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第三話

「なあ、告白ってどんな感じでやるのが一番いいと思う?」

 そう言って左を振り返ってみると、金田は焼きそばパンに食いついたままこちらを見つめていた。瞳は動かずまぶたは大きく見開かれ、声も発さずぽかんとした表情で固まっている。存外シュールな絵面ではあったが、説明が足りないように思えて、続けて口を開く。

「方法としてウケが良いと言うか、女子的にこれはアリでこれは流石に…、とか聞きたいんだが、わかるか?」

 金田はまだ焼きそばパンを咥えて呆けていた。

「まあ、俺がするわけじゃないんだけどな。」

 最後に付け足した予防線がどう示唆的に思えようと、本当のことだ。

 金田は呆けた顔のまま焼きそばパンを口から引っこ抜いて、急にフッと鼻で笑いながら目線を外して答えた。焼きそばパン涎まみれじゃねーか。

「なあ克人…。ラジオの相談コーナーにメールを送ってくるリスナーは、何故か友達の話をしたがるんだ…。」

 金田はそう言い終えると、やれやれと言った風に首を振った。滲み出る芝居がかった感じに少し不快さを感じる。

「で、なんか知らないのか?」

 僅かに苛立ちを含んだ俺の声に金田はしばし黙って、まあいいか…と呟くと、上を向いて考え始めた。 俺も同じように上を見上げる。上は、薄い雲が散らばる空だった。

 俺と金田以外誰もいない校舎の屋上。ただの昼休みだった。いつもと変わっているところは、華奈がいないことくらいか。今日も委員会の仕事で奔走中とのこと。

 あぐらをかいて上を見上げたまま、重心を後ろに倒す。ガシャッという鉄の擦れる音がして、大した衝撃もなく屋上を取り囲む灰色のフェンスに背が預けられる。フェンスの上に取り付けられた有刺鉄線が視界に入った。空のてっぺんを刺して、雲を逃すまいとしているようだった。

 あー、そういえば。と金田が口火を切る。

「中学校の頃だったかなあ、『疑問形で告白すると上手く行きやすい』とか聞いたことあるわ。『もし俺が好きって言ったらどうする?』って聞くやつ。理由はなんだったかなあ…心理学的なものだっけ、よく覚えてないけど。」

「ふぅん。聞いたこと無いな。にしても根拠が曖昧だとな…。」

 聞いてからバカなことを聞いたなと思い知る。そんな告白の成功率を上げる方法なんてあるはずがない。しかも根拠つきの。もしあるとするならそれは相対的な上がり方であって、この方法よりこの方法の方が、この言葉よりこの言葉の方が、といった比べ方しか出来ない。その問いの奥にあるのは不安と自信の無さか、やれることはやりきりたいというひたむきさだ。自分は後者でありたかった。

「でも結局のところ、告白なんて大体答えはその前から決まってるんだよな。」

 ガシャッという音と共にフェンスが揺れた。左を振り向くと、頭の後ろで手を組んだ金田もフェンスに寄りかかっていた。

「告白なんて、ただ関係に名前を付け直す作業でしかない。その中身はほとんど変わらない。けれどその作業が意味を発する。名前を付け直すことが中身を変えるきっかけになる。不思議だよなあ。そしてこれは単に告白っていう行為だけじゃない、同じような事象は世の中にいくらでもある。20歳になったら人間は大人として扱われるようになるけれど、19歳最後の日の自分と次の日20歳になった自分ってどう違うんだろうな。アナログ時計の針は午前と午後でどう違うんだろうな。同じように頑張ったやつらがそれぞれ同じように結果を与えられないのはなぜなんだろうな。」

 金田の話は大きく横道にそれていた。しかし、無視できない問いだった。

 名前を付け直す作業。それはレッテルのようなものだろうか。付け直す側の人間を意識しすぎているだろうか。でもその作業はきっと、一度そう名前を付けたらそうとしか見えなくなるという点では一緒に違いない。別れた恋人に会うと気まずいのは、二人で名前を付け直したことを思い出すからだ。

「ま、そんなわけで、頑張れや!かつと!上手くいくと良いな!」

 金田は満面の笑みで何度も俺の肩をぶってくる。だから俺が言うわけじゃねえよ、と冷たく返してやったが、金田は相好を崩さぬまま視線を外して焼きそばパンを頬張り始めた。

 口から災いとはこのことだ。きっと金田の中では俺がどこかふたりきりになれる場所にでも意中の人を連れ込んで、思いの丈を伝える想像が広がりつつあるんだろう。そしてその後の結末も。珍しくはぁ、と溜息をつくと、みんな同じようなもんだから気にすんな、と声をかけてくるくらいに金田はタチが悪かった。

