2話3
「人間以外の人型種族を亜人種と総称しますが、その中でも人間と敵対関係にあったり、攻撃的な亜人種を敵性亜人種として区別しています。ゴブリン以外にもオークやトロールなどがこれに当たり、冒険者ギルドにも頻繁に討伐、撃退依頼が寄せられています。ゴブリンを対象としたものは群を抜いて多く、毎日のように別の依頼や任務が発生しています。冒険者になるということは、ゴブリンと戦うことであると言っても過言ではないでしょう」
マミアの講義には頷ける。ゴブリンはどこにでもいるし、すぐに増える。奴らの最も厄介なところだ。
雑食で何でも食うから飯には困らない。木の実の豊富な森、魚の居る川、もちろん人間の村でも、なんらかしらの食い物が近くにあって、あとは洞窟でも廃墟でも何でもいいから隠れ家になりそうなところさえあれば奴らはすぐに増えちまう。
そして別の人型の生き物の雌を攫って孕ませることができるのも恐ろしいところだ。
ゴブリンにだって雌はいるし、そいつらも多分出産することは可能だ。だが、奴らは他の種類の雌を好んで孕ませる。他の雄を攫うってことも聞いたことがないわけじゃないが、まあ少ない。当たり前だ。あんなツラ見ておっ立てるやつはいねえだろうからな。
俺はそれを、別の種族に妊娠と出産というリスクを負わせることで、自分たちがリスク無しで増えることができるためと思っていた。
しかし、昔の仲間、ファミリーに居たジジイがそれは違うと言ったんだ。
ライオネルって名前のどっかの国の元宰相だってジジイだ。自称だが。
こざかしいジジイで、いつも小難しいことを話していた。
ある時ゴブリンについて、そのことを話したんだ。別の種族と子供をなせることの本当の意味ってやつを。
ジジイ曰く、生き物ってのは絶えず進化しようとしているらしい。進化ってのはより高度な種族になるってことだ。
だからどんな生き物も、より強く、より素質のある相手と子供を成そうとする。人間だって頭がいいとか、顔がいいとか、ケツがデカいとかって感じで選ぶだろ。そうした方が、次に生まれる子供が、また子孫を残せる可能性が高くなるからだ。
それが進化。より生存競争に勝ち残る子供を残そうとすること。そう言っていた。俺は俺だから話半分で聞いていたけどな。人間はいつまでも人間だよ。
そしてその究極系というのがジジイ曰くゴブリンらしい。
つまりジジイが何を言ったかといえば、進化の末他種族との交配が可能となり、更に他種族と交配することでより強力なゴブリンへと進化しているのだと。
震えたね。ゴブリンなんて今のままでも十分恐ろしい生き物だ。それが更に強力なゴブリンへと?
どんなホラーストーリーよりも恐ろしかったよ。
まあ、信じちゃいないがな。怖くて震えたのは事実だが。
「ゴブリンは数が多く、狡猾で侮れない魔物です。そのため冒険者組合では、依頼を受ける際対象のゴブリン5匹につき、1人以上の冒険者が必要と定めております」
昔のことを思い出していたらマミアが講義の続きを話していた。
5匹につき1人・・・、ダメだな。死んじまう。
絶対に5匹とわかってるならまだ良い、それなら俺だってどうにかなる。だが、多分5匹ですじゃ俺が冒険者ならお断りだ。
冒険者組合はゴブリンは数が多い、すぐ増えるってのは分かってんのに、それ以上は頭が回らんらしい。
どうやって調べてるのかはわからんが、ゴブリンの正確な数なんて誰もわかりゃしないんだ。
相手は洞窟や廃墟に潜み、夜を好み闇に紛れ隠れる達人だ。森ん中の野ウサギの数が分からんように、ゴブリンの数なんてわかりゃしない。
5匹倒して6匹目7匹目が現れるのがゴブリンだ。
ゴブリン3匹につき冒険者1人、俺ならそう決める。
・・・そうか。ゴブリンと戦うということが冒険者であるならば、冒険者の死因の多くはゴブリンになるはずだ。
新人が1年にも満たずにくたばる理由の一つはそれじゃないのか。
10匹だと思っていたゴブリンが20匹いた。10匹と聞いたのは先月の話であった。そういう情報の誤りが冒険者ってのを殺してるんだ。
