比較しているため頭が悪いという印象になっていたんです!」
急に横のレオンが大声を出す。
どういうことだ。
「む、レオン、急にどうしたんだ?」
「僕の誤認の理由です!つまりハンドラーは比較対象の統一が重要であるということを暗に伝えてくださっていたのですね!」
やはりだ。レオンは俺とリーチが話している間、一人で物思いにふけり、勝手に答えに到達していた。
リーチも少し苦笑いをしている。
「あー、まあ、そういうこと、かな?」
「やっぱりそうだったのですね。これからは気をつけます!」
「うん。気を付けて」
俺も苦笑するしかなかった。
そうして、レオンとリーチは失礼しますと言って教室を後にする。飯にするようだ。
レオンにご一緒にどうですかと言われたが、男の食事の誘いはあまり気が乗らなくてね。丁重にお断りしたよ。
俺も部屋に戻らなければならない。もしかしたらもうマミアが俺の飯を持ってきてるかもしれない。
女との約束には先に着いておくのがマナーってもんだ。