「で、誰なんだよ。」

「誰って?」

「だからお前の想い人だよ。」

 そのにやにやした顔をやめろ。

「お前には何も教えねーよ。」

「それはそれで俺は地雷踏み抜きに行くから良いんだけどな。」

 一足先を行くタチの悪さだった。逃げ場がない。地雷を踏み抜かれた時の自分の鉄面皮さに賭けるほか無かった。

「そういやお前、文化祭、何か仕事すんのか?」

「いや、やらない。お前に俺がそんな性格に見えるか?お前ならまだしも。」

 金田はそうだよなと笑って、齧り続けて一口大になった焼きそばパンを口に放り込んだ。

「文化祭とか大っきな行事ってさ、縁結びって面では強いぜー。一気にカップルが増える。お前もその波に乗ればかなり上手く行くんじゃと思ったんだけどな。」

「たとえ俺が何か大きな仕事についたとして、たとえこの学校に好きな奴がいたとして、その恋愛が文化祭によってうまくいくかどうかは未知数だし、それにそんなことやってる時間があったらアプローチかけ続けた方がマシなように思えるけどな。」

 この鉄面皮がリーダーとして仕事をしても、女の子が格好良い!と反応するとはどうにも思えなかった。どちらかというと愛想悪い!と怒られそうな予感がする。

「いやあ?そうでもない。文化祭ってさあ、人間が頑張ってるところが見える数少ない機会なんだよ。人間ってさあ、みんな何もしてないようで頑張ってんだよ、でもそれはいつも他の人には見えないから、大体結果だけが大事にされる。そのくせ結果を与える時点で過程が見えないっていう欠陥も割とあって、さっきも言った通り、明らかに過程がはっきりしてない時なんて、名前をつけた者勝ちみたいなもんだよ。まあそれはいいんだけど、文化祭は頑張ってる過程が見える上に、ドラマがある。結果がどうであれ、必ずドラマが生まれるから、それを見ている者は一種物語的な現実を読み取る。すこーしいいなって思ってた人がちょっと目立つところで頑張ってると、それは物語の主人公みたいに見えちゃうわけだ。そしてその人を注視した目は、いつの間にか集合とその一部分でしかなかった対象との関係を錯覚させる。対象の背景として文化祭が捉えられてしまう。対象が物語を背負っているように思えてくる。その物語が対象に内包されているようにね。そうしたらもう、対象は無視できない程の存在になってるんだ、誰かの中で。」

「自ら経験したような口振りだな。」

「いいや、ただ見たものを難しく言ってみただけ。」

 金田は自嘲気味に笑った。

「きっと自分の見ているものは他人と違うと思いたいんだ。自分自身は特別だと証明したいっていう、大人になるためには捨てるべき傲慢さだよ。大人になることは、世界の中で自分が大した人間で無いと自覚することだ。」

 そして金田は、それを言い留めておけない自分はまだまだ子供なんだけど、と最後に付け足して腰を上げた。

「なんか今日は理屈っぽくて気持ち悪いな、俺。」

 もうすぐ昼休みも終わりだった。

「いつもだろ?理屈っぽくてうるさいのがお前だ。」

 俺も食べ終えたパンの袋を片しながら立ち上がった。

「お前誰にでもそんなんだったらいろんな人に嫌われそうだな。」

 人によってそれぞれ異なる価値観というものを、無心に吐露し続ける人間に対して抱かれるのは、共感か反感かのどちらか。価値観を、その細部における類似性にこだわらず人によって包括的に異なり独立していると定義するなら、抱かれる感情は反感の方が多いに違いない。

「気にしてんだから勘弁してくれ。」

 金田は笑って、階段に繋がる屋上の出口へ歩いて行った。



********



 六限目終了のチャイムが鳴った。教室は生徒が一斉に椅子を引く音でいっぱいになる。クラスメイトは準備のできたものから一人また一人と教室を出て行く。

 俺もかばんに教科書を詰め込みながら、ポケットに入っている携帯を取り出す。呼び出したのは、メール作成画面。


 To:森野華奈

  Title:Re:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re...

  悪い、今日は用事あって先に帰るわ。


 手慣れた作業で間違いなく文字を打ち込むと、一瞬誤字がないか確認して送信ボタンを押す。画面上には、四角と逆三角を組み合わせたメールマーク、そしてその背景に右向きの矢印が右に進むカットインが流れ、「メールを送信しました」という文字が表示された。

 自分の思い描いていた文章はある程度組み上がった。後は細かい推敲や、文のリズムを確定させること、矛盾がないか探すことくらいだろうか。残りは部屋で充分行える作業だった。

 そしてそれに加えて、調達するものがあった。それも、お金を出して買い揃えるべきものが。

 かばんに教科書を入れ終え、肩に提げて教室を出た。廊下に出ると、いつものように昇降口に向かう生徒たちによって人の流れが出来ていて、そこに身を割りこませて流れに乗る。昇降口は廊下の窓から中庭を通して見えていた。俺は早く学校を出てしまいたい衝動を抑え、歩幅を縮めて歩く。

