断章 レオン・ギータ1
「おいレオン、どこ行くんだ?」
扉を開けようとした僕の名前を呼んだのは、同じ部屋のリーチだった。
振り返るとリーチはベッドの上であぐらをかいて座っている。
暇なんだろう。今日は太陽の曜日、訓練もないし、話し相手の行方が気になったんだ。
「書庫だよ。この前借りてたの読んだから」
「もう読んだのかよ。面白いもんかね読書ってのは」
顔をしかめてため息を吐く。
リーチが孤児院の出だということは教えてもらっていた。いつも話すのは孤児院に残してきた年下の子たちのこと。
多分いつもその子たちの面倒を見ていて、自分のことは二の次で孤児院の手伝いばかりをしていたんだろう。
リーチは字が読めない。
だけど、字が読めないことをなんら気にしていないし、僕も別にそれをどうとも思ってはいない。
不思議なことではないからだ。
ただ、一緒にこの面白さを共有できないことだけを、少しだけ残念に思っている。
座学の時に少しだけ読み書きを教えてくれたりするから、いつかリーチが本を読めるくらいになったらいいな。
僕はそれから、リーチにすぐ帰ってきて相手をしてあげるからと告げ、部屋から出た。
少しだけリーチは不機嫌そうな顔をしてた。体格が良くて喧嘩はかなり強そうだし、顔も大人っぽい。
でも優しい性格で、僕がふざけてバカにしても本気で怒ったりなんかしない。多分孤児院での生活がリーチをそういう性格にしたんだろう。
リーチが同じ部屋で、本当に良かったと僕は思ってる。
書庫へ向かう。持った本はちょっと重いから、早くいかないと。
書庫の扉の前まで来ると、中からかすかに話声が聞こえた気がした。
何度か足を運んだけど、司書のフィンチさん以外を書庫で見たことがない。
もしかして同じDクラスの人かな?
そうだったら、読書友達になれるかもしれない。まだ挨拶以外に話ができてない人は多いから、ちょっとだけ僕は期待しながら書庫の扉を開けた。
「失礼します」
書庫に入ると、そこには何故か焦った顔をした二人がいた。
一人は司書のフィンチさん、もう一人は・・・。見たことのない大人の男の人だった。
「あははいらっしゃい」
何故かフィンチさんは苦笑いをしているような表情で僕を出迎えた。
機嫌が悪そうな気がする。綺麗な人だけど、僕は少しだけ怖い。リーチは多分好きそうだ。
いつもマネージャーのことを綺麗だなって言ってるから。
「借りてた本を返却しにきました」
「Dクラス、レオンくんね。もう少しゆっくり読めばよかったのに」
フィンチさんが貸し出し帳を書いている。
その言葉に、読んだ内容が頭の中に蘇ってくる。
読んだ本はグリムヴァルドの建国の歴史だった。
元々荘厳な、厳格な森という意味のグリムヴァルドという深い森があって、初代国王様がその森の近くに国を作り、森を切り開きながらその恩恵を享受し国を豊かにしていった。その森に感謝を込めてのちに国の名前をグリムヴァルドと定めた。という本。
ずっとこのグリムヴァルドホールドで住んでいたけど、国の名前の意味も、防壁が半分食べていったようなグリムヴァルドの森のことだって全然知らなかった。
「いえとても面白い内容ですぐに読んでしまいました」
フィンチさんにそう答えたあと、僕は横の若い男の人を横目で見た。
カッコいい雰囲気の人だった。スラリとしてて、今まで僕が見たことの無い感じの人だった。
黒い無造作な髪、少しリーチと似ている。顔はとても大人っぽくて、少し危険な感じがする。
悪そう、って言ったら失礼かもしれない。でも、それ以上になんだか視線を外せないカッコよさがある。
とても気になって、僕はフィンチさんに聞いてみた。
「こちらの方は?」
恐る恐る聞いてみた僕に、返ってきた言葉は、
「Dクラスのハンドラーよ」
だった!
もちろんとてつもなくびっくりした。
Dクラスのハンドラーと言えば僕たちのハンドラー。そして少し前に乗り合い馬車を襲ったドラゴンを撃退したっていう冒険者の人だ!
ドラゴンなんて軍隊総出でどうにか撃退できるような生き物。
それをたった一人でやってのけ、脚の骨を折ったくらいで済んだらしい。
でもこの人は、乗り合い馬車のお客さんたちを助けられなかったことを一番悔やんでいたって聞いた。
まさに本で読んだ英雄みたいな人。
そういえば明日の実技訓練から参加するってマネージャーが言っていた。
急だったからすぐに反応できなかったけど、僕は慌てて姿勢を正して挨拶する。
「えっ!?失礼しました!ぼ、僕はレオン・ギータです。お噂はかねがね・・・」
ハンドラーの目が僕を観察していた。
敬礼は多分大丈夫なはず。胸に右手を当て敬意と武器を持たず敵意のないことを表現、だったかな。
ドラゴンを追い払っちゃうような人の前だから、とてつもなく緊張する。でも、自分の好奇心が憎い。
これから僕たちを鍛えてくれる人がどんな人なのか、少しでも知りたい。僕は観察し返すように、ハンドラーのことを見てしまっていた。
すると見つけたのは、僕が返した本とは別の本。ハンドラーがこれから借りるみたい。
この人は何を読むんだろう。僕はそれが気になっていた。