そして真実は生存者のみに語る権利がある。たまたま生き残ったやつらは情報が適切だっただけ、もしくは少々情報よりもゴブリンが多かっただけ。
くたばった奴らは情報が間違っていたことを伝えることさえもできない。
推測に過ぎないが、あながち間違ってはいないと思うぞ。
「はい、構いませんか」
一人の訓練生が手を挙げている。金髪のお坊ちゃん、レオンだ。
座学中でもそのこざかしさを振るっているらしい。
「どうぞレオン」
マミアが了承すると、レオンは立ち上がった。
「ゴブリンは人間の子供ほどの体格で、ずる賢いとは聞きますが、知能は低く頭が悪いということは有名です。5匹につき冒険者1人というのはいささか警戒しすぎな印象を受けますが」
まさに頭でっかちなガキの質問だ。
本ばっかり読んで現実を知らないことを露呈している。
そしてそれを聞いて、何人かの訓練生が賛同する。
レオンの隣の目つきの悪いガキなんて、俺は10匹は1人で殺してやると感情を高ぶらせている。
ため息が出る。
これはさっさと良い墓地を探さないといけないぞ。1ダースまとめて注文できる墓地を見つける身にもなってみろ。
いや、棺桶の中身は空っぽか、少し大きめの石に綺麗に名前を彫ってもらえばそれでいいか。
「確かにそう言われていますね。ではハンドラー、お願いします」
墓石のデザインを考えていると、いきなり俺に回ってくる。早すぎはしないか?
そういう疑問への対応もまとめて用意しているもんじゃないのか?
突然すぎて危うく声を出しそうになるが、どうにか我慢した。
まあいい、少しはハンドラーとして仕事をしておこう。あとはほんの少しだけ舐めてるガキどもに苛立ちも覚えた。少々意地悪をしてやりたいところだ。
「レオンだな。それも本で読んだことか?」
「は、はい。書庫で借りた本にありました」
「勉強熱心なのはいいことだ。・・・そうだな。お前は犬は頭がいいと思うか?」
突然の質問にレオンは固まるが、すぐに自分を取り戻す。
「はい。犬はとても頭がいいです」
「どうしてだ?」
「人間の言葉をある程度理解しますし、知らない人間が来れば吠えて知らせてくれます。訓練次第で牧羊犬や猟犬、軍用犬にもなりますから」
「そうだな。犬は頭がいい。人間の幼児ほどの知能があると言われている。次はカラスだ。カラスは頭がいいと思うか?」
「・・・はい。不気味ですが、戦争に行く兵隊についていったりする話はよく聞きますし、馬車の前にクルミを落として割ってもらうカラスの話も聞いたことがあります」
「そうだな。カラスも頭がいいんだ。ヒトの顔を覚えていたずらをしてきたり、餌をくれたヒトに対しては会いにきたりするし、仲間を紹介してきたりもする。実に頭がいい」
「質問の意図がわかりかねますが」
ああレオン、お前なら気づいてもおかしくないんだが。少々がっかりだよ。
俺は小さくため息を出して答えを言ってやった。実に優しいハンドラーだ。
「ゴブリンも全部できるよな。侵入者がいれば叫んで周囲に伝える。ヒトの顔も覚えるし、餌があった場所には何回もくる。馬車に積み荷があればすすんで襲う。そして人間の言葉をある程度理解している」
「あ・・・」
ようやくわかったか。
心底青ざめた表情をしている。ゴブリンの怖さをわかったためか、それとも自分が勘違いしていたことにか、それか両方か。
「さてレオン、ゴブリンは頭がいいか?悪いか?どっちだと思う?」
「・・・頭がいいです」
「わかったようだな。そしてゴブリンは人間の子供ほどの体格ではあるが、犬だって人間より小さいのに手綱を引っ張られれば大人でも制御が困難だ。犬より頭もよく、犬よりも力が強い、そして何より数が多い。警戒し過ぎだと思うか?」
「いえ、警戒すべきだと思います!ありがとうございましたハンドラー!」
レオンはそう大声を出して着席する。
何故だ。少しいじめてやろうかと思ったのに何故あんな満足したような表情をしているんだ。