 昇降口にたどり着くと、ローファーに履き替え、昇降口を抜けた。その際ちらと伺った一組の靴箱には華奈のローファーがあり、俺は先程まで感じていた衝動や焦燥感が静まっていくのを感じていた。

 そのまま南校舎の周りを半周し、校門から出ると、 いつも利用しているバス停が見えた。自転車が並走してしまえば塞がってしまうくらいの小さな歩道にあるバス停なので、看板と時刻表があるだけの、自分の最寄りのバス停よりも簡素なバス停だった。

 俺は普段あまり使うことのないこのバス停の時刻表を眺めた。この時刻表が目新しいのは、いつも学校北側にあるバス停を使って登下校しているからだ。俺と華奈が住む地区は学校からさらに北に上がったところにあるので、学校北側のバス停を経由するバス路線からしか着かないのだ。

 この高校の五百メートルほど南には大きなバイパスが走っていて、周辺に多くの商業施設が立ち並んでいる。広大なショッピングモールや個人経営・チェーン店、美容室、コンビニ、書店など様々で、長いバイパスをどこで区切るかによって特徴は異なっていた。

 このバイパス周辺が主にこの地域の学校に通う生徒の遊び場になっており、学校が終わる十八時以降は制服姿の高校生が多く見られる。

 バスは基本的には二十分間隔で出ているようだった。特に学校終わりのこの時間帯はもっと 頻繁に出ているようで、自分の最寄りのバス停の融通の効かなさが相対的に思い出される。一本逃したら数十分待ちなんてもう何度経験したことか。

 そんなことを考えながら時刻表から目を離し、ふと校門の方を見やると、生徒が次々とバス停に集まってきていた。もう数分でパイパス方面のバスが着くあたり、そっち方面へ帰る生徒たちだろう。

 人の目が増えて手持ち無沙汰になった俺は、もし一人だったら授業中に考えた文章の推敲をここで始められるのにと心の中でぼやく。まあこの時間帯を考えれば致し方ないことだが。

 ふと、視界の端に一組のカップルが映った。おそらく年上の、身長差があまりないカップルだった。男子の身長を基準に鑑みるに男子が百六十センチくらい、女子の方は百五十センチ超ほどだろうか。あまり身長を意識して人を見たことがないのでわからないが、それくらいだろう。男子は髪が短く筋肉質で肩幅が広く、まさに運動部という出で立ちでありながら、人懐っこい柔らかな笑顔と、はははという騒々しさを感じさせない歯切れの良い笑い声が特徴的だった。女子の方はさらさらとした黒髪を肩まで伸ばし、にっと口を広げて笑う顔と少し低めの元気な笑い声が魅力的だった。

 別に彼らが手を繋いでいたわけではない。腕を組んでいたわけでもない。抱き合ったりそれ以上のことをしていた訳でもない。しかし彼らの間には何か彼らの関係を確信づけるものがあった。自分にはそれが何かわからなかった。わからなかったが、その二人を見つめれば見つめるほど、羨ましいという気持ちと華奈が思い浮かんで消えなかった。

 突然カップルが同時に同じ方向へと顔を向けた。バスが来たのだった。バスは俺の目の前で停まり、プシュッと炭酸飲料缶のプルタブを起こした時のような音を立ててドアを開けた。最近移行したICカード型の定期をかざして、一番奥の一番左の席に座った。周りを見渡し安く、かつ周りから手元が見えづらく作業をしやすい席だ。今は数分でも時間が惜しかった。

 三十人は乗ったかと思える車内だったが、運良く隣には誰も来ず、今のうちとも言わんばかりに文字を書き連ねたルーズリーフを取り出した。集中して文章を一字ずつ確認していく。誤字はないか、脱字はないか、接続詞は間違っていないか、原稿用紙のルールは間違っていないか、文章の繋がりは変でないか…。

「ユーミータウン前ー。ユーミータウン前ー。」

 冗長なバス運転手の声に、はっとして顔を上げる。何度も何度も読み返すことに夢中になってアナウンスを聞きそびれていた。俺は右手にルーズリーフを掴んだまま左手でかばんをひっつかみ、ポケットに入っていた定期をかざしてバスを出た。

 目の前には広大な大手ショッピングモールが見え、 平日とはいえど駐車場は埋まり警備員が満車のカードを掲げて入り口を塞いでいた。仕事帰りと思われる疲れた顔をしたサラリーマン、大きく膨れたレジ袋を両手に抱えた主婦と思われる女性、人それぞれ何か欲しい物があってここに来ているのだ。

 俺は定期とルーズリーフをかばんにしまうと、ふうと一息ついて歩き出す。

 目的地は、書店と文具店だ。



********



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