2話1
朝は少なくていい。その言葉を聞いたマミアは部屋に毎朝パンを一つだけ届けてくれる。
満腹になると判断力が鈍る。常に少し腹が減ってるくらいがちょうどいいんだ。特に盗賊らみたいなものは。
パンをかじりながら昨夜のことを思い出して、自分の浅はかさにため息を漏らす。
「ハチミツの作り方の本だったか・・・」
寝る前に、借りたもう一冊の本を読んでいたんだが、ひたすらミツバチやらハーブやらの単語が並んでいた。
どうやら蜜蝋も作る段階で少しランク分けされるらしい。そして俺の目の前に立ってる火のついてない蜜蠟は少し下のランクの圧搾蜜の蜜蠟だ。黒い点が結構ある。こりゃ不純物だ。
それでも高価なもんには変わりはないが・・・。
借りてきた本は養蜂に関係する本であったのだ。
こんなことなら魔物の図鑑でもしておけばよかった。
ハチミツに詳しくなったところで、なんの得にもならねえ。
そう思いながらまたため息を吐くと、昔のことを思い出す。
ファミリーの奴らがよく言ってたんだ。
「知識は未来の酒代、か」
盗賊なんてことをやってりゃ、普通じゃないことをするのが普通になる。
そうするとやっぱり普通の質と量の知識じゃ足りないわけだ。
だから知識ってものならなんでもいいから取り込む、それがいつか仕事で役に立つだろうから。
学者先生共に負けないくらい盗賊は知識には貪欲だよ。
ダミー穴のある錠前の見分け方から金玉がかゆい時に良く効く薬草までなんでも知ってる。
何か一つ知識が増えれば、いつかそれが生かされて酒代になるぞ。ってな言葉だ。
これで一杯くらい飲めればいいが。
「さて」
俺は傍らの一枚の羊皮紙を手に取る。それには12人分の名前と年齢が書かれていた。多分な。
名前ってのは同じ音でも別のスペルになったりする。地域差だって出る、文章なんぞよりも初見じゃなかなか難しいんだ。文章なら単語さえある程度読めれば、意味と並びでどうにか推測はできるんだが。
これは朝イチ、マミアがパンと一緒に渡してきたんだ。
多分Dクラスってやつの訓練生の名簿だ。
レオン・ギータ。あのお坊ちゃんの名前もあるから。
その隣にゃ16と数字が書かれてある。おいおいあの成りで16歳か。
田舎の10歳くらいのガキに腕相撲で負けるぞ。
「まい・・・、まり・・・」
一通り見て読めそうな名前を探してみるが、まともに読めそうなものはほとんどない。
ひとまず音の目星をつけ、あとは本人たちに聞けばいい。
俺はこいつらのハンドラーだ。名前を聞けば昨夜のレオンのように、うやうやしく教えてくれるはずさ。
スペルなんてわからなくても墓の注文はできるしな。
ただ問題なのは、どうやらマミアもその他も俺が字を読めると思ってることだ。
冒険者ってのは皆字が読めるのか?それともリッドがたまたま読み書きのできるやつだったのか。
どちらにしろ、これは危うい。いずれボロが出る。
依頼や任務の受注のシステムなんてわからんが、書面に目を通すことがあるかもしれない。
そうなりゃアウト。
しばらくは訓練学校からは動かんだろうが、もし外での訓練があったら。冒険者組合に出向くってことがあったら・・・。
どうやら指輪と魔法に平行して読み書きのお勉強もせねばならんらしい。
しばらくこれからのことを考えていると、俺の部屋の扉を叩く音がした。
多分マミアだ。後でお迎えに上がりますと伝えられていた。
「ハンドラー。よろしいでしょうか?」
マミアの凛とした声が扉の外から聞こえてくる。
女に部屋を訪ねられるのは悪くない。部屋があった時なんてほとんどなかったがな。
「ああ今いくよ」
そうして、名簿を手に部屋を出て行ったのだった。
待ち受けるのは麗しきマミア嬢。こういう言葉がある、天国ってのは朝起きると目の前にこの女の顔があるところだ。と。ああ、今考えた。俺が伝記を出すなら太字で書いておくよ。それにはやっぱり読み書きを練習しないとだ。
俺が出てくると、マミアは踵を返し歩き始める。つれないね。朝の挨拶はさっきしたが、もう少し会話があってもいい。
やはり男から話題を出すのがマナーか。
歩きながら俺はマミアに問いかける。
「朝から合同訓練ってのをするのか?」
「いえ、基本的には朝は教室での座学になります。実技訓練は昼から行われます」
「座学ねえ。俺は実技訓練担当だろう?俺も一緒にか?」
「はい。何か不備があったり、補足したい事柄があればよろしくお願いいたします」
「ああなるほど。じゃあ俺も訓練生と同じように真剣に聞いておかないと」
全くその通りだ。
急に「ハンドラー、説明をお願いします」などと言われるかもしれない。
もしそれで「わかりません」なんて答えてみろ。一瞬でバレちまう。
今からでも内容を予測しておくか?言葉を用意しておくか?今日の座学の内容を教えてくれと聞いておくか?
しかしあまりそんなことを気にするのも不自然だ。
座学なんて情報を伝えるだけのこと、そして複数のクラスが同じように受けているのであれば、内容や順番のひな型はあるはず。つまりはそこまで補足はしなくてもいいはずだ。
不安は、Dクラスってのがバカかどうかってことだ。
マミアの説明で全くわからんとなれば俺に振られるはず。
俺がするのはマミアの話を真剣に聞くことと、訓練生がバカじゃないことを祈るってことだ。
レオンは字も読めるし言葉遣いもこざかしいお坊ちゃんだ。その心配はあまりない。
あとは他のやつだ。どうか物分かりのいいガキどもであってくれ。
「それではハンドラー、もう訓練生は揃っています」
しばらく歩いて教室の扉の前につく。
いよいよご対面ってわけか。
さて、どういう雰囲気でいればいいだろうか。やはりリッドに合わせて軽い感じがいいのか。
いや、別に訓練生共はリッド本人の情報なんてものはあまり伝わってないはず。こいつらが知ってそうなのは、ドラゴンを撃退したという噂のみだ。
なら別にリッドである意味はない。むしろ寡黙につとめていたほうが如何にもという雰囲気を出せるかもしれない。
マミアも別に、訓練生の前ではハンドラーの仮面を被るとでも思ってくれるだろう。
レオンも、まああの時もそこまで会話はしていない。あまり喋らない人間だと思うはず。
喋りすぎない方がボロも出にくいしな。
よし、俺は物静かな男。冷静に座学を見守るハンドラーだ。




